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死神騎士様との初夜で双子を授かりました【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 氷雨そら


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ロレンシア辺境伯領 4


 ――懐かしい故郷の味と辺境伯家自慢の大浴場。父様は壁の周囲を見回ってくると出掛けてしまった。


 辺境伯領は温暖で雪が降ることはほとんどないが、雨の日も風の日も――父様が見回りを欠かすことは一日もない。


 今でもそうなのか……父様は変わらない。


「エミラ」


 用意されていた服は、祭りのときに着るこの地方の民族衣装だ。

 赤いスカートに太い糸で刺繍された大胆な花、皮のコルセット、白いブラウス……。

 男性は片方の肩にだけ掛けたマントを着用する。


 ルティアとハルトもお祭りの衣装に身を包んでいる。

 ルティアは髪に大きな花飾りをつけクルクルと回り、ハルトは自慢げにマントを広げた。


「二人ともとてもよく似合うわ」


 それよりも旦那様だ……背が高い旦那様にはシンプルな出立に長いマントがよく似合う。

 こんな人が祭りに現れたら、きっと一目惚れしてしまうだろう。


「――旦那様も、とても素敵です」

「ああ、君も赤いスカートがよく似合う」

「ありがとうございます」

「だが……祭りの衣装は、白いドレスではないのか?」

「え?」


 基本的に祭りの衣装は、色鮮やかな赤色だ。

 各家ごとに赤の色味は違うにしても……。


「ああ、旅行記に載っていたのですね? 白いドレスは、その年のトーナメントで優勝した人に薔薇を渡す剣の乙女役だけが着るのですよ」


 私も一度だけ、白いドレスを着てお祭りに出たことがある。

 毎年、その役はベルティナが行なっていたが……あのときは、どうしてもしたくないと言って当日緊急討伐の隊に加わって出かけてしまったのだ。


 ――大人になってふと思う。もしかして、ベルティナは、剣の乙女を姉である私に譲りたかったのではないか、と。それはあくまで、想像でしかないのだけれど。


「――君もその役をしたことがあるのか?」

「ええ、一度だけ。十年前だったかしら?」

「……そうか」


 旦那様は何か考える素振りをしたが、すぐに笑みを浮かべ私に手を差し出した。


「せっかく来たんだ。祭りを楽しもう」

「ええ、そうですね。ご案内いたします」

「ああ」

「「わーい!! お祭り!!」」


 二人も大喜びだ。

 祭りの本番は、剣の乙女に捧げるトーナメントだが、前夜祭は屋台がたくさん出て、人々は踊り、とても盛り上がるのだ。


 厳しいこの場所で……人々は、生きていることに感謝し、喜びを見出す。


「行こうか」

「はい。あ、ルティア、ハルト……とても人が多いから離れたらだめよ」

「「はーい!」」


 二人は元気に返事をした。

 だが、目を離せばすぐに迷子になることだろう。


 私たちは、屋敷の前の広場で始まった賑やかなお祭りに出かけたのだった。


 * * *


 お祭りでは、若い男女が輪になって踊っていた。

 この日は、恋を叶える日でもある。

 夜遅くまで踊って遊んでいても、今日だけは誰も咎めはしない。


 露店で美しく光るのは、夜にだけ光る月の花を閉じ込めた瓶だ。

 紫色や赤い果実に飴を掛けた物や香ばしく焼き上げたとうもろこしのパン……目の前に置かれたハムやソーセージを野菜と一緒に挟んでくれる。


 ルティアとハルトは、次々とお祭りの食べ物を楽しんでご機嫌だ。


「――エミラ、彼らは何をしている?」

「ああ、あれは……結婚の申し込みをしているようですね」

「旅行記に記載があったが……あれがそうか」

「ええ」


 弓に剣、魔道具の飛び道具、彼らは得意な武器を相手に捧げ、愛を誓っている。

 この地で武器とは命を守る象徴だ。

 魔獣を相手にする場合、魔力がなければ扱えないような強靭な弦を持つ弓や魔道具、魔力を込めて振るう剣などが必要になる。

 通常の武器では、人の身で魔獣と戦うことは不可能だ……。


 だから、魔力を持つものが武器を捧げるのは、生涯相手を守るという意思表示。

 彼らは相手に交際や結婚を申し込んでいるのだ。


 男性から女性だけでなく、女性から男性に申し込むこともある。

 魔力があれば、筋力がなくても魔獣と十分戦える。

 ベルティナは、鍛えているので腕力もとても強いけれど……。


「え? 旦那様!?」


 旦那様が、突然私の前に跪いた。

 そして、赤いスカートの裾を持ち、口付けする仕草をした。


 赤い瞳がこちらを真っ直ぐ見つめている。

 差し出されたのは、魔剣の柄だ。


「君が魔剣に触れることができて良かった。この場で誓うことができる」

「旦那様……」

「荒れ狂う魔獣の牙も、人が抗えない天からの豪雨も、山から溢れ出す炎も君を傷つけることはできない……全てから守るのは我が剣」

「まあ……!」


 それは、最近は省略されることが多くなった古代から続く誓い文句だ。


 差し出された魔剣を手にして、誓いの言葉を返す。


「それでは私は、剣であるあなたの鞘となりましょう」


 正確にいうと、これは結婚の申し込みというよりも、今夜二人きりになりたいという誘い文句でもあるのだが……。

 この地に詳しくない旦那様は、そのことを知らないのだろうか。


 ――だが、キラキラと期待を込めたような光を纏う魔剣は、この言葉の意味を知っているようだ。


 もちろん、この地に暮らす住人たちも。


 私たちを囲んでいた人々は、皆で拍手をした。

 揶揄うような口笛も聞こえてくる。

 周囲は暗いから、赤くなっているのは私だけに違いない。


 この言葉への返答には、決まった続きがある。

 周囲の期待は高まっている。

 旦那様は知らないのだろうか……。


「おや、誓いの言葉の続きがない」

「……知っていらっしゃったのですね」


 祭りの決まり通り……私は旦那様の首に腕を回し、誓いの言葉に応える口付けをした。


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