032.白刃落首・絶
「…………」
森林樹塔の一階。北エリア中央の花畑。
その花畑の真ん中で、セイジへ親切をしようとして逆に叱られてしまった少年は腰を下ろしてぼーっと高い天井を眺めていた。
ここにはモンスターは出てこない。
だからこそ、よく休憩で使われる場所でもあった。
この花畑は、東側と西側に植物に囲まれた大きな扉がある。
先ほどのおっさんのようにショートカットを使わずに、入り口から迷路のような道を進んでくるとここの東側の扉を開けて、ここへ踏み入れることとなる。
そして、西側の扉を開けて外へと踏み出すと、これまでよりもワンランク上のモンスターが出現するエリアが始まるのだ。
「あのおっさんの言ってるコトは正しいんだよな。言われた時はムカついたけど、でも……あの人は間違いなく強い人だ。そうじゃなきゃ、モンスター討伐の指名依頼なんてされないもんな」
はぁ――……と、少年こと串谷 楓流は大きく息を吐いた。
「あのおっさんじゃなかったら、もっとキツいコト言われてたかもなぁ……やらかしたよなー……」
どさりと後ろに倒れて、花畑に大の字になる。
「そういや、ツナギのねーちゃんやえっちな格好のねーちゃんも、二階のやばいのを監視する仕事に来たって言ってたよな……」
楓流は、最近よく見かけるようになった女性コンビを思い出して目を眇める。
現在二階に上の層から降りてきたモンスターがいるというのは知っている。
基本的には寝ていて大人しくしているから刺激をしないようにと、ギルドから注意されたので、楓流としては言われたことを守っているつもりだ。
ゲームでならいざ知らず、リアルでわざわざ自分の命の危険を冒してまで、さしたる目的もなく強敵モンスターの顔を拝むのは、さすがに無謀を通り越して阿呆としか言いようがないと、楓流は思っている。
「……あれ? ねーちゃんたちは監視なのに、おっさんは討伐?」
女性たちも、楓流の目からみると十分に強い人たちだったと思う。こんな低層を歩いてる意味がないくらいには。
実際に一階のモンスターと戦っているのを見たことあるから間違いない。
だけど、二人はあくまでモンスターの監視としてここへ来ていた。
それはつまり、二人では二階に居座るモンスターを倒す実力がないということなのだろう。
そこへおっさんが討伐へとやってきた。
つまりあの人は、一人でも件のモンスターを倒せる実力者。あるいは女性二人と協力した三人態勢でなら倒せると判断されたのだろう人ということだ。
楓流はガバッと身体を起こす。
今、この瞬間になって唐突に実感が湧いた。楓流の中に明確な畏怖と恐怖心が芽生えた。
逆に言えば、二階に居座っているモンスターがそれだけ強いという話だ。
「おっさん、なんて言ってた? 度胸試しに近づくヤツが多い――だったか?」
それはあまりにも馬鹿すぎる理由ではないだろうか。
腕利きが派遣されなければならない程度に危険なモンスターに、ココの低層くらいしか潜れない――または潜ったことがない――連中が近づくなどありえない。
あるいは、そもそもその程度の実力しか無いからこそ、危機感を正しく覚えることができないのかもしれないが。
「あー……いや、そうはいっても嬉々としてやりそうなヤツに心当たりはあるな。あいつ、探索以外の日常でも危機感なさそうだもんな」
苦笑したタイミングで、大きな地響きがした。
「この感じ、上か? もしかして、さっきのおっさんが討伐戦やってんのかな?」
音からして大型でかなり暴れ回るタイプのモンスターだ。
だとすると、自分のような足手まといは近くにいるだけで危険だろう。
だが一方で――自分だけでなく前線に立つおっさんや女性たちの身すら危険であるという意味でもある。そんな相手に足手まといを守りながらというのは、それだけ難易度が上がることだろう。
そういう意味でも、先のおっさんの警告は正しい警告だった。
あのタイミングで叱って遠ざけてくれたのは、本当にありがたいことだと思う。
「いいぜ、おっさん。言われた通りの仕事をしてやる。
少なくともおれより弱いヤツは、今から二階には通さない」
自分も二階には行かない。けれど、二階で戦う人たちの邪魔になるような連中も通さない。
決意と覚悟を決めたように独りごちると、楓流は急いで昇り階段へと向かう。
道中で、連続して響く地響きや、ひときわ大きい地響きなども聞こえてきたので、さらに足を速める。
その途中――
「なぁ、二階からすごい音しねぇ?」
「めっちゃ気になるし見に行ってみない?」
――そんな声が聞こえてきて、おっさんの気怠げな表情が目に浮かんだ。
(もしかしておれ、おっさんからこういうのと同類に見られたのか……?)
