030.想定以上にダルすぎる
「さて、次は確かこの辺りの廊下の中央付近だったはずなんだが……」
:相変わらず鮮やかな居合いだったな
:さっきの少年が着いてこなくてよかった
:冷静になってみると真っ直ぐに行き止まりへ向かっていくのは何も知らない身からすると狂人のそれだから少年の声かけも仕方ないと思うけどなw
:何か茂みから大きいネズミが襲いかかってきたかと思ったら真っ二つだったんだけど
:抜いたかどうかもよく分からんかった・・・
:これがうちのワルニキです(ドヤァ
:撮れ高とか一切無視でとりあえず見敵必殺な感じがデフォ
廊下右手の壁を調べながらぶつぶつ言っているセイジを無視して、コメント欄は直前に発生していた戦闘のことで盛り上がっている。
見敵一閃――それは常連たちからすればいつもの光景なのだが、今回は依頼配信というのもあり新規勢が多いこともあって、話題になっているようだ。
そんなコメント欄をよそに、セイジはマイペースに壁を探り続け――
「あった。ここだ」
――一見すると、壁一面に芝桜のような花が覆っている場所に触れながら独りごちた。
この壁も先ほどの壁と同じようにのれんを分け入るかのように、進んでいく。
:○ニキ数度だけ探索したコトがあるって嘘だな
:これそれなりに潜ってる可能性があるだろ
:このダンジョン植物に覆われてる壁の裏が崩れてる場所結構あるのよね
:数度潜った程度で見つけられる隠し通路じゃねーぞこれ
:通れる壁ってさっき貰った地図に載ってるのかな?
:たぶんない うっかり初心者が地図を手に入れた時に壁抜け使われたら危なすぎるし
:以前見つけた時の記憶を地図と照らし合わせながら思い出してる感じだろこれ
壁を越えると、セイジの目の前に大きな柱がある。
巨木の中を進むダンジョンなのに、その柱も柱で巨大な木のようにも見える。
その柱の周りをぐるりと迂回して反対側にいくと、柱は口を開けていた。
どうやらその柱の内側は螺旋階段になっているようだ。
「よし。階段の前に出れたな」
:明らかに広大な迷路構造のフロアをこの短時間でwwww
:RTAかな?
:壁抜けも種をしらないとバグっぽくみえるしな笑
:この人、純粋にすごい探索者だったりする?
階段を上りきると、またエントランスのような広い空間になっている。階段である柱が中心にあり、南北それぞれに、真っ直ぐ廊下が伸びていた。
「階段への最短ルートではなく、モンスターのいる場所への最短で行くには……」
:この人三階への最短ルートも知ってそうだぞ
:だけど階段を目指すワケじゃないからな
セイジが地図を見ていると、どこからともなく争うような声が聞こえてきた。
「だから言ったじゃん! やめなってさ!」
「こんなコトになるなんて思わなかったんだよ!」
「いちいちこちらに喰ってかかるのは合理的ではないぞ。とっとと、そこの壁を抜けろ」
「痴女みてぇな格好している女が命令すんなッ!!」
「面倒だ。キョウコ、こいつらの尻を蹴飛ばせ」
「おっけー!」
地図をSAIへとしまいながら声のする方へと視線を向け、セイジは盛大に嘆息する。
「すさまじいダルさを感じる……」
:うん、まぁ
:はい
:せやな
:これビッチ呼ばわりされてる女の子たちはまともそうだなぁ
:どう考えても警告無視してやらかした奴らと、警告してた奴らのケンカだ・・・
:○ニキの心中察するわ
とてもダルそうな顔をしながらも、セイジは東側へ向けて歩いて行く。
:壁の方?
