35:実況席にて
スターティンググリッド(starting grid)
:レースで車両を止める位置を図示した印のこと。たいてい白線で書かれており、先頭から予選順位の順で並ぶ。
左右互い違いの二列に並んでいて、各グリッドの間隔は八メートル空けられている。つまり片側の奇数番目・偶数番目に並ぶ車両は十六メートルである。
さぁ、始まりました! 青い朝陽が照りつける……いえ、そういうには弱い朝陽ですが。青い光の下に塵が立ち込める荒野は誰を勝利へと導くのでしょうか。
皆さまお待たせしております。ヘリオス・キャノンボール最終局面、ラストに急遽執り行われることになった荒野の大レース、私は本日の実況を務めさせて戴きますフューリアス・ジョニーです。そして解説席にお越しくださったのは火星モータースポーツ界の伝説的元トップレーサー、マイケル・マリシテンさんです。よろしくお願いします。
「ええ、よろしくお願いします」
本日も、会場となる火星・人類未踏領域の天候は晴天。まさに太陽神が微笑みかけるような天候でありながら、空は風で舞い上がった砂塵により褐色にくすんでおります。このレースを『火星入植五〇〇年記念事業』と言ってしまうとこの光景は時代錯誤的にも感じてしまいますが、長らく侵入不可だったエリア・ニュクスに豊かな大地など望むべくもないのは明らかでしょう。この火星の原風景が如何なる結果をもたらすのか。
「楽しみですね、この天候は砂嵐さえ起きなければエリア・ニュクスとして絶好のコンディションとも言えます。地球の伝統的冒険耐久競技であるパリ・ダカールラリーのコースもメインは荒野や砂漠といった未開拓地ですから、言うなればこのレースは火星版の冒険耐久競技会となるかも知れませんね」
なるほど、まさに我々は歴史の証人になれるかも知れないというワケですね。実に実況冥利につきます。
さて、出走者各チームの紹介に入る前に“そもそもなぜこのようなレースが開かれることになったのか”について、今一度説明しなければいけません。レースが始まるまでの短い間お付き合い願いたい。
今から三ヶ月ほど前、このヘリオス・キャノンボールはサバイバル耐久レースとして始まりました。この時点のことをご存じだったのは視聴者様たちの中でもごくごく少数だったでしょう。何故なら、このときレースの運営による“陰謀”が未だ明らかになっておらず、よってレースの出走者は世界中から掻き集められた非合法集団がほとんどだったためです。つまり彼らを大々的に宣伝してしまうと世間にバレてしまう恐れがあった、というワケですね。
そもそも侵入方法もやっと目処が立ったばかりのエリア・ニュクス、監獄に閉じ込めておくのも憚られるような凶悪犯罪者たちをここに追放して幽閉しておくつもりだったと関係者は“供述”しています。
ですがそんな陰謀は思わぬ形で頓挫することになりました。このレース、陰謀を隠すためのカムフラージュとして一般公募した民間チームも出走していたのですが、この不幸な一般枠チームが非合法集団との抗争を生き残り、さらに彼らを束ねてわずか三週間足らずでエリア・ニュクスを脱出する算段を整えてしまったというのです。しかも採掘ノルマのあった希少金属アイテリウムを大量に確保した状態で……。
また今日から三日前、彼らの一派はとんでもない発表を行なってもいます。“アイテリウム内部には地球型生命体とは全く異なる生態の生命体がおり、しかも我ら地球人類並みの知的水準をクリアしている”と。『彼ら』は重力波や電気信号といったエネルギーの集積により形作られる“情報生命体”だと……。その形態より『彼ら』は“シグナリアン”と名付けられました。
「そんなSFじみた存在が実在しているとは俄かに信じられませんが、そんな存在が“アイテリウムの中にいる”と言われると不思議と納得してしまう自分もいます。だって、アイテリウムは火星でしか産出されない金属でしょう? しかもそれは人類が知る重力波を操る唯一の触媒だと言うんですから、何か人智の及ばない領域に触れていそうな気がしてきますよ」
人智が及ばないといえば、人類には直せない難病を『彼ら』が治療してみせたという報告も上がっています。病名はウェルナー症候群、俗にいう”早老症”と呼ばれる難病ですが、これの患者だったこのチームのリーダーを……ええと、仮にAK氏としましょうか。AK氏がエリア・ニュクスでの抗争を終わらせたとき、シグナリアンがお礼でも言うように立ちどころにAK氏の不治の病を治療してしまったというのです。ウェルナー症候群は遺伝性疾患ですから、『彼ら』の協力を仰げれば数多くの病を治療できるかも知れないとのことです。メカニズムの解明が急がれますね。
またこれの後、無事快復したAK氏は脱出可能になったところでわざわざ大会運営と無線通信での接触を図ったそうです。曰く、
