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33:3 - 境界線の向こう側にて

「へぇ、すぐには突っ込んで来ねぇのな? ならまぁいい、フローラかアレックスからこっちの流儀は聞いてんだろ? なら遠慮なく名乗らせて貰う」

 得意げに、しかしイヤに勿体ぶって、少尉は宣言する。

「トラヴィス・ヘイデン・タヴァナー少尉、見ての通り純人ネイキッド加虐嗜好者サディスト、病的性向は『窒息性愛ハイポクシフィリア』。分かりやすく言やぁ“首絞めフェチ”ってヤツだ。あ、もちろん絞めるほうも絞められるほうもイケるぜ? 絞めるほうが“たぎる”けどな、このムチで大体わかると思うが。で、軍内で犯した罪ってのは複数の人間への絞殺による連続殺人。ま、“表向きは”だけどな」



 いかにもこっちから何かツッコんで欲しそうな言い回しだが、こいつが何をして火星ここに来たのかなんてのには興味はない。どうだろうと今ここで殺す相手ってだけだ。向こうだって本音はそのつもりだろう。

 と、ここで俺はふと疑問に思う。いくらアサルトライフルは無くてもハンドガンくらい普通は持ってるハズだ。……なら何で、奥から来た俺らをいきなり撃たずにわざわざムチで威嚇した? あんなムチさばきとか怪力を見せびらかすより、それをギリギリまで隠しておいてから初撃で俺らを仕留めるべきではないのか。それも、(いくら犯罪者の集まりとはいえ)仮にもアメリカという大国の看板を背負った軍人の判断が……コレか?


「お前ら下がれ! 床の鉄筋とかに手で触んなよ、踏むのもダメだ‼︎」


 俺は後方に叫びつつ、背後に飛び退いて背中でも味方の一団を押して、無理やりにでも後退するように力を込めた。対する少尉はちょっと悔しそうに吐き捨てる。


「ケッ、気づきやがったか……案外冷静だな。あぁそうだよ、高圧電流だ。当てたゴホービに種明かししてやると、このムチにゃ三Aアンペア・四〇〇万Vボルトの大電流が流れてんのさ。当然、床にブチまけたその建材とかにもな。まぁ電流は床にだってある程度流れちゃいるだろうが、近づかない限りは靴底のゴムかなんかで通電しないらしい。ったく、お前らがそのまま直進して瓦礫でも踏んでりゃ一網打尽にできたってのによ……」


「いいやー? 情報提供あんがとな、俺は電流だなんだってのまでは見破ってなかったぞ? 単にお前の行動が不自然で怪しかったから、後ろに『一旦下がってろ』って指示出しただけだ。わざわざ教えてくれてどうも」



 俺は軽く相手を煽りつつ周りの様子を窺う。今この通路にあるのは何だ?

 俺たちが装備してるもの以外には、手榴弾グレネードの爆発でボロボロになった床や壁、そこから出て床に散らばる瓦礫やら鉄筋・鉄骨、手榴弾からバラ撒かれた大量の鉄片、エトセトラ、エトセトラ……どいつもこいつも役には立ちそうにない。

 クソっ。


「煽りながら周りをキョロキョロ見んのはやめといた方がいいぜ、時間稼ぎしてんのがモロバレだ……それと、何で俺が“わざわざ”ムチの電流のこと、そんで『今はゴム製の靴底で安全らしい』ってことまでお前らに教えたと思う?」



 ニヤニヤ笑いを強くしながら少尉は目を細める。そして右手のスナップを効かせ、ムチの先端を下敷きにしていたハズの瓦礫を手首の力だけで砕いた。もしかしたらフローラのハンティングナイフのワイヤーみたいにムチの内部に何か仕掛けやらがあるのかも知れないが、今はそんなこと気にしてる余裕もない。

 舞い上がった塵で尾を引くようにムチはしなり、それから銃を握る俺の右手に絡みつく。マズい、電流が——



「ブッ、嘘に決まってんだろ、大電流なんてよぉ! そんな扱いメンドくさそうなムチなんざ得物エモノに出来たってするワケねぇだろうが‼︎」



 なんだ、嘘かよ。

 焦りつつも胸中では意外と冷静に俺はつぶやく。そして大笑いしながらムチを引く手は緩めない少尉に引っ張られて、俺の体は前へとよろけて少尉の目の前にした。少尉は俺の目の前にしゃがみ込んで凶暴な笑みを浮かべる。……マズい、動けない。


「いいか、一つ教えといてやる。何でもかんでも一番手っ取り早い手段が最適解じゃねぇ場合もある。例えば今の判断ミス、どうせお前は『何でいきなり攻撃せずにわざわざ床に瓦礫バラ撒いたんだ?』とか考えたんだろ? だからあの瓦礫の山にビビって飛び退いた。お前は“俺の思った通り”のビビり方で時間を稼いでくれたワケだ。ついでに出まかせ言えば、お前らは『いま安全ならこれ以上逃げなくてもいいか』なんて考える……つまり俺の術中ってヤツさ」



 要するに、あの露骨に不自然な行動は単なる『釣り』だったのだ。そして愚かにも俺はそれに盛大に引っかかって釣り上げられたということでしかない。

 いくら老けていようと結局のところ俺は二四の若造でしかなくて、こういうところで手練れの軍人には歯が立たないってことをまざまざと見せつけられてるみたいだった。


「お、俺のことはいいからコイツごと撃——ガッ、ゴはッ‼︎」


「撃たせるワケねぇよなぁ、軍人ナメてんのか?」


 少尉は容赦無く俺のアゴと腹にブーツの先端をめり込ませた。

 俺は味方連中に自分ごと撃たせようとしたが、結果は後の祭りでしかない。こんなことになった以上、味方連中が俺を見捨てて少尉ごと銃撃していれば結果は変わったかも知れない。でもアイツらは俺を見捨てず攻撃しないことを選択している。つまり俺を人質にすることはアイツらにとって効果があると教えているようなものだった。


「オラ見えてんだろ? 全員銃を捨てろ、早く」


 少尉の要求に潜入部隊の面々は大人しく銃を足下に置いて、それから離れた場所へと蹴り上げる。味方が相手に従うばかりの今の状況は俺の目から見てもなかなかに惨めだった。


「おーし、全員手ぇ上げて頭につけな。あ、でも壁際とかに寄らなくても良いぜ、むしろその場から動かずにこっちを見たままでいろ。良い余興がある」


 ……イヤな予感、ってか確信がぎる。


「つってもなぁ、コイツみたいなヤローの首なんか絞めても何も楽しかねぇしどうしようかね? まぁ手っ取り早く“手でも滑らせて”ハンドガンで脳天ブチ抜いても良いか、手つながりでよ。そういうワケで“手抜き”で行かせて貰うわ。おっと手が滑った」


 さしもの今の皮膚でもさすがに銃弾なんてものはしのげないだろう。

 そうこうしている内にひたいに銃口が押しつけられて、



 銃声。

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