:あー……もしかしてそっち方面に隠し通路がある感じか
「いいからとっとと行っててば~ぁッ! その穴、一人ずつしか通れなくて後ろがつっかえるんだからッ!」
「本当に蹴るんじゃねーよ!!」
「わッ、バカ女ども押し込むな……!」
「黙れ。馬鹿でかい牛がすぐそこまで迫ってるのを理解しろ」
切羽詰まっていそうながらも威勢のいい女性たちに対して、怒鳴り返す少年たちの声がする。
「ダルい。なんでこういう連中って状況考えず文句ばかり言うんだろうな?」
思わずドローンに問いかける。
:それな
:状況考えられないからだろ
:逼迫しているのにとっとと動こうとしないの腹立つよね
コメント欄は開いてなくても、こうやって愚痴をこぼせる存在がある――というのは案外、悪くないのかもしれない。
件の壁の近くまでいくと、セイジはそこで足を止める。
「人が出てくるコトを思うとこの辺りで待機してた方がいいか」
セイジがそう小さく独りごちた時から、そう時をおかずに石壁を隠すように生えた植物が大きく揺れ、その奥から若い男が飛び出してきた。
「え? ここ入り口?」
戸惑い足を止める若い男を見るなりセイジは小さく嘆息して、肩を掴んだ。
「後が詰まる。とっととどけ」
言うやいなや、セイジは彼を引っ張り出して階段の方へ向けて放り投げる。
「うわぁぁッ!?」
直後に――
「ど、どうした……?!」
その相棒だと思われる男が顔だけ出す。
それを見、セイジはその顔を鷲掴みにして引っ張りだした。
「切羽詰まって後がつかえている状況で悠長にしているんじゃあない」
もう一人の方へと、放り投げる。
:ニキ容赦ねぇ
:まぁ声だけで判断するなら妥当
「そっちにいる女性二人。壁を塞ぐ邪魔なのは放り投げた。即座に抜けて来い」
「え? 誰?」
「誰何は後だキョウコ。バカの排除感謝する」
「それもそっか! あんがとー!」
そんなやりとりをしているうちに、セイジのところまで僅かな振動が届き始めた。
「……これ、足音か? 地響きレベルだと……?」
「やばい! やばいぞ追いつかれた! もうそこまで来てる! キョウコ、先に行けッ!」
「うん」
:いそげいそげいそげ
:自分が現場にいるわけじゃないのに緊張しちゃう
:現場はもっと緊張してんだろうなぁ
:一人ずつしか通れないのが余計に・・・
「通りづらい……!」
「落ち着け。狭いから慌てると余計に進めなくなる」
「そ、そだね」
穴から聞こえてくる女性の慌てたような呟きに、セイジは落ち着くよう声を掛ける。
実際――慌てる気持ちは分かるが慌てたところで状況は好転しないのだ。
「おっさん! いきなり何しやがったんだ!」
そんな状況で、さっき投げた男――いや少年たちが喚き始めたので、セイジは露骨に眉を顰めた。
僅かな逡巡のあとで、セイジは問答無用に居合いを放つ。
「疾ッ!」
「え?」
何が起きたか分からずに呆けた顔をする少年たちの足下に、斬撃によって地面に線が引かれた。
「状況を理解できてないお前たちに言うべき言葉はない。それをデッドラインだと思え。
ダルい理由で踏み越えたのであれば、今の斬撃をお前たちに直接ぶち当てる」
殺気と共にひと睨みしてやれば、二人はさすがに息を飲んで黙り込む。
:夏休みになるとこの手のやつが増えるのよねぇ
:まだ夏休みまえだけど
:中間考査開けに休みがある学校とかあるじゃろ?
:本気で実力差が分からないタイプはぶつけた殺気に気づかないしな
:気づいてビビれるだけマシかも
:真面目な探索者ニキネキはいつもご苦労さんです
「抜けたぁ~!」
どこか調子の外れた明るい声を上げながら、女性が植物をかき分けて穴から飛び出してくる。
出てきたのは、ピンクのツナギを身にまといモップを携えた女性だ。
髪は金に染めているようだが、最近染め直していないのか、それともあえてなのか、中心が黒いプリン髪になっている。それを探索の邪魔にならないようにか緩めに結っていた。
:どこかの清掃員さんかな?
:陽キャオーラを感じる
:詰まる理由の分かるデカさ
:ちょっとーだんしー!どこみてんのよー!
