ロレンシア辺境伯領 2
――辺境伯領では力が全てだ。
それは単なる事実でしかない。
千年前、魔獣から生き残るために身を寄せ合った人々は、現在の王都と辺境伯領の中心部に壁に囲まれた街を作った。
比較的早く周囲が平定された王都と違い、山脈を越えたこの場所は今でも魔獣との戦いの最前線だ。
力がなければ大切な人たちを守るどころか、自分の命さえ他人に委ねるしかない。
それでも、辺境伯領が栄えているのは、魔獣から採れる素材やこの地で産出される魔鉱石が高値で取引されるから……というのも理由だ。
千年前からロレンシア辺境伯家を中心に魔道具を開発し、魔獣に抗ってきた。
魔鉱石は魔道具を作るのに必須の材料でもある。
だが、魔道具は作るのも使うのも魔力が必要だ。
魔力がなければ、誰かに頼んで魔力を込めてもらう必要がある。
「すごい人数だったな……皆知り合いか」
「……私は魔力がないので戦いには出られず、救護所や兵糧の管理を中心に行っていました。ですから知り合いが多いのです」
「そうか……」
領民たちと少し話した後、私たちは再び馬車に乗った。
イースト卿はこれから門の外の見回りに行くのだという。小さな魔獣であっても、門の中に侵入すれば魔力を持たない者が命を奪われる可能性がある。
辺境騎士団長である彼が自ら見回りをしているのは、私たちがここを訪れたからなのだろう。
「ねえ、ハル……あっちに七色の果物が並んでたよ!」
「ルティー……あっちには魔獣の毛皮が下がってた」
子どもたちは王都では見られない珍しい食材や取引される魔獣の素材に興味津々だ。
この地には騎士や傭兵、冒険者が多いが一般の人たちももちろん暮らしている。
辺境伯家の使命は、彼らの命と平和を守ることだ。
しかし、魔力がない私は周囲に守られて生きてきた。
旦那様と子どもたちも、揃って魔力が強い。魔力が強い者は、戦う宿命を背負わされる。
私の兄が、そして妹がそうであったように……。
私とベルティナには兄がいたが、十五年前に魔獣が攻め入ってきたとき戦いの中で命を落とした。
――優しく強かった兄様。兄様が生きていれば、何かが違っただろうか……。
思い悩むような表情を浮かべてしまったようだ。
旦那様が私の手にそっと触れた。
子どもたちの様子に目を向けると、馬車の窓から外を見て興奮している。
「――ねえ見て、あれ何かな」
「剣を持ってるね!」
子どもたちが見つけたのは、領主の館の前の広場に置かれた剣の乙女の像だ。
剣を手にした乙女は、ロレンシア家の始祖の娘だという。
彼女こそが、魔道具を初めて作った人物であると言われている。
もうすぐ行われるお祭りは、彼女を奉るためのものだ。
「あの像……お母さまに似ているね」
「本当、お母さまにそっくりだよ!」
「そうね。私とあなたたちのご先祖様だから似ているところがあるかもしれないわ」
「ごせんぞさま?」
千年も前の人だ。血は薄いかもしれない。
だが、魔剣を手にレイブランドに嫁いできたのが初代国王の娘というなら、旦那様や子どもたちには剣の乙女の姉か妹の血も流れていることになる。
「遠い遠い昔のお祖母様よ」
「「どれくらい前~?」」
「そうね……五十人くらい遡るのかしら」
「「ふえぇ!!」」
現代の国王陛下は第三十三代目。
辺境伯当主である父は第五十代目。
同じ年月でも在位期間が違う。
それだけこの地が過酷であり、ロレンシア辺境伯家当主が最前線で戦い続けてきた証明でもあろう。
この地では魔力があれば男女問わず最前線で戦う。だからきっと剣の乙女も同じくらい遡るのだ。
そんなことを考えた直後、赤い閃光が馬車の中を埋め尽くした。
目が痛くないところを見ると実際の光ではないのだろう。
旦那様と子どもたちは気がついてすらいない。
――激情。
そんな単語が当てはまりそうな光だった。
長い時を越えて、愛しい人に出会った……そんな光に思えた。
「……レイブランド?」
魔剣はもう光っていない。
素知らぬ顔をして、旦那様の腰に下がっている。
いや、魔剣に顔なんてない。旦那様や子どもたちと違い魔剣と話すことが出来ない私は、ただその光から感情を、表情を予想するばかりだ。
領主の館に着いて馬車を降りる。
幼い頃から育った私の家……つらい思い出も多かったが、懐かしい。
家の前には記憶よりも少し年を取った父と母、辺境伯騎士団の制服に身を包んだベルティナが立っていた。




