英雄とその妻と双子 4
王城のメインホールは、夢見ていたよりもずっと輝いていた。
色とりどりの盛装に身を包んだ貴族たち。
今回の飾りは赤色を基調にしているようだ。
――オードブルの一つ一つが小さな宝石みたい。
料理というより芸術品のようだ。
メインホールは混んでいるが、私たちが会場に入ると人々は左右に避けた。
「陛下にご挨拶に行こう」
「ええ」
「はーい!」
「……」
ルティアは元気に返事をしたが、ハルトは黙り込んで震えている。
旦那様は背中を屈めてハルトと目線を合わせた。
「ハルト」
「はっ……はい」
「宴では少しの間、君たちから離れる必要がある」
「え……」
「君に二人を任せたいが……頼めるか」
「……っ!」
ハルトは震えながらも目を見開いた。
こんなに緊張しているのに、さらに追い打ちになるのではないかとハラハラしていると、ハルトはグッと口の端に力を入れた。
「僕に任せて!」
「――頼りにしている」
「お父さま、私は?」
「もちろん、頼りにしているさ。自慢の娘だからな」
「うふふ。任せてね!」
「ああ」
旦那様は、にっこりと微笑んだ。
優しげなその表情に、やはり会場中の視線が釘付けになる。
というよりも、騒めいている。
――見惚れるような微笑みではあるが、いくらなんでも騒ぎすぎでは。
そんなことを思っていると、旦那様は私の手を引いて再び歩き出した。
先程まで緊張していたハルトはやる気みなぎっている。もちろんルティアも。
私たち家族は、会場の注目を浴びながら王族が集まる一角へと向かう。
「あ……」
そこには、見知った顔が二人いた。
片方は想定内であったが、もう片方はあまりに意外だった。
「君の妹君か」
「ええ……」
男装の麗人――私の妹、ベルティナ・ロレンシアは、辺境伯家の二女だ。
金色の髪を短く切り揃えた彼女は、私と同じアイスブルーの瞳をしている。
辺境騎士団に所属する彼女は、歴代のロレンシア辺境伯家の者がそうであったように、凄腕の魔道具師でもある。
武器に魔力を込めることに成功した人類は、魔獣に抗う術を手に入れ文明を築き上げてきた。
私の生家であるロレンシア辺境伯家は、建国神話時代から魔道具作りと魔獣との戦いの中心的存在だ。
だが、それらの魔道具を作ることができるのも、扱うことができるのも、強い魔力を持つ選ばれし者だけだ。
――私には魔力がない。妹は強い力を持ち、私は力を持たないのだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
幼い頃は仲が良かった妹……しかし、妹に対する私の心境は複雑だ。
羨望と嫉妬……けれど、振り返ってみれば何より強いのは、妹が危険な場所で戦い続けているのに、私はいつも安全な場所にいるという申し訳なさだ。
しかし今、私はそんな複雑な心境を塗り替えてしまうほどの衝撃を受けている。
その原因は、陛下と仲良さげに談笑している紳士だ。
「庭師のサムさんが、なぜここに……」
「庭師?」
旦那様が怪訝な声を出し、眉根を寄せた。
だが、見間違いようがない。
いつものような使い古された作業着姿の代わりに第一騎士団の白い正装を身につけているのは、間違いなく庭師のサムさんだ。
「まさか……君に接触していたのか」
「どういうことですか?」
「……約束と違う」
旦那様は、かなり長い間押し黙り、そして口を開いた……。
「彼は、俺の祖父だ」
私はもう、何も言えなくなってしまった。
「「サムさん!」」
彼に懐いているルティアとハルトが元気いっぱいその名を呼ぶ。
二人の曽祖父、サミュエル・フィアーゼ前侯爵は、こちらに視線を向けると満面の笑みを見せたのだった。
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