001.Welcome "Downer Jazzy Cooking”
新作です。
お読み頂いた皆様に、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
実は投稿するか悩んでいた作品ですが塩漬けするのももったいないと思ったので、投稿開始しました٩( 'ω' )و
一区切りつくところまでは書きためてあるので、そこまでは毎日更新になると思います。
時間になった。
待機画面が表示され、BGMが流れ出す。
ダウナーでジャジーで、それでいてテンポ良く、クールで、でも気怠げで艶っぽい……。
そんな様々な要素を、すぐに壊れてしまう危うさで積み重ねられているような、あるいは壊れることなく完璧に組み上げられているような、そんな曲だ。
:いつもの
:カッコいいのきた
:ジャガジャン♪ジャガジャン♪
:これを聞きに来た7割
:初見 この待機曲カッコいいんだけど詳細ぷりづ
:ニキの知り合い作曲のオリジナル
:ジャ→ジャン↑(ここすき
:本職の人らしいよ
:その知人はニキに大量の貸しがあるから作らせたらしい
BGMが一分半ほどで一ループし、徐々にボリュームが絞られていくと、タイトルが表示されるアニメーションが入る。
それが終わると、画面には一人の男が現れた。
全体的にもさついた髪。それが目を隠していて、やぼったく感じる男性だ。
動作も全体的にのんびりしていて、覇気がない。
左手に握る黒塗りの鞘に収まった日本刀だけが、異質のようにも見えた。
そんな男が森にいる。
「どうも」
低く、深く、気怠げで――それでいて優しい声で、男は挨拶を口にする。
「それじゃあ、今日もやっていく」
微かに会釈するような仕草をしたあとで、男はそのまま歩き出す。
そこで、BGMは完全にフェードアウトしていった。
:今日は探索もアリか
:相変わらず良い声
:料理だけでも良いんだけどな
:戦うニキかっこいいから好き
:あいさつこれだけ?
:いやこれでも喋ってる方
:「どうも」だけの時もあるしな
:どういう配信なのこれ?
:ダンジョン配信風料理配信?
:ダンジョン配信風のASMRだろ
:たまに人生相ダン
:本当にダンジョン配信??
:ダンジョンで配信はしてるからダンジョン配信やろ定期
:ダンジョン配信ASMR~飯テロや人生相ダンもあるよ!
:常連すらよくわかってないから安心していい
配信者である男は、淡々とダンジョンを歩いて行く。
特にお喋りしたりとかはないようだ。
恐らくはドローンだと思われる撮影カメラが、彼の背中を追いかけているだけ。
お喋りもなければ音楽も流れていない。ただ静かに、男の静かな呼吸と、足音だけが配信に乗っている。
だからだろうか。
何となく、男の背中を見つめてしまう。
もっさりとやぼったい雰囲気のある男だったが、後ろ姿はスマートだ。
ダークブラウンをメインにした服装などは、落ち着いていて、安心感と貫禄と感じさせる。
:この配信のメインってなに?
:それを言われると悩むな
:バトルする時もあるし料理する時もあるし焚き火見てるだけの時もある
:時々カウンセリングゲストがいる
:あとゲストが良く泣いたり寝落ちたりする
:ダンジョンでする人生相談~通称人生相ダン
:本人曰わく一応メインコンテンツはダンジョン食材での料理らしいけど
:カウンセリングしてもらうの?
:いやニキがする
:料理ない時もたまにあるよな
:どんな配信なの???
:一応○ニキ本人としては料理配信のつもりらしい
:なるほどわからん
:常連もよく分かってないから安心しろ
:バトルのない回は作業用BGMとしておすすめ
「いた。今日はあれ」
突然、男は足を止めてどこかを指差す。
ドローンがそれに従うように、カメラをそちらに向けた。
泥濘んだ地面が映る。
良く見ると、そのぬかるみの下に何かいるのか、うねっていた。
「泥土の絡まり魚。泥濘を泳ぐあれが、今日の目的だ」
:なるほど
:機嫌がいいのかな?
:指差した瞬間のメカクレ具合最高!
:ちゃんと解説してくれるの珍しい
:ドローンちゃんもっと喉仏映して
:普段してないの?
:どういう主なの・・・?
