英雄とその妻と双子 6
会場の中心には、騎士団長をはじめ今回の功労者たちが集まっていた。
「申し訳ないが、少しだけ離れる。ここにいてくれ」
「ええ、かしこまりました」
会場で私とルティアとハルトだけになってしまうのは心許ないが仕方がない。
旦那様は騎士様たちに挨拶に向かう。
「ねえ、お母さま。りんごみたいな可愛いの食べていい?」
「私はこっちのピンに刺さった綺麗なの食べたい」
魔獣討伐戦の功労者だけでなくその家族も労う宴のため、子どもが食べられるような食事も多く提供されている。
二人が食べたがっているご馳走は、小さくて食べやすそうだ。
盛装を汚す心配もなさそうではある。
「はい、どうぞ」
二人は一口食べると目を輝かせた。
「おいしいよ!」
「すごい……!」
我が家で料理を作ってくれている料理長は、凄腕の持ち主だがいつも作ってくれるのは健康を考えた家庭料理が多い。
それに対し、王城の料理人が作る品は、芸術品のようだ。
二人は夢中で食べ進む。
時々、口元を拭いてあげながら旦那様が戻ってくるのを待つ。
すると、ざわついていた会場が静まり返った。
旦那様と一緒にこちらに向かってくるのは、私でも知っている有名なお方たちだ。
第二騎士団長ラペルト・リーゼ卿、第三騎士団長ハロルド・スフィーダ卿、辺境騎士団長シノア・イースト卿……。第一騎士団長である旦那様を合わせると、近衛騎士団長以外が勢揃いしている。
彼らはその美貌と圧倒的な実力から、国民の憧れの的だ。
しかし、彼らが一堂に会することは滅多にない。
――騎士団長様たちが、私たちを前にして立ち止まった。
初めに口を開いたのは、シノア・イースト卿だった。
「お久しぶりでございます」
「お久しぶりです。イースト卿」
「こちらが、お子様たちですか」
「ええ。二人とも挨拶なさい」
二人は前に歩みでた。
珍しいことにルティアまで緊張してしまっている。
実はルティアは侍女のアンナに姿絵をお土産にもらってから騎士団長様たちの大ファンなのだ。
「あの、初めまして……ルティア・フィアーゼです」
「初めまして……ハルト・フィアーゼです」
「これはこれは……辺境騎士団長シノア・イーストです。以後お見知りおきを」
「「わあ……本物のイースト卿!!」」
見惚れてしまうような騎士の礼。
青みがかった黒髪に金色の瞳をした辺境騎士団長シノア・イースト卿は旦那様よりも少し背が高い。
憧れの辺境騎士団長様を前に子どもたちは、大いに盛り上がっている。
「……夫が紹介する前に挨拶するとは、いささか礼儀がないのではありませんか?」
「失礼した。懐かしくてつい……な」
旦那様がイースト卿に声をかける。笑みを浮かべているがいつもの優しい笑顔とも、よそゆきの表情ともちょっと違う。
信頼する仲間に対するものだろうか……それにしては、敵意を感じるような?
騎士団長同士の会話を邪魔してはいけないと一歩下がると、旦那様がイースト卿から私を隠すように立った。
イースト卿は、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「フィアーゼ侯爵夫人のこれからのご活躍を期待しております」
「──まあ、私にできることなど何も」
「ご謙遜を辺境伯領も夫人がいらっしゃらなくなってしばらくの間、かなり混乱していたようですよ。いや、話しすぎましたね……これにて」
「ええ、イースト卿のご健勝をお祈りしておりますわ」
混乱ってなんのことだろうか……私が結婚してから目立って大きな事件はなかったはずだが……。
続いて第二騎士団長リーゼ卿と第三騎士団長スフィーダ卿とも挨拶した。
リーゼ卿は金色の髪に青い目の優しそうな人で、スフィーダ卿はこげ茶色の髪と瞳の美丈夫だった。
それぞれ挨拶を済ませると、騎士団長様たちは去っていく。
「……イースト卿と知り合いだったとは、知らなかった」
「私の実家は辺境伯家ですから……辺境騎士団の騎士様たちは顔見知りです」
「なるほど、それもそうか」
王国は魔獣と戦いを繰り広げながら、千年かけて領土を拡げてきた。
一方、ロレンシア辺境伯家は、かつては一つの小国であった。
魔道具を開発するという独自の方法で生き残ってきたのだ。
その後領土を拡大してきたウィンブルー王国に忠誠を誓い、ロレンシア辺境領となったとされている。
そこから、魔獣との戦いは激しくなりウィンブルー王国の領土の拡大は止まった。
砂漠に接したロレンシア辺境伯領は、今も最前線の地なのだ。
辺境騎士団は、魔獣との防衛戦を守る役目を辺境伯家と協力して担っている。
私は戦いに参加することはできなかったが、兵糧の管理や医療品の管理、傷病者の手当てなどを手伝っていたのでイースト卿と関わることも多かった。
「……ねえねえ、ハル。しっとって何かな?」
「……好きすぎるとなるらしいよ」
「うふふ、お父さまは……」
「……お母さまが大好き!」
魔剣がまた何か吹き込んだのか。
ルティアとハルトが楽しそうに内緒話をしている。
旦那様が二人の会話に気がついていないことだけが幸いだ。
恥ずかしさに、私の頬は軽く上気してしまう。
会場に流れていた音楽が華やかなものへと変わった。
「みんな踊りはじめたね」
「うん」
「ハル、私たちも踊ろう?」
「うん……ルティー」
子どもたちは子どもたちだけで踊るようだ。
「こういうときは、ハルトが私に踊っていただけますかって聞くのよ?」
「わかった……」
ハルトは深呼吸するとルティアに手を差し伸べた。
「ルティー……僕と踊っていただけますか?」
「ええ、もちろん」
会場中の視線を集めながら、二人はダンスの輪へと駆けていった。
「二人だけで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ……二人には護衛がついているし、何かあればおしゃべりなこいつが黙っていない」
旦那様は魔剣を指先で弾いた。
ルティアとハルトの内緒話は聞こえていなかったようだが『嫉妬』と言った魔剣の言葉は聞こえていたのだろう。しかし、護衛とは……会場でそれらしい姿は一度も見ていないのに。
だが、次の瞬間ごちゃごちゃとした考えは全て吹き飛んでしまった。
旦那様が私に微笑みかけ、手を差し出してきたのだ。
「どうか一曲踊っていただけますでしょうか?」
――もちろん答えなど一つしかない。
「ええ……喜んで」
旦那様の手に手を重ねると、軽く引き寄せられる。
輝くシャンデリアの下、私たちは踊り出した。




