013.鰹フルコースと反省会
「まぁ……ウケは悪くなかったようだし、良かったんじゃないか」
「そうか」
配信をした日の夜。
ツカサの家でちょっとした反省会をやっていた。
配信中に作ったタタキでは消費しきれなかった羽ばたき鰹を使った、ちょっとしたフルコースを用意したので、それを食べながらだ。
「冒頭に挨拶と名乗り、タイトルコール辺りは欲しいが……ない方がらしいっちゃらしいとも言えるから難しいな」
「あった方がいいのか?」
「大事ではあるんだよ。お決まりの挨拶とタイトルコール。毎回やるコトで、リスナーからの覚えがよくなりやすい」
「なら、俺もやった方がいいか?」
羽ばたき鰹のトロ刺しを口に運びながら、セイジが訊ねる。
他の部位より力強い旨味と、繊細な脂の甘さ。トロの名にふさわしいとろけるような味わいだ。
すっきりとした清酒をクイっとあおれば、それだけで最高の気分になってくる。
配信中にはこれができなかったのでなおさらだ。
「一般的には重要なのは間違いないんだが……今はダンジョン配信なんてピンキリで大量にあるからな。個性というか独自性というか、そういうのも結構重要ではある」
そう答えながら、ツカサは羽ばたき鰹のなめろうを白米の上にたっぷりのせた。
丁寧に叩かれペースト状になった鰹に、味噌とダシ、胡麻を加えたそれは、お酒のアテとしてだけでなく、白いご飯と合わせても美味しい。
ツカサはたっぷりの白米ごと大口で頬張った。
アジなどの青魚で作るそれとはひと味違う旨味あふれる味に、ツカサは満足そうに目を細めた。
たっぷりと堪能してから嚥下し、ツカサは続きを口にする。
「個性や独自性っていうのは配信者のキャラクターとセットでもあるんだよ。
お前のそのダウナーなノリや口数の少なさが、一部のリスナーに強烈に刺さってたのは間違いないからな。そこは間違いなく、配信者としてのお前の武器だ」
箸でこちらを指しながら告げられた言葉に、セイジは「ふむ…」と小さくうなずく。
鰹のアラの味噌汁の入ったお椀を手にし、それを啜りながら、今後に必要なモノを思考する。
鰹節とは異なる強い鰹の風味のする味噌汁を堪能しながら、セイジの脳裏にふと過るものがあった。
お椀を置いて、ツカサへと視線を向ける。
「俺自身が名乗らず、タイトルコールもしないのであれば、そういうテロップや演出みたいなのは用意できないか?」
「それはアリかもしれねぇな。素材があれば作ってやれると思うけど、アテはあるか?」
「素材っていうのは?」
セイジにはピンと来るものがなく聞き返すと、ツカサは少し考えてから答えた。
「チャンネルのロゴ。効果音。あとタイトル表示中のBGMとか、かな。
そういう素材を組み合わせてそれっぽい感じにでっちあげるくらいなら、オレも出来るんだけどさ」
「なるほど……BGMだけならアテがなくもないが」
少し渋い顔をしてセイジがそう口にすると、ツカサも渋い顔をした。
「錯乱した隠遁者に声を掛けるのか? 大量のリスの群れに押しつぶされても知らねぇぞ」
「邪魔なリスたちは洗い流して、本体にだけ言うコトを聞かせる手段はあるぞ」
ちなみに、この場におけるリスとは、二人が思い浮かべている人物の独特のノリから繰り出される奇行や言動の数々のことである。
「……それってちゃんと真っ当な手段? 大丈夫? アイツは確かに変態だけど、一応国家の元に国民として人権を守られてる一市民だよ?」
「人を何だと思ってるんだ。そもそも真っ先にアイツを錯乱した隠遁者呼ばわりしたヤツがそこを心配するのかよ」
セイジは口を不満そうに口を尖らせながら、鰹とキャベツの中華風炒めを口に運ぶ。
胡麻と共に甜麺醤と豆板醤の両方を効かせた甘辛炒めは、ご飯も酒も進む味だ。
豚肉の代わりに鰹が入っているのだが、それがまた独特の風味を作り出していて、味わい深い。鰹とタレの味が染みたキャベツも良い塩梅だ。
「まぁネタは抜きにしても、アイツってば今や国民的覆面アーティスト様だぜ? そんな気軽に音楽作り頼めるの?」
「そもそも俺がどれだけダルい思いをしてアイツに貸しを作られてると思ってるんだ?」
「……それを言われるとなぁ……」
ツカサは苦笑しながら缶ビールを傾け、喉を湿してから指折り数え始めた。
「高校時代だけでも、シンプルにお金はもちろん、色んな当番の交代だろ?