『このまま脱出しちまっても良いが、この後は別に行きたいとこもねーしな。てかここでの生活、気に入っちまって地球とか戻りたくもねーのよ。……ってワケで、脱出じゃなく単にゴール地点までのレース大会だけってことにして賞金だけ受け取るってなどうだ? 俺らはそれ受け取った後にエリア・ニュクスにとんぼ返りして、俺らが自治権を持つ“新しい国”を作る、でもってここに定住させてもらう。オイしらばっくれんじゃねーよ、どうせ俺ら閉じ込めて僻地に追放するつもりだったんだろ? ならそっちのが運営としても都合良いんじゃねーの? それとも、嫌だってんならこっちだって考えあんぜ。このレースの裏側とかそっちの怠慢とか、マスコミに全部暴露してから地球に強制送還といこう。もちろんコイツらが誰相手に報復するのも俺らには止めようねーけどな、どーすんだ?』
……などと脅したとか。実際にはこのメッセージの音声データや文書等は残っていませんが、複数人の証言により以上のような発言だったと判明しています。
結局のところ大会運営はこれを握り潰そうと画策した挙句、実際に暴露されて国際指名手配・逮捕。これについてはニュースなどのメディアで見たという方も多いかも知れません。そんな国際規模の大捕物が繰り広げられた後に、押収されて宙ぶらりんになった莫大な賞金の獲得を目指してK氏が提案した大レースが執り行われることになった、ということです。
「いやぁ……ここの部分は私も事前に聞いていた部分なんですが、改めて事のあらましを聞いても凄い話ですね……まるで映画とか、そういうフィクションじゃないですか」
ええ全くです、世の中というものは何が起こるか分かりませんねぇ……。
では次にこのレースの事前情報について。言わばレース規定ですね、コース紹介もさせて戴きます。
まず使用するマシンですが、これらはレギュレーションにより“開催が決まってから昨日までの約二ヶ月間に設計〜組み立てまでを行なった、陸路専用のマシン”のみが使用可能となっています。このイベントはあくまでレース、よって各出走チームのスタートラインは揃えたいというAK氏の意向によるものです。全てを現地で作り上げなければならないのは非常に厳しい条件ですが、しかし言ってしまえばそもそも科学や工学に心得がある人物も多いこのレース。心配は杞憂でしょう。
続いて出発地点と目的地の説明に参ります。まずここエリア・ニュクスは火星の南半球側に存在する巨大な平原でありクレーターでもある通称“ヘラス海”にあります。このクレーターは火星でももっとも低い土地として記録されており、その最大高低差は九キロメートルもあるそうです。ここの高低差もポイントになるかも知れませんね。
スタート地点はこの平原のほぼ中心に位置する彼らのコロニー。ここから出走して西へ向かい、ちょうど“ヘラス海”の縁部分にある『マルス二号機地点記念公園』がゴールとなります。これは一九七一年に存在した国家:ソビエト連邦が打ち上げた火星探査船マルス二号が不時着したとされる地点に造られた記念公園で、“周辺の名所などと比較しても目指しやすい”からという理由で設定されています。しかもここをたった一日、日が沈むまでに目指さねばならないのです!
当然ながら、本来ならば火星は死の惑星です。見渡す限りの荒野に大量の岩が転がっているような不毛の大地であり、もはや悪路などという言葉で片付けられるレベルですらない。それに加えて地下には今回のレースでの発見によりますと、地下渓谷や地面の亀裂といった地形が発見されているとのことで、それはつまり人類未踏領域を脱出するまでは何があるか分かったものではありません。これらの地形はアイテリウム鉱脈を伝って移動したシグナリアンが作り出した地形だそうですが……つくづく謎は深まりますね。
また本レースはスタートとゴール以外の、いわゆるチェックポイントは定められていません。つまり直線でゴールに向かっても構わないということです。ただしそれでも約一〇〇〇キロもの距離を駆け抜けなければならないということで、厳しい原始火星の大地は相当なまでの苦難を用意していると予想されます。
「やはり相当に過酷なレースですね、先ほど言っていたパリ・ダカールラリーなんかでも一日で一〇〇〇キロ走ることもあるんですが、やはりそういう時は“過酷”というワードが使われますよ。しかもパリ・ダカールラリーはそもそもクロスカントリーラリー最長クラスの走行距離を誇ります。他のラリーとかだと一〇〇〇キロなんて普通は三、四日かけて走破するんですね」
なるほど、このレースの行く末を想像するだけでも期待と恐怖、その他の様々な感情で震えが走りそうになります。これからどうなってしまうのか? 目が離せないレースになりそうです。
さて、それでは出走チームと各自のマシンの紹介に参ります。会場の皆さまは既に応援選手を見つけておられますか? まだという方は是非この紹介を機に見つけて下さい!
