10:4 - 二年前のカンザスにて
話はそれなりに遡る。
二年ほど前、夏の真昼間。俺が歩いていたのは片田舎のあぜ道だ。もっと正確に言うとアメリカ合衆国・カンザス州ウィチタなる地方都市の近く、ローズヒルという小さな町の中心からしばらく歩いた郊外の山の奥。
「はぁ、もうちょい訪ねる人間のこと考えてくれよ、ってなぁ……」
ついで言っとくと、夏場のカンザスはひどく蒸し暑い。日本の夏に近い気候ではあるんだが、いくら出身だからってこの高温多湿の不快さがマシになるワケでもない。ただ、そんな中を歩いて俺が訪ねるのにはそれなりの理由があった。
「……マジでいんのかね、こんなトコに」
その理由というのは、平たく言っちまうと人探しというベタなヤツだ。映画とかの導入でよくこんなんあるよな。ま、だからって反重力でクラフトがごまんと飛んでるこの世の中で、こんなとこを路面に汗ダラダラ垂らしてトボトボ歩くってのも……とはいえ今は移動の足が無いんだから他に手段もない。
で、道は舗装すらされていない踏み固められた土の路面で照り返しがキツく、さらに辺りは雑草まみれで草いきれも酷く、おまけに湿気のせいで日陰でも暑い。要するに天然のサウナみたいなもので、俺は今にも倒れる寸前だ。
ちなみに探しにきた人物というのは『とある伝説的ベテランメカニックの爺さん』というこれまたどこかの映画だか小説だかで見たような話である。いや、漫画だかアニメだったかもしれない。なんにせよベタな話で恐縮ではあるが、必要な人材なことには変わりない。というか、でなけりゃこんなとこ二度と分け入っていきたくはない。そんなないない尽くしで突き進むことさらに一時間ほど。
ほとんど森みたいな蒸し暑い林の奥に目当ての工房はあった。
妙に馬鹿デカいがトタンの壁で四方を囲んだけに見える真四角の簡素な工房。ただし簡素なのは遠目に見たときだけで、近づいていくと意外にガッチリ造られているらしい。地面からの高さだけでも七~八メートル、そして横幅はそこらの自動車工場とかと比べても遜色ない広さだった。ただ、林の木々が完全に工房の壁面を覆い隠していて、近づかないと気づけないレベルだ。
「うわマジであった……けど何だ、この……素直に喜べねー感じ……」
ほとんど疲労困憊を起こしながら呟く。何というか、ここが件の人物の住処なのだとしたら“人里離れたところに暮らす老メカニック”なんていかにもな話だ。どういうつもりか知らないが、何でもかんでもイメージ通りにしないと気が済まない性格とかだったりするんだろうか。だとしたらたぶん、その爺さんは極度の偏屈ジジイというヤツで、たぶん実子の夫婦とかとは死別してて、代わりに孫か誰かと一緒に暮らしてて……。
「ありゃ、ベイ姉じゃないなら爺ちゃんのお客さん? なんかな……?」
「そんでその孫とは不仲で……ってワケでもない、と」
その鳥類系亜人の少女は工房の窓越しにこちらの姿を見つけて、そのまま窓を潜り抜けて俺の目の前に躍り出た。地面に鉤爪のついた鳥の足がズドンとめり込む。そしてそのままゆっくり立ち上がると少女の白と黒の羽毛で覆われた腕の代わりの翼から羽根が何枚か抜けて舞い上がった。髪型は後ろ髪を切りそろえたかなり男っぽいモジャモジャ頭で、背筋を伸ばすと結構な長身にショート丈のオーバーオールという格好だ。
「あー、初対面でこういうのもアレなんだが……お前もっと着込んだほうが良いんじゃねーか?」
「い、いきなり何さー、アタシ以外に鳥類系亜人と会ったことないの? だって腕が羽になってんだもん、自力で着れる服とかも限られるでしょ」
……まぁ、確かにそうだ、そうではあるが。
「お前それオーバーオール一枚しか着てねーだろ! グラビアモデルか何かよ」
「はぁ⁉︎ いきなり何、このオッサン‼︎ ショクギョー差別に亜人差別だ亜人差別‼︎‼︎‼︎」
「オッサンだァ⁉︎ まだ二二だっての!」
そんな見ず知らずのハズのアメリカ人鳥類少女とヘタな漫才を繰り広げていたところで。
「おいレイチェル、今日もうるさ……なんだ、また知らんヤツに突っかかってるのか」
彼女の祖父に当たるらしい、目当ての爺さんが工房の奥から顔を出した。
例の老メカニックの格好も薄着だった。いや、鳥類系亜人が薄着なこと自体は実際珍しいことじゃないんだがその老人の場合、ほとんど上半身裸にエプロンみたいな格好だ。
筋骨隆々の上半身には火花で火傷しないように防火素材のポンチョを羽織っているのみ。だが明らかにサイズが足りていないのか上半身のさらに上半分しか覆えておらず、どちらかというと襟巻とか防災頭巾みたいにしか見えない。結果的に下半身だけが火に強そうな分厚い素材のたれのついたゴツいニッカーボッカーでも履いてるみたいに見える。あのたれの部分はオーバーオールの前の部分だろうか。それに隠れた下っ腹だけは年相応にたるんで出っ張っているようだが、その二の腕は普段から使い込んでいることがよく分かる丸太のような太さだった。
「それで、俺に何の用だ」
わかりやすく“よそ者は帰れ”とでも言い出しそうな雰囲気を滲ませつつ、その老人ことバージル・ナッシュはこっちを睨みつける。うーむ、これまたいかにもな感じだ。
工房の奥のこれまた簡素なアウトドアテーブルといくつか並んだキャンプ用チェアのところまで通された俺にはインスタントのコーヒーを注いだマグカップがつっけんどんに差し出された。
「爺ちゃん、お客さんにいきなりその態度はマズいんじゃない?」
「お前のさっきの口喧嘩のほうが“マズい”と思うがなぁ。レイチェル、誰にでも“フレンドリー”なのは良いことも悪いこともあるのは知っとるだろうが」
どうやらこのレイチェルなる孫娘のことは随分可愛がっているらしい。こいつの少女らしくない髪型については正直気になるが、取りあえずそれはまた別だ。そんなことよりも、こいつを上手く交渉に利用できれば何か収穫があるかもしれない。
「いえ、あの口喧嘩は別にいいんです。むしろこっちから始めたようなものなので……それよりもミスター・ナッシュ、今回はあなたにお願いがあって参りました」
……言うまでもないが、この敬語で胡散臭いセリフを喋ってるのはまた俺である。この辺はあんまツッコまないで欲しい、俺もそれなりに傷付く。
「お願いというのは……ナッシュさん、今あなたが倉庫で眠らせているクラフト『アリアドネ』号を買い取——
「断る」
ナッシュ爺さんは食い気味に答えた。チッ、やっぱりか。
「見りゃわかるだろうが、今の俺は引退して隠居暮らししとるだけだ。孫娘と二人で、近所のトラクターなんかを整備しつつゆっくりと生きとる。今さら現役時代の面影を追うつもりはない」
拒否する理由はもっともだ、とはいえ。
「ならばあの船はどうなります? “走る”ために生み出されたのに一度も走ることなく、このまま暗がりで埃をかぶるだけだ。もちろん船だけではなくあなたの栄光も、誇りも露と消えるでしょう。俺だってそうなるのをおめおめと眺めていたくはない」
悪いな爺さん、俺もこれで引き下がるにはいかないワケで。




