014.恋雀 美摩の悩み事
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「あー……ダウナーさんの配信終わっちゃった……」
昼間ちゃんと見れていなかった動画のアーカイブを見ていた恋雀 美摩は嘆息するようにうめいて、開いていた動画サイトGreatubeのアプリを閉じる。
一見、退屈な配信のようで、ぼーっと見ている分には癒やし効果を感じるような不思議な配信だった。ついつい最後まで見てしまったのだが、途中でお腹も鳴った。メシテロが本当に美味しそうで困る。
見終わったあと、しばらくはぼーっとしていたのだが、そのままGreatubeで別の動画を見る気は起きなかったので、Greatubeのアプリは閉じて、WEBブラウザを起動した。
開くページは、探索者情報交換用酒場『スレッド』。
探索者同士が情報を交換するべく利用している非公式のスレッド型の情報交換サイトだ。
サイトのスタイルが古く、いにしえのネット文化の色の濃い故に、閲覧するのも書き込みするのも、些か尻込みしてしまうサイトではあるのだが、有用なのは間違いない。
美摩が見ているのは、魔窟ムルが遭遇したイレギュラー関連のスレッドだ。
軽くスライドさせながら、スレに書き込みを流し読みしていく。
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>少し前の窟魔ムルの配信 久々の配信者イレギュラーだったな
>あれ以来イレギュラーが発生してなくてその話題ループしてるけどな
>ムルネキ助かってよかったけどな
>助けたダウナーニキってやつなかなかすごかったな
>アーカイブみたけどなんでコメント欄こんな荒れてんの?
>魔窟ムルはダンジョン配信者なんだけど一般層のウケがいいんだよ
>ダウナーニキみたいな逸材が目立つことなく市井に眠っていたとは
>ジンギスカン何度見てもうまそうで笑う
>ムルちゃんにダンジョン配信をやめてもらう為のスレとかあるの怖いな
>探索者酒場で立てるスレじゃねーんだよな
>昔からいるんだけどダンジョン配信をゲーム配信とかVR配信の類いと勘違いしてるの一般人多いのよな
>アイアンウールとか旨そうすぎる
>ゲームだと思ってるやつ何年か前の海岸クラゲ事件とか黄金の船事件をなんだと思ってるの?
>その辺りはちゃんとリアル認識してるんだよ勘違い一般人でも
>対応ミスって被害が大きくニュースが流れまくった大分のはぐれクラゲや、各国の軍隊も動いた黄金の船はリアルってね
>でも現地に有能な探索者がいたおかげで被害ほぼナシの湘南はぐれクラゲはフェイク みたいな認識してるようだけどな
>この話題のたびにざわつくチキンや美食家その他ダン材好きはとりあえず落ち着け
>阿呆なスレは通報しとけ
>クラゲ事件とか政治家が啓蒙してたのにな
>それで啓蒙されるやつはそもそも最初から勘違いなんてしない件
>アイドルしてほしい層と探索続けて欲しい層でファン同士仲違いか
>勝手に争っとけて感じだよな 酒場にスレ立てしてまでやるコトじゃない
>ダンジョン配信に限らずアンチ探索者アンチダンジョン庁みたいな連中がその手の勘違いを助長する立ち回りしているのは事実
>それはそれとして一般層が勘違いして普通の掲示板感覚で使い出してるの迷惑なんだよな
>ムルのしつけが悪いんじゃね?
>暴走推し活連中ってのは推し元が何言っても聞かずに暴走すんだよな
>どっちにしろ迷惑だから魔窟ムルとかいう配信者は配信か探索かどっちかやめるべき
>さてはお前アンチいやムルに探索やめさせたい派だな?