それは勘弁して欲しい。
そんなことを思いながら、楓流は危機感のないやりとりをしている――恐らくは同世代と思われる探索者たちに声を掛ける。
この場以外でも、今後も何度もこういうことをするだろう。
当然、他の探索者からうざがられたり、嫌われたりもするだろう。口うるさいやつってのはだいたいそうだ。
だけどそれでも――串谷 楓流という人間は――こういうことをせずにはいられなかった。
・
・
・
「おにーさん! 大変な時だけど、聞いて!」
「どうした?」
戦いの傍ら、返事だけが返ってくる。
それで十分だ。
「これからあーしは薬の入った瓶を投げる! 牛の顔に浴びせるけど、おにーさんは浴びないで!」
「了解した。オレに気遣わずそっちのタイミングでやれ」
「りょーかい! 上手く行けば大きい隙になるから――」
キョウコの言葉を遮って、シヅルが声を上げる。
「その時に可能なら確実に首を落とせ! 長引けばジリ貧だろう?」
「ああ。ちょうどダルかったところだ。助かる」
:自分ごとでなくとも緊張するなこういうの
:キョーコちゃんイケるの?
コメント欄の心配を余所に、キョウコは大きく深呼吸を繰り返しながら、右手に握るモップをくるくると回す。
そして柄の中央を握って回転を止める動きと共に、深呼吸を止めた。
鬼牛とセイジの一挙手一投足を見逃さないように、集中力を極限まで高めていく。
リスクは大きいが、切ればほぼ確実に格上に対して一矢報いることができる。キョウコの持ちうる切り札を越えた最強の切り札。
キョウコは、ここでそれを切った。
「稀技:極眼」
スキル宣言をした次の瞬間、両目が大きく見開かれ青い火花が宿る。
視力強化。
視野範囲拡大。
動体視力強化。
視界内情報の取得力強化。
視界内情報の処理能力強化。
それを処理するのに必要なレベルまでの思考速度強化。
視界情報以外の不要情報処理能力の低下。
キョウコの世界から音が消える。
キョウコの世界から匂いが消える。
キョウコの世界から彩が消える。
これは視力を中心にその機能を高め、呼吸を忘れるほどの集中力を発揮するスキルだ。
発動中は文字通り、呼吸も止まる。
:え?なにこのスキル??
:スキル宣言も聞いたコトないやつじゃなかった?
:目の周りバチバチしてるけど
:視力やなんかを強化してるんだろうけど
:ちょ!?キョーコちゃん?目があっという間に充血して・・・!
:しかも涙と血がにじみ出してない!?
:効果不明だけどリスク極大のタイプのスキルだこれ
:見てるだけで痛そうになってくるんだけど!?
:誰かー!キョウコちゃんに目薬届けてあげてー!!
コメント欄にある通り、多用できないどころか一度使うと再使用可能までおよそ一週間くらいはインターバルを必要とするスキルだ。
リキャストタイム以外にも反動が色々大きいからあまり使いたくはない。
それでも、このタイミングで使わない理由はなかった。
使わずにバッドエンドを迎えたら、どれだけ後悔してもし足りなくなる。その後悔は、キョウコという人間にとって今後の人生を極端に曇らせる要因になるだろうと、自覚がある。
だから――このスキルを使うことにためらいはない。
視界情報が強化され、それに釣られるように思考速度も上がった世界では、肉体の動作が緩慢に感じるようになる。
端から見ていると些細な時間。
キョウコからするとそれが三倍以上引き延ばされた時間。
(……ここだ……ッ!)
