003.半年ぶりのダンジョン探索
1999年頃に、世界各地に突如として発生したダンジョンと呼ばれる存在がある。
現実と常識や法則が通用しない奇妙な場所だ。
ドラゴンやペガサスのような、幻想の生物たちが生息している異空間とも呼べる。
入り口の形容は様々で――内部は迷路のようになっている。その迷路の形容も様々だ。
そして迷路には侵入者を襲う危険な幻想生物や、罠などが存在している様子が、あまりにもビデオゲーム的だった。
その為、エンタメ界隈で使われている用語として『迷宮』ないし『ダンジョン』と呼ばれだし、それが定着して世界中で使われる呼称となっている。
最初こそ戸惑っていた人類であったが、現実の常識、法則などから逸脱したようなモノも手に入る場所でもあったと気づくと、対応が変わってくる。
一攫千金。
内部調査。
迷宮研究。
そうした狙いから、探索者と呼ばれる職業が生まれたのも、必然と言えるだろう。
ダンジョン発生から三十年近く。
それだけ経った現在では、ダンジョンも探索者も存在していて当たり前のものとなっている。
当たり前の存在となれば、人々は折り合いを付けていくし、国などが自治の為のルールを設けていくのは必然だ。
ダンジョンの中には独自の金属や動植物も存在し、宝石などが入った宝箱なども存在する。一方で、中には危険なモンスターが徘徊していたり、トラップが存在していたりしており、入れば常に死と隣り合わせだ。
だからこそ、ルールが重要になってくる。
個人が好き勝手に入って荒らし回られるのも困るし、欲に目が眩んだ者が勝手に入り込んで死なれても困る。
探索者とはそうした中で生まれた、ダンジョンの中に入ることを許可された職業あるいは資格の名称だ。
「一年に一回ある更新手続きの為の、ノルマ依頼。真面目にやっておいてよかったな」
この探索者資格を得ている者には、半年に一回ノルマ依頼と呼ばれる仕事をしなければならない。これを怠ると資格免許の更新ができないことになっている。
セイジがノルマ依頼をこなしていたことに理由はない。
ただ、せっかく取得した資格なのだから、失効させるのは勿体ない――その程度の理由だけだった。
ともあれ、資格がちゃんと更新されているからこそ、思い立ってすぐにダンジョンに入れるというものだ。
家の最寄り駅から電車に乗って十駅ほど。
少し距離はあるが、今のセイジにとってはちょうど良いダンジョンがここ――不動山ダンジョンだ。
大きなお寺の敷地になっている山道。その中腹に不自然な形で口を開いている洞窟こそがそれである。
洞窟の脇に立てられた簡易な小屋。
そこに探索者協会から派遣されている警備員が詰めているので、セイジは一声掛ける。
「すみません。これから潜らせてもらいます」
「これはこれは。ご丁寧にどうも。お気を付けて」
探索者資格のカードを見せると、それを確認して警備員である小太りの男性は嬉しそうにそう言った。
男性の態度から、声を掛けないどころか、資格カードを見せずに入る人も多いのだろうことを察する。
(そいつら、自殺願望でもあるのか?)
