英雄とその妻と双子 5
旦那様の言葉通り、今日この日まで公の場面でフィアーゼ前侯爵にお会いしたことはなかった。
結婚式の日ですら、体調が思わしくないという理由で欠席をされていた。
とはいえ、旦那様が出立した直後には素知らぬ顔で庭師として私に会いに来ていた。結婚式のあれは仮病だったのだろう。
ルティアとハルトが魔剣をじっと見つめた。すると、二人の瞳は今宵のシャンデリアの如く輝いた。
「本当に?」
「本当の本当の本当に?」
「「本当にサムさんが、ひいおじいさまなの!?」」
魔剣が説明をしたらしい。
二人にとっては、驚きよりも喜びのほうが大きいようだ。
ルティアとハルトは、サムさんに向かって勢いよく駆け寄った。
逞しい両腕で二人まとめて抱き上げられご満悦だ。
「「ひいおじいさまって呼んでもいい?」」
「ああ、もちろんだよ」
「「ひいおじいさま!!」」
「ああ……。ルティア、ハルト」
だが私にとっては喜びより驚きのほうが大きい。
――でも、私だっていつも親身になって相談に乗ってくれて、力持ちで、双子とも遊んでくれて、優しくて頼もしいサムさんが大好きだ。
サムさんがお祖父様だとすれば、とても嬉しい。
私だって、サムさんのことは本当の祖父のように慕っていたのだ。
「おや、正体がわかったら夫人はもう来てはくださらないのか」
「……っ!!」
グレーの髪に茶色の瞳をしたサムさんが、悲しそうに眉根を寄せる。
いや、もうサムさんとは呼べない……今後なんとお呼びすべきか。
それでも私は、彼の下に駆け寄った。
「訳あって名乗れず申し訳なかった。君のような心優しい女性が孫の妻になってくれてこんなに嬉しいことはない」
「――私こそ……感謝しております」
双子の夜泣きで一睡もできずに憔悴していたとき、三時間ほど預かってくださったことは一生忘れない。
三歳になった双子の悪戯に辟易していたとき、時が解決してくれるとお昼寝まで二人を連れ出して思いっきり遊んでくださったことも……。
――そういえば、あのあとしばらく腰痛になったと来られなくなったけれど、その後腰は大丈夫なのだろうか……。
とにかく、双子の子育ての間、何度も助けていただいたのだ。
「孫も帰ってきたことだ。これからは、ぜひお祖父様と呼んでくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ、君のことは可愛い孫だと思っている」
「……お祖父様」
「はは……存外嬉しいものだな」
双子を抱き上げたまま、お祖父様は笑みを浮かべた。
そこではたと気がつく、今は陛下の御前であったことに……。
私が顔を青ざめさせていると、お祖父様がニヤリと笑った。
「リアム、そんなところに立っていないでこちらに来なさい」
「ええ……祖父上」
旦那様はニコリともせずに私の隣に立った。
陛下の御前で醜態を晒したから怒っているのだろうか……。
いや、たった三日間の付き合いではあるが、私にはわかる。旦那様は怒ったりしない。
「陛下……初めて孫の妻とひ孫と会ったものですから……お許しくださいませ」
「ああ、なるほどな。初めて会ったのなら仕方あるまい」
そう言うと陛下は一瞬、悪戯っぽく笑った気がした。
お祖父様も二人を下ろしながらニヤリと悪巧みでもしているように笑う。
おそらく陛下とお祖父様は仲が良い……そんな気がする。
「さて、紹介してもらえるか?」
「ええ、孫のリアム・フィアーゼならびにその妻エミラ、ひ孫のハルトとルティアでございます」
「ふむ……それにしても美しい赤と白銀だな」
「――ええ、我ら父子が受け継がなかったフィアーゼ家の始祖の色は、孫とひ孫に現れたようです」
「殊の外よろしい」
そう言うと陛下は頷いた。
「さて、夫人」
「王国の太陽にお会いできましたこと、誠光栄でございます」
「王国の安全を脅かしていた高位魔獣はフィアーゼ卿により討伐された。これは、夫の無事を祈り、子と共に耐えた夫人の献身が大きかろう。褒めて遣わす」
「ありがたき幸せにございます」
私としては、双子と幸せに暮らしていただけなのだが……お言葉に感謝し、深々と礼をする。
「さてフィアーゼ卿。ご苦労であった」
「は……我が剣は陛下と王国に捧げておりますゆえ」
旦那様は無表情のまま胸に手を当てて膝をつく。
私の知っている旦那様とは別人のようだ。
「さて、今宵無礼講である。好きに過ごすが良い」
「ありがたき幸せ」
旦那様は立ち上がると、私に手を差し伸べた。
「ああ、待て待て……双子と話がしたい」
「……ルティアとハルトでございますか? 二人は幼く、まだ弁えておりません」
「そうは見えぬが……無礼講と申した」
「は……」
ルティアとハルトが陛下の御前に呼び出される。
何事かと固唾を飲んで見守ることしかできない。
「ふむ、二人とも父母によく似ているな」
「陛下にお会いできて、こうえいです。ルティア・フィアーゼでございます」
「ハルト・フィアーゼ、おうこくの、太陽に、ちゅうせいをささげます」
二人の挨拶は四歳とは思えぬほど完璧だった。そして一生懸命挨拶をする姿は、とても可愛らしい。
いつの間に覚えたのか……ここまで教えた覚えはないのだが……。
チラリと見ると、旦那様の腰元で魔剣がチカチカ光っている。
魔剣が教えているようだ。
「ふむふむ。中々のものだ……今度遊びに来なさい」
「「……こうえいです」」
「では、フィアーゼ卿の下に戻るが良い」
「「失礼いたします」」
陛下からお言葉を賜り、二人は緊張した様子で戻ってきた。
よほど緊張したのだろう。二人は私に抱きついてくる。
そっと抱き寄せつつ、周囲の様子に目を配る。
――旦那様とお祖父様の表情が険しい……それに引き換え魔剣のなんとなく楽しそうなこと。
魔剣の宝石が、大笑いしているみたいにギラギラ光っているのに、周囲の人が視線を向けることはない。
もしかして、この光は私にだけ見えているのだろうか……。
――いや、そんなはずはないだろう。
続いて陛下の御前に呼び出されたのは、私の妹ベルティナだった。
ベルティナも辺境伯騎士団の魔道具師としての働きを褒められたのだろう。
「大丈夫だったか?」
「ええ……驚くことばかりでしたが」
旦那様が心配そうに私に声をかけてきた。
その表情は優しげで、やはり先ほどとは別人のようだ。
ホッとしながら微笑み返す。
いろいろなことが気になりながらも、陛下の御前から離れ、家族一同で会場の中心へと向かうのだった。
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