初めての家族旅行 1
ここ数日、ルティアとハルトはずっと興奮していた。
二人は王都の外に出るのが初めてなのだ。
アンナまで興奮していた。
彼女がまとめた荷物は、思ったよりも多くて馬車に収まる量ではなかった。
減らそうとしたのだけれど、旦那様が荷馬車に乗せればいいというもので、ずいぶん大掛かりなお出かけになってしまった。
荷馬車には私たちの服や日用品のほかに、寝具、小さなテーブルや椅子、狩猟道具まで乗っている。
さらには、私の実家への挨拶ということで贈答品も山ほどのっている。
「……アンナもついてくるの?」
「ええ、騎乗できますのでご心配なく」
「馬車に一緒に乗ったら?」
「それでは、周囲の観察が疎かになります」
アンナはまるで、戦場にでも行くような顔をした。
けれど、周囲の魔獣が駆逐されている王都に比べると、辺境伯領はまだ魔獣が普通にいる場所だ。
中心地は壁で囲まれて魔獣が侵入することはないけれど、一歩外に出れば未だ魔獣の被害は尽きない。
「アンナは戦えるの?」
「とくとご覧あれ、でございます」
「……」
アンナはにっこりと笑った。
しかし、現在は分厚い眼鏡をしているので、目までは見えない。
荷物を乗せる間にも、何回か段差に躓いていたのだが本当に大丈夫なのだろうか……。
それはともかく、大掛かりだった旅行の準備はようやく終わり、あとは馬車に乗り込むばかりとなった。
ルティアはふんわりとした柔らかい生地のワンピースに、フード付きのケープ。足元は革の編み上げブーツ。
ハルトはサスペンダー付きの半ズボンにシャツとジャケット、ケープとブーツはルティアとお揃いだ。
まだ冬は訪れないが、朝晩はずいぶん冷え込むようになってきた。
辺境伯領は南端に位置するため王都より温暖な気候だが、一ヶ月後を考えれば防寒用品は必須であろう。
王都から辺境伯領までは馬車で十日ほどの道のりだ。
子ども連れだからそれより長い二週間程度で考えている。
往復だけでも一ヶ月……旦那様の休暇を考えると、実家にいられるのは二、三日がいいところだろう。
――家族たちにも歓迎されはしないだろう。旅行を楽しんで、目的を果たしたら早めに帰ろう。
このときの私は、そんなことを思っていた。
「「お母さま〜!!」」
ルティアとハルトは、私の手作りのウサギのぬいぐるみを手にして馬車の前で手を振っている。
二人をイメージして作ったぬいぐるみは、男の子と女の子で双子という設定だ。
どうしても連れて行くと言うため、ウサギのぬいぐるみも一緒に旅行をすることになった。
旦那様もすでに準備を終えて、ルティアとハルトと一緒に馬車の前に立っていた。
彼もいつもの騎士服姿ではなく、乗馬服のような出立ちに長めのマントを羽織っている。
どんな服を着ても、旦那様はとても素敵だ。
「お待たせしました」
旦那様の手を借りて、馬車に乗り込む。
長期間の移動になるので心配していたが、クッションがしっかりとしていて乗り心地がいい。
「いってらっしゃいませ、奥様」
「気をつけるのだぞ……!!」
執事長と、なぜか庭師に扮したお祖父様が見送ってくれる。
馬車に乗り込んで、二人に手を振る。
今生の別れではないのだから、泣かないでくださいお祖父様。
ルティアとハルトも元気に手を振っている。
馬車が走り出す……幼い頃から旅行といえば魔獣討伐のための遠征だったという旦那様も、心なしか嬉しそうに見える。
「「壁が見えてきたよ!」」
王都をぐるりと取り囲む壁は、古くは石造りだったが現在は補修にレンガが使われている。
高い壁には東西南北に四つの門がある。
南門の前には、王都の外に出ようとする人たちが長い行列を作っていた。
私たちは、貴族向けの出口から並ぶことなく外に出る。
「わあ……空が広いよ!」
「道がどこまでも続いてる!」
「見て! 金色の畑!」
「小麦畑だよ」
馬車のカーテンを開けて外を眺めながら、ルティアとハルトは大喜びだ。
道は川に沿って続いている。王都は平野に位置するが、辺境伯領に行くには峠を越える必要があるし、街道沿いには深い森があり、現在も魔獣が生息している。
ただ、途中には宿場町もあるので、夜間の移動をする予定はなくそこまで危険はないだろう。
旦那様は私たちとは向かいの席に座っている。
目が合うと、赤い目が細められた。
旦那様は、笑うと少し幼くなって優しげだ。
そして、その笑みは私の心臓を毎回高鳴らせてしまう。
次の街に着くまで、目が合うたびに旦那様が微笑むものだから、結局ずっと私の心臓は高鳴ったままなのだった。
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