002.ダウナーな彼は新しい世界を求める
『ワ○ルド』がまだその名前を名乗らず、それどころか配信そのものにもまったく興味を持っていなかった頃のこと――
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「セイジ君。実は大事な話があるんだ」
閉店後、店の掃除をしている途中――店長が急に声を掛けてきた。
顔の造作はイケメンのパーツが揃っていながら、モサついた髪と目を隠すほど伸びた前髪が、どこか野暮ったさを感じさせる長身の青年――節村 制慈は、テーブルを拭く手を止め顔を上げる。
彼が顔を上げた時、左耳にだけ付いている赤い宝石の付いた小さなピアスが揺れた。
良く言えばレトロ、悪く言えば古くさくややボロい町中華の店『鶏香飯店』の店員であるセイジは、年老いた店主の言葉を待つ。
「実は店を畳もうと思っているんだ」
「……マジですか」
セイジは覇気のなさげな声で、だけど間違いなく衝撃を受けた声で、なんとかそう返す。
とはいえ驚きこそしたが、店長はすでに七十歳も中盤。いつかそういう日がくるだろうという覚悟をセイジもしてはいた。
高校時代のバイトからスタートして、すでに十年は勤めているこの店に対しては、それなりに思い入れはある。
責任感などが強いわけではないのだが、雇って貰っている以上は、必要とされるだけの仕事はしようという意志はある。
客に美味しいと言って貰えるのは嬉しくないワケではないが、それが無上の喜びのような感じはない。
そんな感じで、料理することへの思い入れやプライドはないものの、のんびりと鍋を振るうのは性に合っていたのだ。
これが天職だとは思っていないが、このまま気ままに続けていくには悪くないと、そう思っていた。
だから――というワケではないが、セイジは前々から考えていたことを告げる。
「その――後継者がいないって言うなら、オレで良ければ店……継ぎますけど」
セイジの割と本心から言葉に、店長は嬉しそうに――そして、申し訳無さそうに首を横に振った。
「気持ちはとても嬉しいし、事情がなければそれでも良かったんだがね……。
私の体力ももちろんなんだが、建物の老朽化と、この辺りの土地開発なんかの理由もあってね。店を続けるのはどちらにしろ難しいんだよ」
「マジですか……」
東京とはいえ23区の外にある町。
比較的人口の多い市ながらも、ここは田畑や雑木林の多いエリア。
しかも、それなりにまだ住民の生活スタイルに組み込まれた小さな商店街などからも、少し外れた場所にある。
駅前は駅前だが、そういったメインストリートからやや外れた場所にあるのがこの店だ。
だが、駅前周辺の開発に巻き込まれるのは時間の問題だったとも言える。
「一応ね。新しくできる商業ビルの飲食店街に優先的に入れてくれるという話だったんだが、オープンが五年後となるとね。
こんな老いぼれのしなびた店となれば、後人の邪魔になるだろう?」
「……そうですか」
タクシー運転手が自分のオススメを紹介する番組に登場したり、孤高の独り飯を楽しむドラマの主人公が来店したこともある店だ。
店長本人が思っているよりも、ずっと名店的な店だとセイジは思うのだが――
どうやら、店長の意志は固そうだ。
「閉店はいつ頃に?」
「半年後を予定しているよ」
「わかりました。残り半年――よろしくお願いします」
「こちらこそ。残り半年、頼らせてもらうよ。セイジ君」
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そうして、お店は閉店を迎えた。
セイジは片手はショルダーバッグの肩紐を握り、片手は上着のポケットに突っ込みながら、シャッターの閉まった『鶏香飯店』を見ていた。
店長や、店長の奥さんとの挨拶はすでにすませた。
店の片付けも、昨日のうちに終わらせていた。
今日は店長と共に、店内の最終チェックをしてシャッターを下ろすだけの仕事だ。