資格を持っているのならいざ知らず、無資格で入ればふつうに不法侵入が適応される。
それに何より、無資格であるということは、ダンジョン攻略に必要な能力、『ダンジョン適性』あるいは『超人化適性』と呼ばれる能力の保有が確認がされていない可能性が高いのだ。
その適性を持っていると、言葉通りダンジョン内ではアニメやゲームのような超人的な動きができるようになる。
ダンジョンはそれがあってようやくまともな探索ができると言われている。あってなおも危険なのがダンジョンとも言えるだろう。
ダンジョン適性を持たない者がダンジョンに潜るのはまさに自殺行為。よほど一般人の枠から外れた逸般人でもない限りは危険行為だ。
洞窟に足を踏み入れると、最初に現れるのはやや広くなった空間だ。
ほとんどのダンジョンに存在しているエントランスと呼ばれる入り口の空間。
多くの探索者は、ここで本格的に潜るための準備をする。
当然、セイジも例外ではない。
「探索……ほぼ半年ぶりか」
左耳で揺れる小さな赤い宝石――SAIと呼ばれる石だ――のピアスに触れる。
すると、赤い石から一振りの日本刀が現れた。それが、セイジの探索用の武器だ。
「いくか」
小さくそう口にして、気怠げにけれども気負いのない足取りでセイジはエントランスの奥にあった階段を降りていく。
ダンジョン――と一口にいってもその内装は様々だ。
そして、この不動山ダンジョンは、天井の無い天然洞窟とでも言うべき奇妙な内装をしている。
高くて分厚い壁は土で出来ており、それこそ洞窟の壁のよう。その壁が複雑な迷路を作り出しているのだが……。
それにも関わらず、ここに天井はなく、空には太陽のない青空が広がっているのだ。
地面は土ではなく草原のようで、足首ほどの高さの草が青々と生い茂っては、穏やかな風に合わせて波打っている。
「相変わらずよく分からないよな、ダンジョンって」
研究者や、最前線の探索者などは論文やら報告書やらとかで詳細を暴いているそうだが、セイジは特に興味もなかった。
重要なのは、このダンジョンでダンジョン食材を手に入れて料理が出来るかどうか――である。
ダンジョンを進んでいくと、セイジの半分くらいの身長の、黒ずんだ肌をした鬼のような姿のモンスターが現れた。
ゴブリン種と呼ばれる種族のモンスターだ。
強さは種族によってピンキリで、見た目もダンジョンごとに異なることが多い。
このダンジョンのゴブリンは、元侍のくたびれた浪人を思わせる和服と折れた刀を携えていて、探索者たちからはゴブローニンと呼ばれている。
「大して強くないと分かっていても、やっぱ緊張感があるな」
小さくぼやきながら、左手で握る日本刀の柄に右手を添えた。
ゴブローニンの剣は折れている上にナマクラとはいえ本物だ。当たれば斬れる。
何より、向こうはこちらを殺すつもりで襲いかかってくるのだ。緊張するなというのが無理な話だろう。
「そういえば――この緊張感が嫌になって、探索者の仕事をメインにするのやめた気がする」
ぼやきながら腰を落とし、僅かに鯉口を切る。
「しゃぎゃー!」
折れた刃を構えながら、ゴブローニンがセイジに向かって躍りかかってきた。
それを冷静に見据えながら、セイジは日本刀の柄を握り、ゴブローニンに向かって踏み込むと、素早く抜き放つ。
「斬」
すれ違いざま、鞘走るまま、白刃一閃。
次の瞬間、ゴブローニンの首が宙を舞う。
ゴブローニンの血や脂が付着する間も無く首をすり抜けた刃は、チンという涼やかな音と共に鞘の中へと戻される。
「ふぅ」
このゴブリンが持っている折れた刃や、着ている服などは、探索者協会が買い取ってくれるのでお金になるのだが――
「面倒だ。今日はいいか」
――セイジは一瞥だけして、放置することにした。
モンスターの死体はしばらく放置していると、黒いモヤへと変わってダンジョンに吸収されていく。刃や着物のみならず、モンスターの爪や牙、肉などの素材も含めて、放置していると消えてしまう。
なので、モンスター由来の素材が欲しい場合は、そうなる前に解体するなどして回収する必要がある。
「……実はダンジョン食材の調達ってダルくないか?」
今になってそれに気づくも、セイジは小さく頭を振った。
面倒だのダルいだのを理由にやめてしまうと、自分は本当に何もしないし、何もできない。
「次にやるかどうかはともかく、今回の探索目的だけはちゃんと達成しないとな」
ある意味でそれは、セイジにとって重要なマイルール。
やると決めたことは達成困難な内容でない限りは、出来るだけ最後までやり遂げる。
物事に執着せず、情熱を持たず、やる気を持てないのがセイジだ。
そうやって自分に制約を貸して行動を強制化しないと、最後までやり抜くということをしないのを自覚している。
「一層はゴブリン含めて食材に向かないモンスターしか出ないらしいし、とっとと二層を目指すか」
そうして、セイジは緊張も、気負いも、やる気もない足取りで、けれど警戒心だけは忘れずに、第二層へ向かう為の階段を探すのだった。
準備が出来次第、次を更新します٩( 'ω' )و




