五年越しの家族団らん 1
「王国の平和のため、この結婚を白い結婚にするわけにはいかない」
「……わかっております、旦那様」
使用人が下がり、天蓋つきの寝台の上で、私と旦那様は向かい合った。
旦那様は無表情だった。
「その代わり、君にこの屋敷の女主人の鍵を渡そう。明日からは好きに過ごしてかまわない」
「もったいないことです」
――他人行儀だと言うなかれ。私たちは結婚式が初対面だったのだ。
死神騎士と呼ばれるリアム・フィアーゼ侯爵令息と辺境伯家の長女である私、エミラ・ロレンシアの結婚は王命によるものだった。
旦那様が戦地に向かう直前に決まったため、一緒に過ごしたのは結婚式と初夜だけ。
辺境伯領は国防の要であり、代々騎士団長を務める家柄であるフィアーゼ侯爵家とロレンシア辺境伯家のつながりを強固にする手段として私たちは結ばれたのだ。
旦那様は、結婚式の次の日、戦場へと旅立っていった。
* * *
白銀の髪に柘榴石のような赤い瞳。
平凡な私の夫になるなんて申し訳ないほどの美貌、鍛え抜かれた体。
私のことをとても丁寧に扱ってくださったと思う……他の人は知らないから多分。
あれから五年――月日は残酷だ。
大切にしていた記憶は徐々に薄れ――私は彼の顔を……。
「「お母さま〜!!」」
「ハルト、ルティア!!」
――忘れようがない。
白銀の髪に赤い瞳をした四歳の男の子が、誕生日に贈られた子ども向けの模擬剣を抱え、私の元に走り寄ってきた。
その後ろから、やはり模擬剣を抱えた白銀のロングヘアに赤い瞳をした四歳の女の子が駆けてくる。
まだ短い手足……二人は四歳。魔力がないせいで家族から疎遠にされてきた私にとって初めてできた本当の家族だ。
そして、私がほんの一日過ごしただけの旦那様の顔を忘れようにも忘れられない理由、それがこの二人なのだ。
初夜で二人を授かった私を疑う者は誰一人いなかった。
ハルトとルティアは淡い茶色の髪とアイスブルーの瞳をした私にはあまり似ず、旦那様にそっくりだ。
しゃがんで腕を大きく広げると、二人が飛び込んでくる。
温かくて柔らかい二人を強く抱き締める。
子ども特有の甘い香りがする。
「お母さま、今日のおやつはなーに?」
「私は知ってるもん」
「えっ、なんでルティーだけ知ってるの!」
「うふふ、ハルがいない間に料理長に聞いたの!」
「ずるーい!!」
毎日がとても騒がしい。
旦那様は、私に屋敷の鍵を預け、好きにしていいと言った。
主人不在の今、贅沢をするのは憚られるけれど、子どもたちのためにはありがたく使わせてもらっている。
二人の服はお揃いの布地を使っている。
グレーの布で落ち着いた印象だけれど、裾に黄色い花の刺繍が施されているのでとっても可愛い。
刺繡は私の手によるものだ。
――うちの子たち、王国一可愛い。
夫が結婚式の次の日に戦地に行って帰ってこないことを不憫だと言われることは多い。
けれど、私は案外幸せに暮らしている。
初夜のとき、冷たい視線を向けていた旦那様とは政略結婚。
たぶん旦那様は、初対面だった私のことなど愛していないだろう。
彼に似た子どもたちに囲まれている私と違い、戦場暮らしの彼は妻の顔すら覚えていないに違いない。
だが私の想像は、この直後に裏切られることになる。
* * *
「エミラ!」
彼は戦地に行く前より少し逞しくなっている。
鍛えられた腕に五年越しに抱きしめられ、私は硬直した。
珍しい白銀の髪と赤い瞳、そしてハルトとルティアにそっくりの顔は変わらない。
――それどころか、笑い顔までそっくり。
こんなふうに笑う人だったのか、と躊躇いながら、逞しい体に腕を回そうとしたそのとき、怒りを交えた声が聞こえてきた。
「「この、ふしんしゃっ!! お母さまを離せ〜!」」
私が見知らぬ男性に抱きつかれているのをみた二人は、助けようと必死だったのだろう。
二人が投げた模擬剣は、旦那様の後頭部にクリーンヒットした。
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