初めての家族旅行 7
私は、魔剣の宝石を拭こうかとナプキンを手に立ち上がった。
けれど、よくよく見れば魔剣は濡れてなんていなかった。
「……どうしたんだ」
「魔剣が、濡れているように見えたのですが」
「――時々君は、魔剣をじっと見ているが何かあるのか?」
「……」
他の人には、魔剣の宝石が光っているのは見えていないようだ。
私にだけ見えているのに、おかしなことを言うと思われないだろうか……。
いや、魔剣が喋ること自体が既におかしいのだ。
「問い詰めても、こいつもダンマリだ……エミラ、答えてほしい」
「レイブランドが、笑ったり泣いたりしているのに合わせて、宝石が光ったり濡れたりしているように見えるのです」
「……聞いたことがない現象だ」
旦那様は、否定することはなかった。
フィアーゼ侯爵家と魔剣レイブランドの付き合いは、既に千年。
前例があるかもしれないと思っていたが違うらしい。
「気のせいというには、はっきり見えすぎて……ほら、今も」
魔剣は不規則に光っている。まるで、何かを考え、悩んでいるかのようだ。
「何を隠している」
旦那様が、魔剣に詰め寄った。
「……は? 辺境伯領に行けばわかる? 何言っている。今教えろ」
といっても、私には魔剣の声は聞こえないから、旦那様の独り言のように思える。
だが、その間にも魔剣はチカチカ光っているのだから、何かを言っているのだろう。
旦那様が、急に赤面した。
「余計な……お世話だ!!」
やや乱暴に魔剣を横に置いて、旦那様は私と向き直った。
体は正面を向いているが、口元を隠して視線を私と合わせることはない。
何を言われたのだろう……だが、怒っているというより照れている。なんだか可愛い。
チビチビと飲んでいたお酒だったが、いつしかグラスが空になっている。
フワフワとして、愉快な気持ちになってきた。
これが、お酒に酔うということなのだろうか……。
「旦那様は……可愛いです」
「――可愛い? 死神と言われている俺が?」
旦那様は、真顔で私を見つめた。
ほんのり赤い頬……赤い瞳と白銀の髪は、やっぱり白ウサギのようだ。
「ええ、可愛いです。可愛くて……大好き」
「……なるほど、酔っているんだな」
酔ってはいるけれど、本音しか言っていない。
旦那様は立ち上がると、私のことをお姫様抱っこした。
特別体重が軽いわけではないが、まるで羽毛にでもなったように軽々と抱き上げられる。
そのまま、寝室へ連れて行かれて、ルティアとハルトが眠っている隣のベッドに下ろされる。
「そろそろ寝よう」
「では、こちらにどうぞ」
ベッドの掛け布団を持ち上げて、ルティアとハルトを寝かしつけるときのように旦那様を誘う。
「……君は」
「……?」
旦那様は、長い長〜いため息をついたあと、私の隣に入り込んで背中を向けた。
「君は、俺と一緒の時以外、お酒を飲んだらだめだ」
「なんでですか〜?」
「可愛いから……だめだ」
言葉の意味は、そのときはわからなかった。
* * *
だが、翌朝になってお酒がすっかり抜けた私は、思わず掛け布団を頭から被った。
「お母さま〜どうしたの?」
「お母さま〜顔が赤いよ?」
起きてきたルティアとハルトが、掛け布団を持ち上げて覗き込んでくる。
私の顔は、赤くなっているようだ。
魔剣と旦那様は、すでに寝室にはいなかった。
起き上がり窓から宿の中庭を見ると、旦那様は魔剣を振って鍛錬をしていた。