「ヘビとかミミズとかウナギみたいなニョロニョロが苦手な人は、少しだけ目を瞑ってるのを推奨する」
:事前に警告できてえらい
:こういうとこはマメだよねニキ
:イケボ警告捗る
:言われてみればクモとかムカデとかと戦う場面があると警告いれてくれるな
「それじゃあ、狩るぞ」
:今の声いい
:ありがとうございます
そうして男が左手で鞘を握るカタナの柄に右手を添えながら、数歩進む。
すると、泥濘のうねりが激しくなった。
恐らくはモンスターの縄張りに踏み込んだのだろう。
次の瞬間、泥濘から羽の生えたウナギのようなモンスターが複数体、飛び出してきた。
「疾ッ!」
喉の奥から鋭く吐き出される呼気と共に、剣閃が走る。かと思えばすでに鞘に戻っている。
一体何が――そう思った矢先、ボトボトと泥土の絡まり魚は、地面へと落ちていく。
良く見れば、首が切り落とされているようだ。
それを男は手早く回収していった。
:相変わらず早い
:居合い斬りの速度だけならトップランカーレベルだよな
「事前に調べた限りだと、ここのすぐ近くにモンスターの少ない開けた場所があるらしい。目当てのモンスターは狩れたし、そこに向かう」
そうして、やっぱりあまり喋ることなく、目的地へと向かっていった。
目的に到着すると、彼は特に説明も無く焚き火スタンドと、調理台を用意する。
道中で洗った泥土の絡まり魚を調理台に乗せると、プロのような手さばきで開いていく。
:羽が生えてる以外は完全にウナギだなこれ
:いくら空を飛ぶためとはいえあの羽でぬかるみ泳ぐの邪魔そう
そんな中でも、ドローンのマイクの性能が良いのか、様々な音を拾っていく。
包丁が肉を切る音。ザッ、ザッ。
包丁が野菜を切る音。サク、サク。
包丁がまな板を叩く音。トン、トン。
焚き火スタンドで薪が弾ける音。パチ、パチ。
絡まり魚が焚き火スタンドの上で焼かれる音。しゅー、しゅー。
絡まり魚に塗られたタレが焦げていく音。ジュ、ジュ。
そして森型のダンジョンならではの、木々のざわめきや、穏やかな風の音。
男の息づかいや、衣擦れの音すらも含めて、まるで一種のオーケストラのようだ。
:ASMR扱いされる理由がわかった
:メシテロなのかヒーリングSE集なのかハッキリしてくれw
:どっちもなんだよなぁ
完成したのは、泥土の絡まり魚の蒲焼き。それをご飯にのせている。
さらにお供として野菜と共に煮込んだ絡まり魚の味噌汁もセットだ。
:いいな
:めっちゃ旨そう
「いただきます」
:めしあがれ
:どうぞどうぞ
手を合わせる男へ、リスナーたちが一斉にコメントで反応する。
この配信でのお約束なのだろう。
わざわざそれを確認してから、男は自分で作ったそれを、丁寧な箸使いで、口に運んでいく。
彼の箸使いの音や、咀嚼の音、嚥下の音すらもBGMのようだ。
「うん。良質のウナギの味だ。悪くないな」
それだけ口にすると、後は黙々と食べていく。
:悪くないきた
:悪くないは最高評価
:食レポやリアクションは……?
:ないよそんなの
:メシの顔や顔が光るようなハデなリアクションをお求めなら余所のチャンネルでどうぞ
:うちはそういうのやってないんで
:ところで顔が光るって何?
:旨いもん食うと顔が光る配信者がいるんだよ
:身体が溶けたり服が弾けて脱げる配信者もいるよな
:探索者のダンジョン内超能力ってそういうのもあるの?
:ダンジョンの外でもやるんだよそいつら・・・
「ごちそうさまでした」
やがて男が完食すると、手を合わせてそれだけ口にした。
:おそまつさまでした
:おそまつさまー
またも淡々と片付けをしていく。
片付けの音もBGMとして、リスナーたちは楽しんでいるらしい。
「焚き火に当たりながら雑談の時間を作りたいところだけど、今日は申し訳ないがここまでだ。このあと、用事があるから」
:残念だけどしゃーない
:今日も素敵な喉仏堪能させていただきました
:いいイケボも堪能できた
:本日も良きメカクレでござった
:今日も良いヒーリング感だった
:この落ち着く感じ他にはなくて良い
「こんな配信でよければ、また次もよろしく頼む」
そうして、冒頭でも使われていたBGMのスローテンポアレンジが流れはじめると、画面がゆっくりとブラックアウトし、待機画面へと変わっていく。
初見のリスナーは何とも言えない心地のまま、気がつけばチャンネル登録ボタンをクリックしていた。
【ワ○ルドのダウナー・ジャジー・クッキング】
そう名付けられた配信チャンネルは、ギリギリ中堅といえるかどうか程度の登録者しかいない。同時接続数もそこまで多いとは言えないだろう。
だからといって、不人気かと言われるとそれもまた違う。
不思議なことに、数字に対して、有名配信者などのチャンネル登録者が多いのだ。
それに気づいて見に来るリスナーは多いのだが、分かりやすい面白さのないこのチャンネルに首を傾げて離れていく。
そういう意味ではコア人気とかカルト人気なんて表現されるのが相応しい配信チャンネルと言えるだろう。
その何とも言えない配信を行っている配信者の配信者名称は『ワ○ルド』。
彼が配信を始めたキッカケは――特にそう深くも何ともないものであった。
今回は初回なので準備が出来次第、次の話を投稿します。




