双子と魔剣 6
王の間から、全員で退室する。
扉が閉められると、ベルティナと私は向かい合った。
「ご無沙汰しておりました。姉様」
「ベルティナ……元気そうでよかったわ」
五年の月日は長すぎるし、私たちは姉妹としての関係を築いてきたとは言い難い。
いや、もしもこの五年間で会う機会があったなら、思春期をすぎた私たちが歩み寄る機会もあったのかもしれない。
「――姉様、実はお詫びしたいことがあるのです」
「え?」
「姉様は戦えない、と言ってしまった以前の言葉は、撤回させていただきます」
「どういうこと?」
そのような言葉は、幾度となく投げかけられてきた。
時にはどうしようもない怒り、時には侮蔑がこもっていたように思えた。
「戦い方は一つではないと、知らなかったのです」
魔力を持たない私が戦えないのは、単なる事実でしかない。
悲しくは思ったが、そう言われても当然と思っていた。
「姉様がいなくなってしばらく、辺境騎士団の兵糧や救護体制は本当にひどいものでした」
「……引き継ぎはしっかりとしたつもりだったのに。申し訳ないわ」
「そういう意味ではないのです。まとめられていた情報は完璧なものでした。ただ、一人でそれだけのことができる人材が育っていなかったのです」
ベルティナが笑った。
それは、彼女がまだ魔剣に触れる前、私たちがただの姉妹として遊び回っていた頃のものだ。
そしてそれは、ルティアとハルトが時々見せる表情にもよく似ている。
旦那様にばかり似ていると思っていたけれど、ルティアとハルトはベルティナにもそっくりだ。
「それから義兄上……。私は辺境伯領、義兄上は北端の地で戦っておられたので、結婚式以降お会いするのは初めてですが、活躍を聞き尊敬しておりました」
「恐縮だ。俺たちは君が開発した魔道具に幾度も助けられた。感謝している」
義理の兄妹の会話ではあるが、それは騎士同士のものに近い。
「……姉をお願いします」
「言われるまでもない」
「姉様――父上と母上には私から連絡を入れておきます」
「ええ、よろしくね」
「それでは、職務が残っておりますので」
ベルティナは一礼すると去っていった。
辺境騎士団の制服は彼女にとてもよく似合っている。
夜空のような紺色のマントを翻して颯爽と去っていく後ろ姿は、凛々しく美しい。
私は彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、見送ったのだった。
* * *
そして、私たちは屋敷に帰ってきた。再び眼鏡をかけたアンナも、先回りして帰ってきていた。
「「おかえりなさい!!」」
「ただいま、いい子にしていた?」
「もちろん!」
ルティアは胸を逸らしたが、ハルトは首を緩く振った。
「ルティ-、はしゃぎすぎて花瓶を割ったじゃないか……」
「それは秘密って言ったのに!」
「謝るべきだよ」
「……ごめんなさい」
「物が壊れるのはしかたない。謝ったのだから許そう。ところで、怪我はないのか?」
旦那様がそう言うと、ルティアは大きく頷いた。
「大丈夫」
「それならいい」
「ちょっと、儂は着替えてくる」
そう言うとお祖父様は、一旦退室した。
私も格式張った正装から着替えを済ませる。
お祖父様は庭師の服に着替えてきた。
ルティアとハルトは、お祖父様に駆け寄った。
「「ひいおじいさま〜!! 聞いて!!」」
「ふむ、何かな?」
「執事長に二人で考えて」
「一回勝ったんだよ!!」
「おお、それはすごい。セイブルの腕は一流だ……やるな」
「「えへへ!! 今度はひいおじいさまが遊んで〜!!」」
「よし、庭で遊ぶとするか」
「「わああい!」」
多分、私たちが話せるように子どもたちを外に連れ出してくださるおつもりなのだ。
本当に感謝している……それと同時にお祖父様の腰が心配でもある。
「お祖父様……」
「ちょっと行ってくる。あ、リアム……魔剣を返す」
「ええ……」
だが、楽しそうな様子を見れば、ひ孫たちと遊びたいというのも本音なのだろう。
エントランスホールには、私と旦那様、そしてアンナが残された。
アンナは下を向いてモジモジとしている。
王城にいる時の彼女は、凛々しいくらいだったのに……。
「奥様、私は実は……」
「……それって、私に言っていいことなの?」
「人に伝えるのは許されておりませんが私は!」
「言わなくていいわ。今までのようにそばにいて……あなたのこと信じているわ」
「……奥様」
王家御用達の店を押さえられること、国王に直接報告する術を持つこと……。
旦那様やお祖父様、執事長は彼女の状況を知っているようだった。
それでいて、この屋敷にいることを許されていた。敵ではないのだ。
旦那様が信頼して私につけてくれたのなら、彼女の身分など今の私が知る必要はない。
知ったら彼女は、私のそばにいることができないだろうから。
今までに知った情報を統合すれば答えには行き着く。
人に伝えることが許されず、国王に直接報告ができる……それは軍部のどこかに所属しているということだ。
そして、国王陛下の直属部隊は一つしかない。それは『王家の影』だ。
だとすれば納得がいく……しかし、王家の影にしてはドジっ子すぎるのだが……そこだけが疑問だ。
「これからも、お仕えしてよろしいのですか」
「アンナがいなければ、私はドレスひとつ着られないのだけれど?」
「ええ、ええ……奥様」
アンナの眼鏡の下から、涙が流れ落ちてきた。
彼女の眼鏡の奥に、美しい夜空のような瞳が隠されていることを私はもう知っている。
「では、早速ですが旅の準備をしてまいります!」
「え、まだいつ行くかも決まってないのよ!」
「私にお任せください!!」
私は止めそびれ、アンナは茶色いおさげをゆらして走り去ってしまった。
「任せておこう……」
「そうですね。荷物が増えすぎないかちょっぴり心配ですが」
私と旦那様は、見つめあった。
二人きりになったエントランスホールに、照れ臭くなるような静寂が訪れる。
「あの……旦那様、私」
「難しい話は後にしよう……」
旦那様が私の頬に手を置いて、しばらくためらった様子を見せてから額に口付けしてきた。
私たちは初夜を終えた夫婦のはずだが、実は口付けすらあれ以来していないのだ。
私の頬は真っ赤に染まった。
「君は可愛いな」
「……」
「君のことが愛しい」
「私も、旦那様のことが大好きで愛しいです」
私がそう答えると旦那様は、少し照れたように笑った。
王城での旦那様は、冷たく思えるほど美しくて、厳しい表情だった。
家の中での旦那様はかっこいいのだけれどやっぱりどこか可愛らしい。
私は背伸びをして、旦那様の逞しい肩に腕を回した。
柔らかくて温かい――五年越しの口付けだった。
次回から家族旅行編!!
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