そして、店長もまたシャッターを下ろした時点で帰って行った。
セイジだけがそこで留まって、ぼうっと店を見ていた。
それでも、いつまでもここにいる意味はない。
「……そろそろ行くか」
気持ちを改めて、セイジはそう口にすると、お店に向かってお辞儀をする。
「お世話に、なりました」
深々と一礼したあと、セイジは踵を返す。
「これからどうするかな……」
呟きを少し風に溶かして、セイジは自宅のアパートへ向けて歩き出すのだった。
鶏香飯店との別れから二週間。
「このままじゃ、ダメだな……」
昼過ぎに目を覚ましたセイジはベッドに腰掛けながら、覇気無く呟く。
もとより覇気の感じないローテンションな調子の男ではあるのだが、今日の呟きにはかなり切羽詰まったものが混ざっていた。
「とりあえずメシだ」
前髪をねじねじと弄っていた手を止め、小さく息を吐きながら立ち上がる。
ベッドから降りると、シャワーを浴びて目を覚ます。
それから、すぐにキッチンへと向かった。
十年ほど町中華の店に勤めていたので、料理は苦ではない。
チャーハンを作りながら、セイジはぼんやりと今の状況を考える。
元々、覇気のある人間ではなく、物事に対して熱を上げるタイプでもない。
何もしなくて良いなら延々と何もせずに過ごしてしまうのだ。
鶏香飯店に勤めている間は、嫌でも外を歩いたので、外にいるついでにあれこれしようと考えられたし、実際に行動できた。
だが、今は外に出る理由がほとんどない。
このままでは、日々を虚無に無為に過ごし続けてしまう。
いくらしばらくは生活に困らない程度の貯金があるとはいえ、これは人間としてだいぶマズい気がするのだ。
「……何より、このままの生活を続けると……金がなくなるまで、マジで何もしないまま過ごし続けてしまう」
出来上がったチャーハンを皿に盛りながら、うめく。
「最悪、稼げなくてもいい。僅かでも興味があるものに、何か触れてみた方がいい。触れなければならない。人間的な生活を維持する為に」
テーブルにチャーハンを置き、「いただきます」と手を合わせてから、スプーンを右手にスマホを左手に持った。
「とはいえ、興味か……」
何かに興味を持つという熱そのものがないのがセイジだ。
急に何かしなければという焦燥感に襲われようとも、何ができるというワケでもない。
だから、今現在で僅かでも興味があるもの、自分の手で出来ることを考える。
「……強いていえば、料理か?」
それなりにパラりと仕上がったチャーハンを口に運んでから、視線をテーブルに移す。
「まぁ他のコトと比べると、料理はダルいと感じないしな。意外と嫌いじゃないのか、オレ……」
しばらくチャーハンを見つめたあとで、スマホに視線を戻す。
「……ふむ。
面白い、興味、ネタ……料理と何かの言葉を組み合わせて検索すると出てこないか?」
何度か検索をかけていると――
「お?」
――『ダン材料理』という言葉が出てきた。
「なんだ、ダン材料理って?」
僅かに食指が動く。
その感覚に従ってスマホを操作していると、検索結果に表示されたサムネワードが目についたので、それをタップする。
「ん? Greatube……? ダンジョン系専門ページに繋がった? ダンジョン関連の動画なのか?」
検索に引っかかったのは有名な動画サイトだ。どうやらそこに投稿されている配信系動画のアーカイブのようである。
再生された動画を見ながら、セイジは小さくうなずくように呟いた。
「ダン材……ダンジョン食材の略……ダンジョンのモンスターや植物など料理して食べる、か。なるほどな……少し気になる。やってみるか」
幸いにして、ダンジョン探索者の資格は持っている。
久々にダンジョン探索をするというのも悪くはないだろう。
「これ食べ終わったら、装備のチェックはしないとな」
覇気のない調子でそう嘯くと、ようやくやることが決まった嬉しさなど微塵も無さそうな様子で、チャーハンの制覇にかかるのだった。
準備が出来次第、もう一話投稿します٩( 'ω' )و




