004.アイアンウールでジンギスカン
「……調べた感じだとこの辺りだと思うんだが……」
小さく独りごちながら、セイジはキョロキョロと周囲を見回す。
「……いたな」
そして、ターゲットを見つけた。
灰色をした鈍く光る毛を持つ羊型のモンスター『アイアンウール』。
その名前の通り、あの羊の毛は、全て鋼線だ。
毛を刈るのは難しいのだが、その毛の需要はかなりある為、探索者協会からよく狩猟依頼がでている。
問題は、その毛が物理にも、熱や冷気などへの温度変化などの耐性が高いことだ。
モンスターとしては強くないし、襲われた際に逃げるのもそう難しくはない。
だが、討伐や素材採取の対象となった場合、途端に難易度があがるという変わり種。
それに、戦闘力的には強くない――といっても、羊の大きさで体当たりされるというだけでそれなりに脅威だ。
さらには、体当たりなどの時に、その鋼鉄の羊毛に掠すりでもすると、スパっと斬られて大怪我になりかねない恐ろしさはある。
「毛や角は素材として優秀で、最近は上質なラム肉としても注目されている――か」
自分が調べた情報を思い出しながら、セイジは鯉口を切りながらゆっくりと近づいていく。
「以前に何度か狩ったコトがあるからな。問題はない」
独りごちながら、セイジはかなり離れた間合いから居合いを構えた。
そして、自分の身体に、手にした剣に、ダンジョン内でのみ使えるエネルギー『マナ』を巡らせていく。
「武技:葬霊刹」
ダンジョン適性を持つ者が、ダンジョン内で技や身体を鍛えることで使用可能となる能力の一つ武技。
原理は完全に解明されていないらしいが、ダンジョンに満ちているチカラ、マナ。それは超人化している時は体内にも存在しているという。それをコントロールし、技名を口にするスキル宣言という行為を行うことで発動が可能となる。
セイジが使用するのは、居合いでのみ使用可能な剣技だ。
言ってしまえば、遠間から間合いを無視して相手を切り裂く抜刀術。
間合いが遠ければ遠いほど威力が減衰する技だが、使い手であるセイジはその特性を充分に理解している。
だからこそ、自分の力量でアイアンウールを倒せるギリギリの距離から技を放つのだ。
「行け」
静かに気合いを入れて、剣を抜く。
鞘走り、白刃が閃き、刹那だけ眩く輝く。
間合いの外――それもまだアイアンウールがセイジに気づかないほどの距離からの一閃。
だが、セイジの剣が輝いた瞬間に、アイアンウールの首元にも同じ光が走る。
直後に、振り抜かれた刃は納刀され、鞘とぶつかりチンっという涼やかな音を響かせた。
僅かに遅れて、アイアンウールの首が落ちる。
「よし。黒いモヤになる前に解体するか」
だが、ここで解体するのもやりづらい。
そう判断したセイジは、急いでアイアンウールの死体へと向かう。
モンスターの死体はしばらく放置していると黒いモヤへと変化して、ダンジョンに吸収されてしまうのだ。
それから左耳に付いているピアスの赤い石に触れて、その石の持つ力を発動させると、アイアンウールはそこに吸い込まれていった。
赤い石――SAIには、こういう収納機能が付いているのだ。
使用条件などは色々あるのだが、便利なことは間違いない。
「確か、近くに丘みたいな開けた場所があったな」
まずはそこへ移動する。
そこは小高い丘のような場所だ。
木々もまばらに生えていて、奥の方は崖になっている。
さらに崖側以外は土壁が広がっている。その為、セイジがやってきた通路以外にこのエリアは出入り口がない。
広いだけの袋小路のようだ。
「なるほど。ここがエリア端と呼ばれるやつか」
崖の眼下には森が広がっているのだが、このダンジョン内で森のエリアがあるという情報はない。そのことから、眼下に見える森へと向かう手段がないと思われる。
そのことから思うに、この崖から外は、ゲームなどで言うところのエリア外というやつなのだろう。