引き延ばされた時間の中で硬いゼリーの海をかきわけるような気持ちで身体を動かし、薬瓶を牛の頭上高めに放り投げる。
即座にモップを握る右手にチカラを込める。
両目から流れでる血と涙の雫は無視して、目的を達することだけに極限の集中を向ける。
左手を開き、狙いを付けるように薬瓶に向けた。
モップを大きく引いて、チカラを込める。
一方でセイジは、キョウコが薬瓶を投げると同時に、これまでとは異なる動きをとった。
リスクは承知。それでもセイジはガーロの前足の近くまで潜り込む。
直後、右手の拳にマナを込めて地面を叩いた。
「武技:衝烈拳」
スキル宣言と共に叩き付けられた拳から、波紋のように衝撃波が広がっていく。
懐で発生した状況に鬼牛がバランスを崩す。
そこへすかさず、鞘へ入れたままの刀を振り上げながら飛び上がる。
「武技:龍顎昇砕」
セイジの鞘がガーロの顎をカチ上げて、顔を無理矢理に上へと向かせる。
同時に、キョウコがスキル宣言の声を上げた。
「武技:翔空・突牙刃」
手にしたモップを突き出す。
先端から、尖鋭の螺旋状衝撃波が放たれて、空中を駆けていく。
キョウコの放った衝撃波が薬瓶を砕いた。
本来の威力であれば中身も吹き飛ばしかねないが、そこは加減済みだ。
瓶だけが割れる威力に調整してある。
中身が飛び出す。
セイジはガーロの身体を屋根代わりにしつつ素早くそこから退く。
そしてガーロは――
「……!?」
――その薬液をもろに顔面に浴びた。
それを見届けると同時に、キョウコは限界を迎えてその場で崩れ落ちる。
「BUUUMOOOO!?!?」
ガーロが悲鳴のような声を上げて顔を激しく振り回す。
だが、それは誰かを狙うような動きではない。
顔にかかったそれが苦痛で苦痛でたまらないとばかりにのたうち回る。
迂闊に近づくのは危ないが、同時にチャンスだ。
(彼女の作ったチャンス……逃すワケにはいかないな)
キョウコが倒れたことを思えば、この千載一遇の瞬間は、逃してしまえば次はない。
このデカブツ相手にダルい持久戦を延々やるのは、それこそダルいなどと言っていられないほどダルい戦いになるだろう。
だからこそ――
「すぅ……」
――ここで仕留める。仕留めなければならない。
小さく息を吸い、セイジは静かに構える。
確実に首を落とす。
それはセイジの得意技だ。
白刃落首はいい。
たいがいのモンスターはそれを用いて首を刎ねればそれで終わる。ダルくなくていい。
学生時代――そう思って使い続けているうちに、発展系の技を習得した。
ただ本来の白刃落首と比べると、溜めが必要だし、動きが大きいので正直なところ使い勝手は良くないと思っていた技だ。
よもやそれが、こんな風に役立つとは思ってもみなかった。
そんな白刃落首を使い込んだ先にある白刃落首。
それこそが、今構えているセイジの奥の手。
しっかりとチカラを溜め、狙いを付けて、意識を研ぎ澄ます時間があるからこそ、繰り出すことのできる技。
脳内にナレーションじみた妙な言葉が湧くことを無視すれば強力な一撃だ。
スキルは異世界や並行世界の出来事の記録がダンジョンに染みついたものを超人化した肉体がインストールしているという考察があるという。
それを思うに、脳内に過るナレーションのようなモノは、この技の大本となった人物の記録や思想の影響の類いかもしれない。だが、それは今はどうでもいい。
セイジは軽く目を伏せて、精神を凪がせる。
凪いだ心で、研ぎ澄ました感覚を握り、斬るべき存在を正しく見抜く。
対象を実際に斬る前に、想像の中で確実に切り落とす。
その想像と、現実の状況を重ね合わせ、なぞっていけると確信した刹那、セイジは動く。
「武技:白刃落首・……」
――ご照覧あれ――
目を見開き、ガーロに向けて、踏み込み、首を見据えて飛びかかる。
――是が――
刃が鞘走り、シャラァァ――……ンと音を奏でる。
鞘の内側を滑る勢いのままに抜き放たれた刃は光を反射して白く輝く。
――白刃一閃の――
「……絶ッ!!」
――煌めき也――
その輝きを置いてきぼりにするように、刃が振り抜かれた。
一拍遅れて輝きは鬼牛の首をすり抜けて刃に追いつき、セイジはゆっくりと納刀する。
鍔と鞘が擦れるチンという小さく涼やかな音が、沈黙に満ちたダンジョンに響く。
それと同時に――ドドンという重々しい響きと共に、ガーロの首が地面に落ち――少し遅れて、大きな地響きを伴いながら、残った身体も横に倒れる。
それを最後まで確認すると、セイジは額に浮かんだ汗の玉を拭いながら、うめく。
「あー……ダルかったー……」
その姿は、大技を出した後としても、大物を倒した後としても、どちらにも似つかわしくない、いつも通りの気怠げな彼だった。