>荒らしてる自覚のない荒らし集団とかクソ面倒くせぇな
>やっぱもうちょっとムルはファンの手綱握るべき
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この辺りで美摩はスマホを放り投げて、低反発の枕に顔を埋めた。
「……わたしだって、好きであんな奴らに好かれてるワケじゃないし……」
枕の中へと呟きを溶かすと同時に、自己嫌悪が湧いてくる。
プライベートタイムに、自室での独り言とはいえ、ファンに対してなんてことを口にしてしまったのだろうか。
「……でもさ……仕方ないじゃん……みんな好き勝手やらかしておいて、全部わたしの責任みたいになるし……」
一般配信からファンになってくれた人たちは、どうしてダンジョン配信のルールや決まり事を受け入れてくれないのだろうか。
助けてくれたダウナーさんに対して、どうしてあんな酷いことを言えるのだろうか。
「……わたし、何がしたいんだろ……」
最近、自分で自分のことが分からなくなってきている。
ファンに対して嫌悪を感じてしまうような人間が、ストリーマーなんていう芸能職を続けていていいのだろうか。
「……わたしって、なんなんだろ……」
でもそこに、恋雀美摩という人間は介在していないというのも悩ましい。
全ては『窟魔 ムル』としての悩みだ。
自分の芸名が窟魔ムルであっただけのはずなのに、最近は恋雀美摩という人間の世界がムルに塗りつぶされて消えてしまったような錯覚によく陥る。
「ダウナーさん……」
命の危機と、巻き込んでしまった人を守ろうと決意した覚悟。
それを背負って愛用の槍を握りしめた時に、ダウナーさんが助けてくれた。
あの時の安堵感は二度と忘れないと思う。
そのあとにごちそうになったジンギスカンは、ただ美味しかったというだけでなく、生き延びた実感、生きている実感というものを教えてくれた。
それからだ。
元々悩んでいた美摩とムルが乖離していく感覚が酷くなってきたのは。
あるいは、死に瀕して、死から脱して、生を実感したからこそ、美摩としてもムルとしても、取り繕うことができなくなってしまったのかもしれない。
「じゃあ、どうすりゃいいってのよ……」
わからない。
悩んでいても仕方がない。
明日は午前中に事務所へと顔を出す必要がある日だ。
「ねよ」
美摩は低反発枕を抱きしめ、そこに顔をうずめたまま、ややきつめに目を瞑るのだった。
翌日。
午前中に予定されていた打ち合わせ終えた美摩は、事務所から外へと出ると大きく伸びをした。
「ん~~……!」
普段ならとても楽しそうと感じる案件の説明だった。
二つ返事で引き受けたものの、今のメンタルだと楽しそうに感じないから困りものだ。
「意外と今日は誰とも会わなかったな……」
自分以外の配信中心のタレントたちも多く出入りしているはずなのに、珍しく遭遇しなかった。
「そろそろお昼か」
スマホの時計を確認して――さてどうしたものかと思っていると、正面から見知った顔が近づいてくる。
「ムルちゃんやっほー」
「スカちゃん、こんちゃっす。これから仕事?」
天空院 スカイ。
彼女は同じ事務所所属のヴァーチャルアバター配信者だ。
3Dモデルの姿となって配信をしている――いわゆるVチューバーと呼ばれるストリーマーである。
「いやー、特にないんだけど。事務所くれば誰かいるかなって」
「……っていう配信ネタ?」
ムルとは配信ジャンルも配信スタイルも全く違うものの、リアルでの年齢は同い年だし、気が合うのでプライベートでは良く一緒にいる相手だ。
「完全にプライベート」
「もしかして良くやってる?」
「やってるやってる。家も近所だったりするしね。というワケでムルちゃん。ランチ一緒しよ?」
ノリも行動力も軽やかな彼女は、まだ新興ともいえる事務所Vヴァンプ所属のVチューバーとしては一期生。
事務所のストリーマーの中で一番のチャンネル登録者数を誇るものの、本人は必要以上にそれを気にしている様子はなく、基本的に気さくな女性だ。
「構わないけど、わたしに断られたらどうするつもりだったの?」
「そりゃあ事務所内でスカウトよ。ストリーマー仲間が見つからないなら、ストリーマー課以外のタレントさんはもちろん、なんなら適当なマネさんや事務さんをスカウトする。社長とも何度かランチ一緒してたり?」
「コミュ強すぎない?」
「そう? ランチ一緒しよって誘うくらいなら、誰でもできると思うけど」
「うーむ。強者のセリフ」
「えー」
そんなやりとりをしながら、二人はランチ場所を求めて歩き出すのだった。
「んで、ミマっちは何を悩んでるの?」
「え?」
ランチセットのメインディッシュを終えたあと、デザートを待っている時にスカイがそんなことを言ってきた。
公の場なので、本名呼びだ。
「ミマっち、絶対寝不足でしょ?
