五年越しの家族団らん 3
旦那様は夜遅くに帰ってきた。
戦地から帰り、この時間だ。
疲れを隠せていない気がした。
それでも、私が出迎えると旦那様はニコリと微笑んだ。
「遅くまで待たせてしまってすまないな」
「いいえ、お疲れさまです」
「……」
明かりはついているが、真夜中だからやはり薄暗い。
魔道具のランプの明かりに、赤い瞳だけが煌々と輝いている。
妖しいほど美しい赤色を見つめていると、旦那様がふいっと視線を逸らした。
――見過ぎてしまったようだ。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「おかえりなさいませ! 旦那様!」
微妙な空気に助け船を出すような、明るい声が聞こえた。
執事長のセイブルと侍女のアンナだ。
このお屋敷には、この二人のほかに使用人が料理長、そして不定期に庭を整えに来てくださる庭師のサムさんしかいない。
そういえば、庭師のサムさんは最近姿を見ていない。腰を痛めてないと良いが……。
旦那様が不在の間、新しい使用人を雇うことはせず最低限の人数で過ごしてきた。
けれど、辺境伯家では誰も私に興味を示さなかったので、自分の身の回りのことはほぼできる。
不便を感じたことはなかった。
――そろそろ双子を教えてくれる家庭教師を考えなければいけないと思っていたため、旦那様が戻ってきてくださってホッとしている。
旦那様は侯爵家のお生まれだけれど、先妻の子だ。弟妹は旦那様の母親が亡くなってから嫁いできた後妻の子どもだという。
このお屋敷は、陛下から賜ったらしい。
フィアーゼ侯爵家の王都の屋敷は、別の場所にある。
本来であれば、旦那様こそがフィアーゼ侯爵家の正統な後継者のはずだ。
しかし五年前、旦那様の噂はひどいものだった。
――彼が加わった戦闘では、敵も味方も生き残ることがない。
旦那様は、噂で死神騎士と呼ばれていた。
そんな彼との結婚話が持ち上がったとき、妹は泣いて嫌がった。
結果、魔力を全く持たない私が嫁いできたというわけだ。
魔獣との戦いに明け暮れた五年間、旦那様は戦友たちを何度も救い、戦場で指揮を担当していた王太子殿下の御身まで救い、誰より多くの魔獣を屠り、今まで生きて手にしたものがいない勲章も手にした。
凱旋した旦那様のことを死神騎士と呼ぶ者はもういない。
「ところで、セイブル」
「は……なんでございましょう」
「エミラにはきちんと予算を渡していたのか?」
旦那様の声は不機嫌だ。
彼の目線は、私のお世辞にも上等とは言えないドレスに向かっている。
「もちろんでございます。しかし、奥様はご自分のために使うことはございませんでした」
「なるほど……説明不足だったな」
旦那様が眉根を寄せた。
妻である私が、このような姿では対外的に示しがつかないということだろうか。
しかし、子どもが小さかったし双子だったこともあり、私はここまでほとんど社交界に顔を出さずにきた。
不釣り合いなドレスを買うのは気が咎めてしまったのだ。
――それに、社交界に出れば妹がいるだろう。
魔力が豊富な彼女は、魔力が全くない私を姉とは認めていない。
「――君は好きな格好をすればいい。だが、三日後に執り行われる戦勝記念の宴には一緒に参加してもらう必要がある」
「私も……ですか?」
「陛下がどうしても君と子どもたちに会いたいといって聞いてくださらないんだ」
薄暗いエントランスホールに、旦那様の重苦しいため息が響き渡った。
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