「しーちゃん! あーし抜けたよ! 早く!」
「ああ! ならワタシも……チッ!」
「しーちゃん!!」
「BUMOOOOOOOOOOOO!!」
直後、ドンという音が聞こえ、大きな揺れが起きた。
「しーちゃん!!」
「気持ちは分かるが穴から離れろ。仲間が通り抜け辛くなるだけだぞ」
「そ、そうだった……!」
:ツナギギャルちゃんが思ったより冷静でいいけど
:これしーちゃんとやら大丈夫か?
「武技:催睡無拍子ッ!」
「BuMO!? BUMOOO!?!?]
:スキル宣言!?
:モンスターの悲鳴っぽいのも聞こえる
:壁の向こう戦闘になってる!?
:向こうは平気なのか・・・
「しーちゃん!!」
「騒ぐなキョウコ。穴には入れた」
:穴に入れたなら無事か
:鳴き声と音だけで結構なサイズのやつだってのは分かるな
「間一髪だった」
安堵したような声と共に姿を見せたのは、大きめなメガネを掛けた女性だ。
右の脇腹を押さえながら、穴から出てきた。
:えっっっっって叫びたいところだけど
:格好はえっちだけどそれどころじゃないぞこれ
ただ、その格好はかなり独特だった。
ベルトを複雑に組み合わせて水着の形にしたような服と呼べるか微妙なモノだ。
最低限大事なところだけ隠れている格好ともいえる。
腰元にはギザギザとした帯状の金属――恐らくは蛇腹剣と呼ばれるモノだろう――がとぐろを巻いて納まっていて、これが彼女の武器だろう。
しかし、モデルのような体型を惜しげも無く晒す格好について色々と思うところあるのだがそれ以上に、不安になる要素がある。
:大丈夫かこのケガ……
:これはビッチ呼ばわりされますわって言いたいけどそれどころじゃないな
「間一髪って! しーちゃん、血! お腹から血が……! しかも結構出てるし!」
「だから間一髪だったと言っている」
脇腹を押さえながら告げるしーちゃんとやらの表情は青い。
:どういう意味だ?
:穴に滑り込めなければこれじゃすまない一撃を受けた感じか
:穴に滑り込めたからこれですんだのか
:この二人結構探索馴れしてそうだしマジで厄介なモンスターを怒らせたなあのガキども
そんな二人を見ながら、セイジは冷静に自分のSAIから迷宮産回復液を取り出す。
「使うといい」
「助かる」
「ついでに穴からもう少し離れてくれ。オレよりも後ろにいてくれると、万が一がダルくない」
「……ああ。合理だな」
ケガをしている女性はうなずくと、ポーションを受け取ってセイジよりも背後へと向かう。不安そうながら、キョウコと呼ばれていたツナギの女性も一緒に動く。
それから、しーちゃんと呼ばれていた女性は、地面に座り込むと傷口へとポーションをかけ始めた。
ポーションが染みるのか顔を顰めながらも、その視線はセイジに向けられる。
「貴方はギルドから依頼でも受けたのかな?」
「ああ。指名で討伐依頼を受けた。そちらは?」
「こちらは倒せるほどの腕はないから指定モンスターの監視だな。最近は、ああいうバカが増えているから、低層攻略なら問題のない探索者がギルドから定期的な監視依頼をされていたのさ」
「まぁ、ああいうおバカさんが調子乗りすぎてて手に負えなかった結果、これだけどねぇ~……」
キョウコはあっけらかんとそう口にしながら、その視線はかなり鋭い。
実際、言うことを聞かないバカのせいで仲間がケガをしたのだから当然と言えるだろう。
:未成年は探索業の報酬が色々減らされるやつ納得はいかないけどバカをみるとしゃーなしってなるよな
:バカのせいでまともなやつの報酬が減ってるっていうのは納得感薄いけど仕方ないっちゃ仕方ないと受け入れてるわ
:真面目な未成年ちゃんたちほんと乙だわ
「さておき、情報の共有だ」
「余計な情報が少ないのはいいな。ダルくなくていい」
「こういう状況下で余計な話をするのは合理ではないだろう?」
「違いない」
セイジがうなずくと、しーちゃんは話が早くて助かると、すぐに続ける。
「暴れているモンスターはかなりパワーがある。
この防具は見た目はともかく、身につけていると全身を薄い防護膜で覆ってくれるやつだ。その防御膜はヘタな金属の鎧やら、ダンジョン素材のコートやマントなんかよりも丈夫。
それなりに高難易度のダンジョンで手に入れた素材で作られた防具だし、それに見合うだけの性能がある。
実際、あの石壁が壊れてできた狭い穴をこの格好で通っても、ワタシの地肌にかすり傷一つつかないしな」
それにセイジはなるほど――と相づちを打ち、直後に眉を顰めた。
「……最悪にダルい情報があったな、今」
:あったなぁ・・・
:単にパワーがあるですまないだろ
:え?何があった
:貫くだけのパワーがあるってコトだよな
「そうだ。やつの角には気をつけろ。直撃なんぞしてない。軽く掠っただけで、これだぞ」
:どんだけパワーあるんだよ!