何故なら先ほども言った通り、今回のレースは出走者たちの関係もあって“何が起きるか分からない”レース。うっかり応援するチームを間違えると悲惨な光景を目にしてしまうかも知れませんよ。さぁ、しっかり見極めて!
これから読み上げるのは出走者の中でも大本命、数多い生き残りたちの中でも特に優勝候補とされる有力メンバーたちのデータです。情報提供はチーム内部の人物からなのですが……なぁおいスタッフ、あの婆さんって本当に信用できるんだろうな? つーか“こんな過酷なレースの参加者に混ざってる婆さん”とかそもそも怪しすぎるだろ……。
「あ、一応裏付け取れてるらしいですよ。その女性」
え、そ、そうなんですか? まぁ、マリシテンさんが言うなら……。
ゴホン、それでは気を取り直して『優勝候補』のご紹介です!
まず最初は……チーム・アリアドネ‼︎ 皆さま温かい拍手でお迎え下さい!
実はこのチーム、先ほど名前を挙げた通称AK氏が率いているとされるチームで、氏のこれまでの活躍からも優勝候補の一角に挙げられているチームです。サポートについているメンバーが男性一人・女性二人の合計三人しかいないというのも特徴ですね。リーダーだけでなくメンバー各員も相当優秀と見えます。また出身国・ルーツもそれぞれバラバラで国際色豊かなようです。
マシンはよくあるバギータイプでしょうか? 一機だけのようです。ですが普通のバギーと異なるのは、よく見るような通常のものと比べても明らかにガッチリと堅牢そうな装甲で運転席を覆っている点。砂塵対策と同時に防御面でも有効そうですね。武装らしいものは無い代わりにジェットの噴気孔らしきものも車体後部に積んでいるなど、どうやら機動力を最優先に組み上げた正統派マシンのようです。
「まずはこのレースで名前が挙がる人物:AK氏のチームですね。話題の人物にはどうしても期待してしまうのが人情というもの。それに三人のサポートメンバーのうちの一人、鶏人種のお嬢さんを実は先ほど一度だけお見かけしてるんですが、若さも勿論ですけど技術力も相当高いようでした。実に楽しみですね」
続いての紹介は……チーム・イスルギ・グミ‼︎ 先ほどと同じく温かい拍手を!
このチーム、唯一正式にエントリーしていなかったにも関わらず事故で巻き込まれてレースに参加してしまった不幸なチーム。ですが皆さまご安心ください、彼らもまたアウトロー、その正体は日本から来た筋金入りの武闘派ヤクザ! またAK氏の補佐役として協力して大活躍した一団だという情報も入っております。暴力に身をやつし裏社会を生き抜いてきた彼らの眼光は何を宿すのか?
そして彼らのマシンは全七機、いかにも無骨なワゴン車風の見た目ですね。いずれも黒い艶やかな塗装で統一されています。資料によりますと、日本においてこういった黒の塗装のクラフトはヤクザのトレードマークとして有名とのことで……いや待って、俺も日本行ったことあるけど黒いクラフトいっぱいあったよ⁉︎ あれ全部ヤクザ……⁉︎ あぁ、さすがにそれはない? そうか……と、とにかくヤクザだけあってどんな武装を積んでいるかもわかりません。これは何が出てきてもおかしくないぞ……!
「“事故で巻き込まれた”なんて言われてますが、こうしてしっかり生き残っているあたり本当に事故なのかももう分かりませんね……何にしても本物のヤクザだというなら一筋縄でいかないのは当然です。最も油断ならないチームと言えそうですよ」
お次に出てくるのは……あぉ、随分と華やかな三台のマシンに乗っているチーム・マダム・バタフライ‼︎ まるでキャデラックと呼ばれるオープンカーのようなルックスと派手な外装のマシンです!
