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死神騎士様との初夜で双子を授かりました【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 氷雨そら


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初めての家族旅行 8


 王都を出発してから十日が経過した。

 順調な旅路だった。辺境伯領にはあと二、三日で着くだろう。


 ルティアとハルトが、窓を怖々覗き込んでいる。

 二人の視線の先には、黒い森がある。


「ねえ、本当にあの黒い森には魔獣がいるの?」

「奥にいるらしいわね」

「でも、お父さまなら余裕で倒せるよね?」


 森の木々は、通常よりも黒く、周囲の空気まで澱んでいるようだ。

 あの奥には、千年前に騎士レイブランドによって封印された魔獣が眠っているという。

 結界が張られているが、中では弱い魔獣が生まれ続けている。


 ――魔獣は強い魔力を持った個体の周囲に新たに生まれるのではないか、というのが長年に渡る黒い森の研究データにより導き出された有力な仮説だ。


 辺境騎士団からも、定期的に掃討隊が派遣されている。

 と言っても、辺境付近の魔獣より遥かに弱いため、辺境伯家の子どもたちや、新人騎士たちの訓練場のように活用されているのだ。


 眠り続ける魔獣が起きない限り、そして結界が破れない限り、問題は起きないことだろう。


「もちろん、俺が勝てない魔獣などいない」


 旦那様の声に我に返る。

 子どもたちを安心させるような頼もしい声だ。

 彼はとても強い。彼を打ち倒せる魔獣など多分そういない。

 

「「お父さまは、とっても強いもんね〜!!」」

「ああ、安心しなさい」


 子どもたちの声は、明るくなった。

 その言葉は事実かもしれないし、二人を安心させるための嘘かもしれない。

 だって、旦那様の体には死闘を物語る深い傷が無数にあるのだ。


「「魔剣さんも余裕って言ってるよ! お母さま、良かったね!」」

「ええ、安心したわ」


 ――だが魔剣はチッカチッカ光っている……私にしか見えない光のようだが、あの森を警戒しているのだ。

 魔剣レイブランドは、フィアーゼ侯爵家の始祖とともにその魔獣と戦ったはずだ。

 眠り続ける魔獣と実際に相対したことがあるのだ。


「……」

「エミラまでそんな顔をして」

「旦那様」

「大丈夫だ。俺は負けない――絶対に」


 負けない、ということは旦那様がこれからも勝つために戦い続けることを意味している。

 

「いつか魔獣に怯えずにすむ日が来るのでしょうか」

「それほど遠くない未来に、そんな日が来るだろう。魔道具は進歩している」


 確かにベルティナをはじめとした魔道具師たちは、日々研究に勤しんでいる。

 辺境伯領を離れて五年経つが、新たな魔道具が次々と生まれていた。


 それは気がつけば日常を豊かにし、人類の武力を増した。

 だが、それを扱うことができるのは今も、魔力を持つ一部の者だけだ。


「……君のことは俺が守ろう」

「旦那様」

「魔獣からも……君に悪意を持つ者たちからも」


 旦那様は、私の髪を一房手にして口づけを落とした。

 私の頬はみるみるうちに真っ赤になる。私はこういうことをされるのに慣れていないのだ。


 ルティアとハルトがキラキラした目で私たちを見つめている。

 魔剣まで興味深そうに宝石を光らせている。


「子どもたちが見ていますよ」

「仲が良いのを見せるのは悪いことじゃない」

「そうでしょうか……」


 私の隣に並んで座っていたルティアとハルトは、急に立ち上がり向かいに座る旦那様に抱きついた。


「おっと……馬車が走っているときに立ち上がるのは危ないぞ」

「「お父さま」」

「どうした?」


 ルティアとハルトは、旦那様に抱きついて真剣な声をあげた。


「「じゃあ、お父さまは二人で守るね!」」

「……」


 旦那様は赤い目を大きく見開いた。

 だが、すぐに笑顔になり二人のことを抱きしめる。


「……そうだな。二人が大人になったときには……守ってもらおうか」

「「任せておいて!!」」


 旦那様は色々な感情がごちゃ混ぜになったような表情を浮かべている。

 子どもらしい二人の言葉が純粋にうれしいようでもあり、二人が戦う未来が悲しいようでもある。

 親心は複雑なのだ……そう、誰だってたった一つの気持ちや考えで動いているのではない。


 子どもだったときは、もっと親とは悩まなくて完璧な存在だと思っていたが、大人になった今、そんなことはないのだとわかる。


 二人は旦那様に宣言をし甘えると満足したのか私の隣に戻ってきた。


「「お母さまのことも、二人で守るね!!」」

「ええ……ありがとう」


 戦力としては、魔力を全く持たない私より、わずか四歳のこの子たちの方が遥かに強い。

 魔力とはそれほど人の力を大きく変えてしまうものだ。


 いつの間にか黒い森は遥か遠くになっていた。

 馬車は峠へと向かう。

 麓の街に一泊し、あの山を越えれば辺境伯領だ。途中は山小屋に泊まることになる。


 幼い頃から見慣れた山は、冬が近づいたことを示すように頂上にうっすらと雪を被り、どこまでも裾野を広げていた。

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