見た目はいいから女絡みのトラブルは耐えなかったし、学園祭じゃあ無理矢理巻き込まれたバンド騒動もあったな」
「あったな。どれもダルい想い出だ」
「そういや、なぜか赤点向けの居残り補習に巻き込まれたコトもあったよな……っていや待て、もしかしてお前って卒業したあとも何かあったのか?」
「何かあったというか……今のトップアーティスト状態になる直前くらいまでは、出世払いとかいう名目で、メシ奢ったりスーツとか見繕ってた」
「マジかよ」
「ちなみに、その時に手持ちがないっていうからその場で不足分を出してやったコトもあるな」
「おおう……」
やや顔を引きつらせながら、ツカサはビールを傾けた。
「あと、家の掃除か。知っての通り、アイツは一つのコトに没頭し出すと他に何もしなくなる。さすがに放置はやばいと思ったタイミングで見に行ったら案の定だ。
部屋の掃除をしないのは当たり前として、風呂にすら入らないのもマシで、ガチで飲まず食わずに作詞作曲してたぞ。一旦止めて世話するのがすげぇダルかった」
「目に浮かぶが……今は?」
「あいつ自身が稼いだ金で良いマンションに引っ越させた上で、マネジャーさんと家政婦さんと取り扱い方法を共有して任せてる。それでも時々ヘルプの連絡が来るから、ダルいながら様子を見に行くコトはある」
「まぁアレはアレで義理堅いというか独自の美学があるから、貸しくらいには思ってるだろうけど……」
大変だなお前も――というツカサからの労いに、セイジは小さく肩を竦める。
「ダルいはダルいが……嫌いなダルさじゃないから、問題はない。
なにせ、アイツに手が掛かるのは今に始まったコトじゃあないから。それに、なんかダルい相手なのに嫌いにもなれないしな」
「そいつに関しちゃ同感。高校卒業後は会う機会も減ったけど、それでも時々メシに誘われたり誘ったりするしなぁ」
ハチャメチャでマイペースな男ではあるが、二人にとっては悪友とか友人とか呼ぶ存在であるのは間違いない。
「とりあえず連絡はしてみるさ。いい加減、貸したものを返せって」
「配信用の曲を作ってくれじゃないのか」
「そんなストレートな言い方だと嬉々としてタダで製作しそうでダルい。ちゃんと代価があるんだって方向にしとかないと。あいつはその辺の報酬意識が薄いからなおさらな」
「さすが。扱いがよく分かっていらっしゃる」
「……ダルい」
二人は楽しそうに苦笑しあうと、お互いに気に入った鰹料理に手を伸ばし、手元の酒と共に舌鼓を打つ。
「そういや、学園祭のバンドといやぁ……一緒にやってた『戦車』のやつも、今はダンジョン配信やってるって知ってたか?」
「そうなのか?」
テーブルにあった急須を手に取ったセイジは驚いたような顔をしてみせる。
「まぁもともとはダンジョン配信なんて興味はなかったもんな、お前は。でも配信者としては結構有名になってるんだぜ、コウタのやつ。ところで、その急須なに?」
「味噌汁にせずに残しておいたアラ出汁」
「ほほう?」
羽ばたき鰹のなめろうを白米の上にたっぷりのせ、軽く白ごまを振りかけたら、急須の中身をたっぷりとかけた。
「ちょッ、それ旨そうすぎるだろ!」
「出汁はまだあるから、お前もやればいい」
「やるやる!」
羽ばたき鰹のお茶漬けだ。これがまずいわけがない。
「うあ、旨い! やばい!」
「ああ。本当にな……」
二人でお茶漬けを勢いよくかき込んでいく。
食べながら、ツカサは話の続きを口にした。
「――まぁ、そんなワケでな。『戦車』はオレなんかよりちゃんとダンジョン配信やってるよ。人気もある。だから、本気で困った時は、オレじゃなくて『戦車』に訊ねるのもアリだぜ」
「情報は助かる。だがアイツとはいまいちソリが合わないからな」
「……まあそういうコトにしとくけどよ」
一瞬だけ訝しむような呆れるような目をしてから、ツカサは軽く肩を竦める。
「なんであれ相談先は多いに越したコトないだろ?」
「それは否定しないな。相談先が多いとダルいコトを減らしやすい」
「案外、どっかのタイミングでお前の配信に乱入してくるかもな。コウタのコトだからちゃんと見計らって、だろうけど。早いと次の配信辺りにくるかもな」
「それならそれだな。あいつとならそれなりに話もできるだろうし」
出汁の最後の一滴と、茶碗に残った数個の米粒を一緒に流し込み、一息つく。
「ああ、そうだ。冷蔵庫にタレに漬け込んでるぶつ切りが入ってるから、明日中に食べてくれ」
「マジか。絶対食う。夜にでも生卵も乗せて丼だな」
そんなやりとりをしながら、二人は羽ばたき鰹のフルコースを存分に堪能しながら、お酒を呷るのだった。
本日はここまで٩( 'ω' )و
また、複数話の更新もここまで。
明日以降は1日1話更新となります。
ひとまずセイジの初回配信終了までは公開できてひと安心。
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