初めての家族旅行 6
* * *
夏が終わりを迎えるころ、ルティアとハルトは生まれた。
妊娠中は、旦那様の家族に不貞を疑われた。
先代当主サミュエル・フィアーゼ様は、結婚式にすらいらっしゃらなかった。
私のような、魔力も持たない孫嫁など認めていないからだ、と人づてに聞いた。
――実は、庭師に扮して見守っていてくださっていたのだが。
旦那様は先妻の子どもで、義母と折り合いが悪い。必要以上に私に敵意を向けさせないため、あえてそういう態度をとったのだという。
でも、あのときの私は、誰からも力を借りられないのだと、思い込んでいた。
庭師に扮したお祖父様やアンナや執事長がいなければ、乗り越えられたかわからない。
「……っ、赤ちゃんになった旦那様が二人いる」
「ええ、そっくりでございますね!」
「うう……なんて可愛いのだ!!」
旦那様よりも、なんなら私よりも先に赤ちゃんの顔を見たのは、今思えばお祖父様だった。
「……幼い頃にそっくりだ」
サムさんは昔からフィアーゼ侯爵家に縁があるらしい。旦那様はどんな子どもだったのだろうか……。
お祖父様とアンナが、旦那様の色合いにそっくりな赤ちゃんを私の両隣に置いた。
結婚式からもうすぐ一年が経とうとしている。旦那様の姿は忘れかけていた。
――あきらめて、忘れようとしていたのに……。
戸惑ったように少し震える指先が、私を労るような視線が、笑い慣れていないような表情が、鮮やかによみがえる。
「ふふ、本当にそっくり。旦那様が泣いてるみたい」
「……」
妊娠中も何かと私を気遣ってくださっていたお祖父様が、眉根を寄せて私にハンカチを差し出した。
私も泣いていたようだ。
「私の……家族」
旦那様は王国で一番と言って良いほど魔力が強く、私はまったく魔力を持たない。
魔力を持たない私を周囲はいない者のように扱った。
だから、この子たちが生まれるまで、私に似て魔力がなかったらどうしよう、とか旦那様に似てなくて不貞の子だと言われたら気の毒だ、とか考えていた。
でも、生まれた瞬間、そんなことより無事に生まれてくれて、元気に泣いている、それだけで良いと思えた。
「可愛い」
「そうだな」
「まあ、サムさんまでそんなに泣いて」
「……年をとると、涙もろくていかん」
疲れ切っていて、汗だくで、生んだあと収縮しようとするお腹は痛い。
それでも、やりきった気持ちと新たな家族と出会えた幸せで胸がいっぱいだ。
全く泣き止まない二人の声が、部屋中に響き渡っていた。
一番初めに出る母乳は、赤ちゃんの成長と健康のために大切らしい。
母乳をあげるのって、初めはとっても痛いのだと初めて知った。
なんせ初めはそこまで母乳が出ないし、私は飲ませるのが下手で、赤ちゃんも飲むのが下手なのだ。
しかもそれが二人……。
* * *
「赤ちゃんって、一日中寝るものだと思っていたわ」
「ふふ、お二人とも寝ておられますよ……細切れにではございますが」
――確かに、赤ちゃんは合計時間ではよく眠っているのかもしれない。けれど、あまりにすぐに泣くから、大人は眠っている暇がないのだ。
微笑むアンナの目の下にも、くっきりとクマが浮かんでいる。
もちろん私の目の下にも、くっきりとクマが浮かんでいることだろう。
彼女は双子の子育てを手伝ってくれているうえに、この広いお屋敷の家事まで担っているのだ。
「少し、お休みになってください」
「ごめんなさい……一時間だけ……」
……生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声は、長く苦しい妊娠生活の終わりを告げるものではなく、壮絶な子育ての日々を告げる始まりの鐘の音だったのである。
* * *
少しばかり、愚痴っぽくなってしまっただろうか……。
今日までの子育ての日々は、思い出そうとしても靄がかかったようだ。
そこに時折、色鮮やかに感動的に子どもたちの笑顔や、成長や、出来事が浮かんでいる。
「……子育てがそんなに大変なものだとは、知らなかった」
旦那様は、ショックを受けたような顔をしていた。
彼は、子ども時代から戦場で過ごすことが多かったせいで、普通の男性以上に子育てのことを知らないのかもしれない。
けれど、私が子育てに悪戦苦闘していた出産後の四年間……いや、結婚式からの五年間……旦那様はひどい傷を負いながら戦い続けてきたのだ。
「魔獣に襲われる不安なく、安全な場所で子育てができたのは、旦那様のおかげです」
「――俺には、戦うくらいしかできることがない」
「……ふふ、ボードゲームもお上手でしたわ。子どもたちは、旦那様のことが大好きです」
「……では、レイブランドに感謝しないとな」
旦那様の脇に置かれた魔剣に視線を向ける。
……浴室から部屋に来た温度差のせいだろうか、宝石は結露のように雫を纏っていた。
まるで、子育て話に感情移入して泣いてしまったかのように……。
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