008.『節制』と『魔術師』
昨日に引き続き、総合とジャンル別の日間にランクイン!
さらには、ジャンル別週間でもランクインしました٩( 'ω' )و
皆様ありがとうございます!
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[セイジ]
配信に少しだけ興味が湧いた
[ツカサ]
お前が何かに興味を持つとは珍しい
[セイジ]
色々聞かせろ
[ツカサ]
はいはい
いつもの興味からの深掘りね
いいよ 教えてやるから飯を作りに来い
海南鶏飯がいい!
[セイジ]
交渉成立だな
いつなら開いてる?
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・
・
不動山ダンジョンでアイアンウールを食べた日の翌週、火曜日。
セイジは面倒ながらも家を出て、友人の住むアパートへと向かっていた。
道中のスーパーで調達した鶏肉などが入ったエコバックをぶら下げながら、ようやくついたアパートを見やる。
見た目は、レトロな木造アパートの風情だ。だが、何気に耐震と防音のみならず、最新の機能や設備がしっかりしているアパートだそうである。
ただその分――家賃が比較的安いこの辺りであっても、相応にするそうだが。
ボロい昭和風アパートというのがコンセプトの比較的新しい建物らしいのだが、セイジには何が良いのかよく分からない。
自分に必要な設備が揃っており、生活の面倒さが軽減される立地などであれば、見た目はこの際どうでも良いと思うのだが。
ともあれ、そんな横長アパートの左右についている階段の片方から二階へと上がり、中央あたりにある部屋へと向かう。
203号室。『交津摩』。
恐らくは初見で読める人は少ないだろう名字を確認して、呼び鈴を鳴らす。
「よ、来たな!」
扉を開けて出てきたのは、髪をオレンジ色に染めたやたらと明るい雰囲気の男。
この男の名前は――交津摩 士。
何の因果か、中学時代からずっと付き合いのある腐れ縁の知人だ。
ノリも見た目も対極なのだが、不思議とウマがあうので、付き合いが途切れずに続いている相手でもある。
「頼まれたモノを作る材料を持ってきた。とりあえず冷蔵庫に入れさせてくれ」
「おうよ! 勝手に入れてってくれていいぜ」
お邪魔します――と口にして、セイジは靴を揃えてツカサの家へと上がる。
勝手知ったるなんとやら。
セイジはためらいなく冷蔵庫に向かうと、少しの悩みもなく冷蔵庫の中へと持ってきたものを片付けていく。
「セイジ。俺はこれから一時間くらい部屋で配信やっから。それが終わるくらいには食べられるように作ってくれ。あとはいつも通り、映り込まないように気をつけてくれよ」
「ああ。了解だ」
この辺りのやりとりも、だいたいいつも通りのお約束だ。
とはいえ、別に音を立てたり映り込んだりしても怒られるものでもない。
それどころか、ツカサは作業部屋のドアを半開きにして配信するのだ。
なんでそんなことをするのかと訊ねたことがあるのだが、その答えは――普段聞こえない音や声が配信に入る。それがキッカケでトークを広げられるから……だそうである。
自宅で配信しているから、そういうトラブルもまた配信ネタの一つとして美味しいと言っていたが、セイジにはよく分からなかった。
ともあれ、配信中であるからと、気を遣いすぎる必要はない――というのを把握しておけば問題ないらしいので、深く気にしないことにしている。
「今オシャレな人も。これからオシャレになる人も。いらっしゃいませ! 美容師ツカサのおしゃれダンジョン!