先の二チームとは異なり、透明なガラスで機体上部を覆って乗組員たちの顔をしっかり確認できます。このチームはこの大会でも珍しい女性だけのチームで、来歴はインドネシア随一の……な、ナイトクラブ? レースというか、そもそもこんな大会とはモロに縁遠そうですが……まぁ事実いるんだから仕方がないか。とにかくその名乗りの通り東南アジア、いや東洋随一の綺麗どころが集まっているようです。いやぁ男性人気が根強そう、いや根深そうですね……。
それはともかく、先に述べている通りマシンのデザインが一番凝っているチームと言っても良さそうですね。オープンカーにドーム状の強化ガラスを被せたような特徴的な形状はオールドアメリカを意識しているようなデザインです。正直このようなデザインに派手な塗装は火星の荒野に合わない気もしますが……しかしその反面、よく見るとどの車体にも後部にエンジンから伸びる噴気孔がありますね。これは隠された機能がありそうで予測がつかない!
「……いやぁ、これは驚いた…………随分と目立つチームですね……。いえ……確かに、見た目こそエリア・ニュクスには似つかわしくないように見えるかもしれませんがタイヤを見てください。キャデラックに合わないくらいの太いタイヤに換装されてます。つまり砂地に対応した改造をされているようですよ。確かに意外と油断ならないかも知れませんね……何より、チームメンバーの誰もが見目麗しい……麗しすぎる……」
あの、マリシテンさん? 一旦落ち着いて下さいね?
そしてそれに続いて出てきたのは……今やたった二人だけのチーム、イタリアのダレマファミリーが大型バイクに跨がって颯爽と現れました‼︎
彼らはイタリアのシチリア島を本拠地に構える伝統的なシチリアマフィアとのことで、守宮人種の男性はボスの血を引いているそうです。賞金を獲得できれば抗争で減った構成員を再び集めなおしてファミリーを再建する足がかりにする予定とのこと。
そんな彼らが駆るのは黒と銀色のツートンカラーで構成されたクラシカルな大型バイク。バイクタイプのマシンを駆ってレースに参加しているチームはここだけですが、その機動力や小回り性能自体はやはり折り紙付きです。それに加えて今は二八世紀、つまりこの二台のバイクが普通のバイクであるはずがない! 何よりそれをこの人数、さらに二ヶ月で組み上げたという点で技術力の高さが伺えます。
「さっき話に上がったボスの血を引く男性、彼は全身に身体改造義体を過剰なまでに積んでいるそうです。これによる拡張された身体能力も見所かも知れませんね。ただ、正統な跡取りではなかったが故にそのような身体改造を強制されて今に至るそうで……マフィアというのも業が深いようです。彼には頑張って欲しいですね」
おっとマリシテンさん、随分と入れ込んでいらっしゃるようで。あまり肩入れしすぎると良くないかも知れないとは言いましたからね?
そして五組目の優勝候補……チーム・ゴーディマー・エンジニアリング・インク‼ 一際目を引く独特のマシンですね、ここも走りが楽しみだ!
さて、こちらのチームもチーム・アリアドネと同じく非合法集団などではない真の意味で真っ当な研究機関。ですが全ての危険を承知の上で参加したチーム・アリアドネとは違い完全に大会運営に騙されて参加してしまったという経緯があるチームです。つまりチーム・イスルギ・グミよりも明らかに不幸なチームということ。個人的にはここまで無事生き抜いたチームだからこそ完走するまでは耐えて欲しいところですが……。
そんな彼らのマシンもまず見た目が奇抜といえるでしょう。チーム・マダム・バタフライとはタイプの違う異様さです。これは、どう表現すれば良いでしょうか……白と銀色に塗装された流線形のヴァイオリン……? すみません、分かりずらい例えですね。でもそういう不思議な見た目です。資料によりますと、独自の物理演算により弾き出した空気抵抗・砂塵の衝突を最小化するための機体形状だそうで……このような独自に開発した技術体系を遺憾なく発揮できれば確かに相当活躍できそうです。
「こういうレースだと一チームは出てきて欲しいですよね、こういうすごい方向で頭脳特化したみたいなところ。やっぱり、現役時代の私も勉強なんて全くしないほうの人間だったもので、そういう意味ではこういう“頭の良い人たち”がどう走ってくれるのか楽しみですよ」
おっと、優勝候補の他にも多くの出走チームがいることは既にお知らせしたとおりですがそろそろスタートの時間です。他のチームは出走後にゆっくり紹介するとしましょう。
各出走車、スタート位置に付きました。ここからシグナルの通知により各車一斉にスタートすることになります。さぁ、今か今かと待ちかねるようにエンジンの唸りが高まっていきます。これから五つある赤いシグナルが一つずつ点灯してカウントダウン。そして五つの赤いシグナルが全て点灯したあと全て消え、そして緑のシグナルが灯ればスタートの合図です。
さぁ五秒前……三、二、一、スタート‼‼‼




