006.ダウナーさんと呼んでもいい?
残念ながら彼女は熊の解体の仕方はしらなかったようなので、セイジは仕方なく、ヴァイオレットネイルの死体をSAIに収納した。
アイアンウールの解体の仕方や肉の切り分けは予習してきたセイジだが、ヴァイオレットネイルはしていないので分からないのだ。
いくらモンスターの解体や料理はダンジョンの中であれば多少のファジーさが許容されるという部分があれど、まったく分からないのではどうにもならない。
なので有料になってしまうが、探索者ギルドの解体屋に頼むしかないだろう。
「SAIがアタリだったのは我ながら運が良かったといつも思う」
安堵しながら独りごちる。
声に出したのは、張り詰めたままの空気を弛緩させる為でもある。
そうでなくとも自分のあまり感情のない顔や淡々とした喋り方は、他人から怖がられやすい。
面倒だが、そういう意味でも怒っていないアピールをした方が良いとセイジは考えた。
ちなみにSAIは、探索者資格を得た際に、探索者ギルドからご祝儀で貰えるダンジョン産の宝石だ。
だが、困ったことに内容量は千差万別。見た目の大きさが、収納容量とは一致しないのである。
なので、貰ったものがどれだけの容量をもっているかどうかというのは、本当に運だったりするのだ。
アイアンウールとヴァイオレットネイルを収納してなお余裕があるのは、かなりアタリの部類である。
無事に収納し終えたセイジは、女性の方へと向き直った。
彼女はまだ強ばった顔をしていた。
独り言による緊張感緩和作戦は無駄に終わったようだ。
ちょっと残念に思いながらも、そんな感情はおくびにも出さずセイジは訊ねる。
「本当に、あの熊を丸々貰っても良かったのか?」
「はい。そもそもわたしは連れてきてしまっただけで、倒したのはお兄さんですので」
「そうか」
ダンジョン食材に興味が湧き始めているところだ。
このヴァイオレットネイルも、解体したあとで肉として食べてみるのもいいだろう。
そんなことを考えながら女性を見て、もっと訊ねるべきことがあったのだと気がついた。
「……そうだ。ケガは大丈夫か? 手持ちが無いなら、オレの迷宮産傷薬を出せるが」
なんだかとって付けたような問いだな――と、セイジは内心で自嘲する。
ただ、女性の方はあまり気にはしていないようだ。
「お気遣いありがとうございます。ケガの方は大したコトないです」
「そうか」
女性の返事に素っ気なくうなずいてから――まだ空気が強ばっているように感じて、セイジは内心で眉を顰めながら自分の首を撫でた。
(困ったな……このあと、どうすればいいんだ?
対応の仕方が分からなくてダルい……)
普段あまり探索者としてダンジョンに潜ってないので、こういうレスキューに成功したあとにするべきことが思いつかない。
(まぁでも念には念を入れるべきか。切り上げて、彼女を地上まで送って行こう)
そうと決まれば片付けだ。
セイジはジンギスカンをやっていた焚き火スタンドへと向き直り――
「あ」
――まだ食べきっておらず、良い香りを放っているそれを見て、本気で困ったように首を撫でた。
「あー……」
だが、焼き上がっている肉を捨てるのは料理人としてなんだかダメだ。
料理人としてのプライドやこだわりは無くとも、セイジなりのルールがある。食べ物を粗末にしない……というのは、そんなルールの一つだ。
(今度からタッパーとか持って来た方がいいな。ともあれ、今回はどうするべきか……)
彼女を地上に連れていきたい。
その為には、ここを片付けたい。
だけど、まだ料理は残っている。
「キミ、お腹減ってない?」
そんな状況からセイジが、なんとか導き出した答えはその質問だった。
セイジが指で示した焚き火スタンドを見て、女性が首を傾げる。
「えーっと、なんですかそれ?」
「ジンギスカン」
「それはまぁ、見れば分かるんですけど……いやそうじゃなくて……えーっと」
どうやら彼女を大いに戸惑わせてしまったようである。
(いやまぁ、オレが向こうの立場だったら間違いなく戸惑う自信はあるな……)
我ながら何をやっているのだろうか――とも思う。
そんな中、戸惑ったような彼女のお腹から、「くぅ」と可愛い音が聞こえてきた。
「あ」
本人も想定外だったらしく、お腹を押さえながら真っ赤になっている。
それを利用するようで申し訳ないのだが、セイジは畳みかけることにした。
「キミを上に送ってやりたいんだが、ここを片付ける必要がある。
だが、出来上がった料理を捨てるのはマイルールに反してもいる。これも何かの縁だと思って、食べていってくれると助かる」
「それじゃあ、その……ご相伴に、預かります……」
「そうしてくれ」
紙皿や割り箸などの予備はまだある。
セイジは焚き火スタンドの側までいき、彼女を招きをして、それらを手渡した。
「好きに食べてくれ」
「ありがとうございます。でも、なんでジンギスカンなんですか?」
「アイアンウールを食べてみたかったんだ」
モンスターの名前を口にすると、彼女は少し驚いたような顔を見せる。
「あ。じゃあ、これダン材料理」
「もしかして苦手だったか?」
「いいえ。むしろ興味があったというか……別箱の人なのであまり話題には出せないんですけど、配信とか良く見てるので」
「別箱?」
聞き慣れない言葉を聞いて、セイジは首を傾げる。
彼女はその言葉の意味を説明しようとする素振りを見せるが、そこから別の何かに気づいたのか、慌てた様子で名乗りだした。
「あ、申し遅れました。わたし、窟魔 ムルといいまして、ダンジョン配信をやっております……て! しまった! ごめんなさい! 配信切ってませんでした~……!」
わたわたとし始める彼女――窟魔ムルを見ながら、慌ただしい子だなぁ……などと思いつつ、セイジは周囲を確認をする。
同時に、別箱とはつまり事務所違いというような意味なのだろうと、推察した。
だが、そこには触れず、周囲を見回して気になっていたことを訊ねる。
「配信してるのか? ドローンとかカメラっぽいもの無いけど」
「スキル連動式カメラっていうのがありまして、視覚強化系のスキルと連動させているんです。なのでわたしの目がそのままカメラになっている――とういうか、すみませんお兄さんの顔を配信に流してしまって……今切るので……」
そう言いながら腕時計のような端末を操作するムルに、セイジは待ったをかけた。
配信のことは詳しくないが、急に配信を終了させるのもムルの視聴者に悪い気がしたのだ。
「キミが配信を続けたいなら構わない。
バイト先には何度かテレビの取材が来てるし、その時にすでに顔出ししてる。今更、配信に乗った程度では慌てない」
「そ、そうなんですね……」
「ただ、芸名みたいなモノは持ってないから名乗りは控えたい。なのでまぁ……好きな呼び方で呼んでくれ」
セイジの言葉にムルはうなずくと、なんて呼ぼうかな――と独りごちながら、腕時計のような端末を操作する。
そして小さなホロウィンドウを表示させると、そこに流れる言葉の群れを軽く見てから、ムルは慌てた様子で表示を消し、改めてセイジへと笑顔を向けた。
「それじゃあダウナーさんと呼ばせてもらってもいいですか?」
「……キミがそれでいいなら構わない。斬新な呼び名ではあるが」
ダウナー野郎と悪口方面で使われたことはあれど、親しみを込めてダウナーと呼ばれるのは初めてだ。
なんとも言えない新鮮な感覚に戸惑いながら、セイジは小さく笑い、ムルへと焼き上がっている肉を手渡すのだった。
準備が出来次第、もう1話公開します٩( 'ω' )و