今日は、自宅配信です。事前告知の通りロングの人向けの探索用ヘアアレンジを解説していきますよー」
ちなみにツカサの本職は美容師だ。あと探索者資格も持っている。
その為、オフの日などは『探索者だってオシャレをしたい』をテーマに、こうやって女性探索者向けの配信をやっているのだ。
自宅だけでなく、ダンジョン内で困ったときの髪のまとめ方だとか、戦闘やトラップなどで乱れた髪の直し方なんかの配信もすることがあり、そこそこ人気があるとは聞いている。
最初こそ職業をいかして髪型関連だけだったのに、いつの間にやら服装やネイルなどの話までするようになっているらしいが、セイジには良く分からない。
ともあれ、ツカサが配信をしている間に、色々と準備をしておこう。
何度も立っているキッチンなので、道具の場所や作業上の導線などはちゃんと把握できている。
買ってきた鶏肉を茹でる。
茹で汁は捨てずに、お米や調味料と一緒に炊飯器へ入れて、早炊きモードにして炊く。
最初は、近くのダンジョンで鶏を狩ってこようかと思ったのだが、ダルかったのでやめた。どうしてツカサなんぞの為にそこまでダルい思いをしないといけないのか――と、思いとどまれて良かったと思っている。
お米が炊けるまで時間があるだろうから、サイドメニューや、茹で鶏を食べる為のタレなどを作っていく。
作業がある程度進んだところで――
「あー……用意してたウィッグどうしたっけか……」
――何やら作業部屋から困ったようなツカサの声が聞こえてくる。
「ウィッグ?」
作業部屋に無いのであれば、残る部屋は一つだけだ。
セイジはパクチーを切る手を止め、手を洗うとリビングを覗き込む。
すると、リビングのテーブルの上に緑色のウィッグが置いてあった。
「ツカサ。探しているウィッグは緑のヤツか?」
それを手に取り、部屋の外から声を掛ける。
「そうそう! そっちにあるー?」
「あるぞ」
「持ってきてー!」
「ああ」
ダルいが、仕方がない。
緑のウィッグを手に、作業部屋へと向かう。
「ん? そうなのよ。今、友達来ててさ。メシ作ってもらってるんだ。友達、料理人なんだよ」
リスナーが、セイジの声が気になったのだろう。
ツカサもそれに答えているようだ。
「何作ってるのかって? 俺のリクエストで、海南鶏飯。
シンガポール式チキンライスってやつ。タイ式で作るとカオマンガイって呼ばれるよね」
ツカサはリスナーとやりとりしているので、セイジからウィッグを受け取る気がなさそうだ。
「立ち上がる気ないのか、お前」
「『節制』くんが持ってきてくれるって信じてたから」
「そういうダルいやりとりはいい。とっとと受け取れ『魔術師』」
ツカサが手招きするので、セイジは顔を顰めながら作業部屋へと踏み入れる。
手にしたウィッグを投げ渡したいところだが、これはツカサの商売道具だ。分かっているやつが乱暴に扱うのならともかく、門外漢の自分が乱暴に扱うのは違うだろう。
なので面倒くさいが、手渡しすることにした。
「ほら」
「さんきゅー!」
渡す際、カメラに自分がチラっと映っているのが見える。
とはいえ、先日ムルに言った通り、セイジはテレビに出るなどで多少顔は出てるので、別に気にするようなことでもない。
ウィッグを受け取ったツカサは、PCのモニタを見てうなずく。
「そうそう。あだ名の由来はタロットのあれ。こいつの本名をもじると『節制』になるんだよ。テンパランス」
ツカサがリスナーにそう説明しているのだが、何となく不公平に感じたので、セイジはそこに補足を口にした。
「ちなみにコイツの本名をもじると『魔術師』になるから、そう呼び返している。なぁ、マジシャン?」
一応、学生時代の顔なじみには『戦車』と『隠者』もいる。
偶然とはいえ、そう呼び合えるメンツで、バンドのマネゴトもしたことがあるが、それはまぁセイジにとってもツカサにとっても、やや黒歴史な話だ。
そういえばアルカナム――なんてバンド名をつけたのは誰だったか。自分ではなかったはずだが――そんなどうでも良いことを思い出していると、ふとツカサの様子が変わった。
「ん? 節制ってダウナーニキじゃないかって? なにそれ?」
何やら色つきのコメントを読み上げながら、ツカサが首を傾げている。
そこへ続くように、色つきのコメントがいくつか投げられてきて、さらにツカサが首を傾げた。
「ムルちゃんを助けてくれてありがとう……?
ムルちゃんって、Vヴァンプ所属のダンジョン配信者『窟魔ムル』ちゃんのコト? え? なんで節制からそこに繋がるんだ?
……っていうか、助けた? ムルちゃんを? ダウナーニキ……節制が?」
めちゃくちゃ不審そうな顔で、ツカサがこちらを見上げてくる。
どうやら、ツカサのリスナーの中に、ムルのリスナーもいたようだ。
「あー……そういや先週、なんか配信者を名乗る女の子を助けたな……」
どうリアクションをとっていいのか分からず、セイジは右手で首を撫でながら、なんとかそれだけ口にした。
準備が出来次第、もう1話更新します٩( 'ω' )و