:実際問題会いたくないよなぁ
:超デカイ牛ってだけで厄介なのにパワーがハンパないってのは・・・
そうして、セイジが二人と情報交換をしていると――
ドン! ドン! ドン!
――抜け穴のある壁の向こうから、何かが激しくぶつかる音が響く。
その度に、フロア全体が触れるかのような振動が走る。
これにはさすがに、放置されている少年二人も何事かと周囲を見回していた。
「これは――二人とももうちょっと下がった方がいい」
セイジに対して何か言おうとするが、キョウコは何かいいたげな顔をしながらも素直にうなずいた。
「しーちゃん、動ける?」
「ああ。こんな状態でも彼の足手まといにはなりたくないからね」
血こそ止まったものの、流れた血が多いせいかフラフラする。
それを堪えながら、しーちゃんは立ち上がると、キョウコと共に下がっていく。
「シンドいところ悪いが、二人は警戒だけは切らさないでくれ。最悪の場合は、そこのバカ二人を連れて逃げてほしい」
「そうさせてもらう。しかし前代未聞だぞ。こんなの――」
「同感だ」
:え? なに? 現場は何が見えてるの??
ドン! ドン! ドン!
セイジとしーちゃんが苦々しい顔で、壁を見つめていると、やがて壁に明らかにヒビが入り、開いていた穴が大きくなっていく。
:は?
:確かに前代未聞かもしれん
:壊すの?モンスターが??塔の壁を???
穴を隠すように覆っていた植物たちは弾けて、折れて、千切れて、飛び散って――キョウコは目を見開きながらうめく。
「いや、待って? マジ? これ現実? ダンジョンの壁を壊しながら追いかけてくるモンスターとかいていいの?」
:それな
:これはマジでやばい案件じゃん
:あのガキどもから資格取り上げた方がいいんじゃ。。。
「――だから言っただろうキョウコ。前代未聞だぞ、と」
疲れたような調子でしーちゃんがそう口にした次の瞬間――
ズガン――という大きな音とともに、ガラガラと壁が崩れていく。
それでもまだ残る植物たちを蹴散らしながら、その壊れた壁の隙間に身体をねじ込み、それが姿を現した。
血のように赤い体毛と凶悪なフォルムの角を持つ――全高だけでも二メートルは越えた、超巨大なバッファローを思わせる牛型モンスター。
左目と、身体の右側面に大きな古傷らしきものを持っているのが特徴といえば特徴か。
:でかぁぁぁぁぁぁぁい!説明不要!!
:こんなデカイ暴れ鬼牛がいていいわけないだろいい加減にしろ!!
:大型個体にも限度ってやつを設けておけよダンジョンくんさ!!
「傷ついた赤鬼、ガーロ。想定以上に、ダルそうな相手だな」
そんな鬼牛を見ながら、セイジは心底から面倒くさそうに鯉口を切るのだった。