しかも遊んでたり配信したりで……とかじゃなく、マジで寝れてないやつ」
「…………」
「顔の感じとかそれだよ~」
さらっと見抜いてくる友人に、何とも言えない顔になる。
どうしたものか――と僅かに悩んでる間に、店員がやってきた。
「ランチセットのマンゴープリンお二つお持ちしました~」
「どもでーす」
スカイが店員にお礼を言っているのを横目に、美摩は手元のプリンに視線を落とす。
艶やかなオレンジ色のそれは、悩みがあろうとも関係なく喰えと誘惑してくるようだ。
店員がテーブルから離れていってから、美摩はマンゴープリンを一口、口に運ぶ。
ねっとりと濃厚ながらも爽やかな酸味を感じるそれに気持ちを癒されながら、美摩は小さく息を吐いた。
「白状するわ。その通りよ」
「その悩み、話せるやつ?」
もう一口マンゴープリンを食べる。
甘味を食べると気持ちが落ち着くな……なんてことを思いながら、美摩はゆっくりとうなずいた。
デザートを食べながら、ぽつりぽつりと悩みを口にする。
すると、スカイは最後の一口を口に放り込んでからうなずいた。
「ミマっちとムルちゃんの乖離かぁ……まぁ何となくわかる」
「…………」
こちらが最後の一口を食べ終えるのを待ってから、スカイは訊ねてくる。
「敢えて聞くんだけど、ミマっちってダンジョン探索は好き? 配信の有無関係なくね」
「……好き、だと思う」
「最近は配信ナシのプライベートでダンジョンに行ったコトある?」
「え?」
問われて、少し思い返す。
そういえば、最後にプライベートで潜ったのはいつだっただろうか。
「ダンジョン探索について詳しくないからよく分からないけどさ、配信者としてはね。ちょっとくらいはアドバイスできるのよ」
軽くウィンクをしてから、スカイは少し真面目な顔をした。
「あたしもさ、ゲームプレイの配信とか良くやってるけど、時々さぁ――間違いなく自分好みの面白いゲームを遊んでるはずなのに、配信映えやコメントを意識しすぎてるのか、ふと詰まらない気分になる時あるのよ」
「そうなの?」
「うん。ゲームも好きだし、配信も好き。だけど時々その二つを別々に楽しまないと……って思う時があるんだ」
「別々?」
「そ。雑談配信とかはさ、何となくやってるようで余計なコトなしに配信者になれる時間。
そんで、プライベートでがっつりゲームするのも、ただのゲーム好きになる時間。
二つ併せて仕事にしてるけど、時々分けて再認識しないと、全ての自分がごちゃ混ぜになって、なのに核になってる自分だけが独りぼっちになったような気分になるワケよ」
何となく今の自分がまさにそれではないか――と思った。
「人によって同じ悩みでも解決方法が違うのは当たり前だよ。
でも、配信のコトで悩んでるならさ、あたしと同じようにしてみればどう?
プライベートでさ、配信抜きに遊んでみるの。ダンジョンに行って、満足するまでさ。それで解決するかはわかんないけどね?」
スカイの提案に、美摩はお茶のグラスを手にして、小さくうなずく。
「そうだね。近いうちに暇を作って行ってみる」
「そうしなそうしな」
それがダメならダメでもいい。
とにかく今は、自分の持て余してる妙な感情と錯覚をどうにかしたい。
「探索する人の少ないダンジョン……ドレスコードとかある場所なら、のんびり探索できるかな?
「そんなダンジョンあるの?」
「実はあるんだよね」
少しだけ前を向いた気分で、美摩はグラスの中の温くなったお茶を一気に煽った。