エリア外に近い場所ほどモンスターなどの発生率が少ないとも知られていて、うまく活用すると休憩場所として使えなくもない。
とはいえ、ダンジョンというものの正体がよく分かってないので、エリア外に出るというのはケガ以前の怖さがある。ここから落ちたらどうなるか。ケガではすまない何かがあるかもしれない――そういう怖さみたいなのは存在している。
逆に言えば崖へ落ちるほど近づかなければ恐くないとも言えるが。
「さて、やるか」
SAIから改めてアイアンウールを取り出す。
アイアンウールの毛は刈り取るのが難しいので、スキルで斬撃強化をした剣を振って、皮ごと引っぺがしていく。
上の階のゴブローニンの素材はさほど値はつかないのだが、アイアンウールは別だ。
食用に確保する肉以外にも、良い値段のつく角や鋼羊の毛はしっかりと採取しておく。
ある程度の血抜きをし、必要な肉を切り出すのに成功すると、小さく安堵する。
持ってきていた水で手を良く洗い、SAIからキャンプ用の焚き火スタンドと、調理台などを取り出した。
切り出した肉を調理台でスライスし、ビニール袋に入れる。
そこへ、持ってきていた自家製のタレを入れて揉み込む。
肉とタレが馴染むまでの間に、持ってきているキャベツともやしを中心とした野菜を用意する。
「こんなもんでいいか」
準備を終えると、一息入れて、次の用意をする。
焚き火スタンドの中の薪に火を付けて、上に鉄板を乗せる。
それもただの鉄板ではない。中央が山なりになっているジンギスカン用のものだ。
「羊といったらこれだろう」
脂を引いて、山の周囲に野菜を盛る。
そして山にはタレの染みこんだアイアンウールの肉を並べていく。
「酒が欲しくなる香りだが……ダンジョン内で飲むのも危ない、か……」
ダンジョン食材の味見はしたいが、そういう馬鹿なマネがしたいワケではないのだ。
「さて、肉は焼けたが――」
見た目は完全に肉だ。
捌いた感触としても、柔らかく、上質であるのは分かっている。
漂う香りも、タレと焼けた肉の入り交じる食欲を刺激する芳香だ。
見た目を含めて、これがアイアンウールの肉だというのが信じられないほどに。
それでもモンスターの肉である――というのは、なかなかためらう。だが、今日はこれを食べに来たのだ。ビビっていても仕方がない。
「いざ」
アイアンウールの肉を口に運ぶ。
「……すごいな」
分かっていたのだがラム肉の味だった。
それも、非常に柔らかくて美味しいラム肉だ。
臭みはなく、それでいてラムの旨味を全面に感じる。
噛みしめるたびに良質な旨味と脂が口いっぱいに広がってくる。
一切れでこれだ。複数まとめて噛みしめたら、より旨味を強く感じることだろう。
続いて、ラム肉から溶け出した脂を浴びた野菜を口に運ぶ。
「……タレと混ざった脂に絡んだ野菜……。
ああ、これもいい。悪くない」
野菜の味を一段階も二段階も高めてくれている。
もしかしたら、セイジは肉よりもこの野菜の方が好きかもしれない。それほどに、良い味がした。
「なるほど、ダン材料理か。そう悪くないモノかもしれない」
金にならずとも、しばらくはダン材料理を食べるべく探索者をやるのも悪くはないだろう。
熱のない自分が、人間らしく生きていく為の手段の一つが見つかった。
そんなことを考えながらアイアンウールのジンギスカンを食べていると、何やら自分の方へと向けて騒がしい気配が近づいてくるのを感じる。
「ん? ダンジョン内でイキってる輩か……? いや、これは……」
箸を置き、代わりに日本刀を手にする。
そして、騒がしい音の主が、土壁の向こう側から顔を出した。
「え? 人……ッ?!」
「女?」
ややハデな格好をした彼女の表情は穏やかではない。
「に、逃げてください……!」
どうやら、何かに追われてこの丘に来たようだ。
面倒くさい――そうは思いつつも、顔には出さず、セイジは意識を切り替えた。
本日はここまで٩( 'ω' )وお読み頂きありがとうございます!




