初めての家族旅行 5
私の着替えを手伝い終えると、アンナはどこかへと消えていった。
彼女は、神出鬼没だ。
いつの間にか現れ、いつの間にかどこかへと消えている。
ガタンッと天井から音がした。
――まさか、天井裏に隠れているなんて……ないわよね。
ないと言い切れない、だってアンナは王家の影に所属している可能性があるのだ。
「……とりあえず、部屋に戻りましょう」
今は、旦那様が双子を見ているはずだ。
ルティアとハルトは、いまだに寝起きが悪いことがある。
もし起きてしまって私がいなかったら、泣き出してしまうかもしれない。
軽くノックすると、扉がそろそろと開いた。
「ゆっくりできたか?」
「ええ……」
旦那様の顔を見た途端に浮かぶのは、先ほどの色気ある姿だ。
五年前にもすでに見たはずなのに……だって、あのときはまだこんなに大好きではなかった。
そんなことを考えるうちに、私の頬はどんどん上気していく。
俯いていると、忍び笑いが聞こえた。
「おいで」
手を軽く引き寄せられ、部屋に入る。
大きな部屋は、寝室と壁で区切られている。
「子どもたちはぐっすり眠っている」
「そうですか……」
泣き出していなかったことにホッとしながら手を引かれソファーに座る。
旦那様は、小さなテーブルにお酒を用意して飲んでいたようだ。
「君も少し飲むか?」
「……実は飲んだことがまだないのです」
成人してすぐに結婚、妊娠、子育てをしてきたため、実はお酒を飲んだことは今までない。
だが、旦那様と一緒なら安心だろう。
「そうだったのか。……では、薄くして少しだけにするか」
旦那様は立ち上がると、魔道具の保冷庫からジュースを取り出した。
毎回魔力を持ったものが、魔力を補充しなくてはいけない保冷庫は、とても高価で扱いが難しい。
そんな物を置いてあるなんて、よほど高級な宿なのだ……。
ぼんやりと考えていると、旦那様がグラスにほんの少しのお酒とジュースを注いだ。
「この辺りは小麦の産地だから、それらを使った蒸留酒が有名なんだ」
「そうなのですね」
聞いたことはあったが、実物を飲む日が来るとは考えていなかった。
少しの緊張と期待を込めて、淡い紫色のお酒を見つめる。
「……ジュースで割れば飲みやすいが、美味しいからと勢いよく飲まないようにな」
「ありがとうございます」
二人でグラスを掲げたあと、一口飲んでみる。
普段のジュースとは違い、ほんのり苦味を感じる。これがアルコールの味なのだろうか……?
「君と少し話がしたい」
「ええ、どんな話をしますか?」
「はは……構えなくていい。夫婦なんだ、いつも深刻な話ばかりしているわけではあるまい」
「それもそうですね」
お酒を飲みながら、会話を楽しむ……平凡ではあるが、そんな日々は私の憧れでもあった。
「――ルティアとハルトが生まれてからの話が聞きたい」
「……ええ、もちろんです」
目を閉じれば、今も浮かぶ。
あの苦しみと、痛みと、言いようもない感動と、それからの想像を絶するほどの日々。
私は、ルティアとハルトを産んでからの双子の子育ての日々を話すのだった。




