32:4 - 乱気流のような荒れ様にて
不意に思い当たる。
そういや、こいつの階級が本当に“少尉“なのかについては結局分かってない。小隊の存在自体が嘘なんだったらここも分からなくなるのも当たり前だ。まぁそれでも、少尉は船橋に集まっていたとかいう残りのΠ小隊の連中を従えているんだから、結局のところ一番階級は上なのは間違いないんだろう。
ともかく部下たちは少尉の背後から駆け足気味に出てきて、さっきの船橋みたく全員で銃を構えて待ち構えていた俺たちを睨んだ。向こうで銃を手に持っている人間は少ない。それに持っているにしてもハンドガンとか小さい銃ばっかりだ。そして全員が口元を抑えて空気を吸い込まないようにしている。
少尉はいつもの笑みを崩さない反面で相当頭に血が上っているらしかった。その証拠に口角の端が妙に引きつってる気がするし、その鋭く射るような視線は笑えるほどに笑っていない。地の底で煮えたぎる大釜を思わせるような、怒りのこもった低い声で少尉は続けた。
「……つってもよぉ、こっちも今さら息潜めてそっちのアクション待ってたってのが良くなかった。まさか空調のシステムからイジるたぁ……こっちが防戦側ってだけで地の利はお前らにあるっての忘れてたぜ。白状しちまうとあの船橋にゃトラップも色々仕掛けたのに逆流したガスであわや俺らが窒息、全部パァだ。急いで換気しても間に合いやしねぇから慌てて飛び出して……ってな。ただでさえこっちゃ幹部の片方削られてるってのに、こうもしてやられてたら面白かねぇ」
「そら面白かねェだろうよ。お前らに都合悪いことは喜んでやらせてもらうぜ」
少尉に張り合うようにイスルギはそんな風に啖呵を切って返した。でもってイスルギは口角を釣り上げ、悪戯っぽく俺に目配せする。確かに目線を合わせつつ、Π小隊に向かってアゴで乱暴に指して……『ほら、言ってやれよ。ウチのリーダーなんだろ?』とでも言うみたいに。イヤまぁ後半は俺の被害妄想でしかないワケだが、それでも言わないとカッコが付かないのは素人の俺でも理解できた。
というより、あそこまでコケにされてそれでもここまで来て、その上で今もボーっと黙ってるワケにはいかない。
「……銭湯開放して散々使わせてやった他人のクラフト乗っ取って、散々俺らに射線向けてきて、挙げ句“俺らが“先にやってきたみたいなことホザきやがって。喧嘩売って来といて今さら被害者ヅラかよ。何だっけ、ヤクザ風にはこういうの“筋が通ってねー”っつーんだっけ?」
「“スジ”だぁ? そんなん俺らは知りゃしねぇよ。クロサワ映画でもそういう作品あるにはあったが、あれも結局イマイチ理解出来んかったしな。ジンギ、とか言うんだったか? ……つーかヤクザだかマフィアだか知らんが、言っちまえばたかだか小悪党だろ? 自分で社会の規範から外れたクセして、自分から格好つけて“掟”だなんだって縛り作ってちゃ世話ねぇわな。ンな面倒そうなモンよくやるねぇ」
だが前に歩み出て喋る俺に対して、楽しそうな声で少尉は応じる。あからさまな煽り……つーか、そもそも楽しそうなのは声だけだった。目を上げると、男は口元だけニヤついているものの顔の上半分は怒りで石炭が燃えてるみたいだ。もはや黒い肌に青い筋が浮かび上がっているように見える、気がする。
どうやら向こうも相当に怒りを溜め込んでいるらしい。
俺らかΠ小隊、どっちがアウトローなんだか……いや、それを言ったらそもそも相手方も似たようなモンなんだった。俺は慌てて苦笑を嚙み殺す。
「ハハ、まーこういう物言いしといてアレだが、俺もそういうのはどうでもいいんだよ。俺自身、元々ヤクザでも何でもないってのは言ってたろ? 巻き込まれてリーダーに祭り上げられて、何かあったら見せしめにされるだけのトカゲの尻尾みたいなモンだよ。スジとか掟云々とかもよく分かんねーし関係無い」
そんで喧嘩は買わず談笑に乗っかってみた。こういうボケはケンカ腰になってる相手の神経をいい感じに逆撫でしてくれる(と思いたい)。ただ。
「ウチの人間全員がキレてんのは単純、もっと単純な理屈だ」
そう本音に近くなった低い声で続けて、俺は脱力させていた右腕に力を入れる。やり慣れた動作の記憶を頼りに、自分の指が”目当ての穴”の位置へと挿し込まれる感覚と、それと力んだ肘が強張る中で手首を反らせる感触と。
——勝負は一瞬。
耳馴染んだいつもの銃声が二発鳴り響いて、次の瞬間には少尉の左耳に風穴が開いていた。
「お前らは散々、他人の足場踏み荒らしてコケにしてきた。喧嘩はそっちから売ってきてんだ、こっちも買ってやるつってんだよ。ナメんな」
俺は吐き捨てて、向こうの兵士たちからどよめきが起きる。
早撃ちで俺が放った銃弾は右の腰の高さからまっすぐ立ち塞がる少尉の左耳を通ってそのまま天井に当たり火花を散らした。そしてもう一発は少尉の胸の向かってやや右(つまり左胸)、要するに心臓ド真ん中。
「……痛てぇな」
しかし少尉は耳から滴り落ちる血以外、頭の位置すら微動だにせずボソッと呟く。トンでもない胆力、いやそれ以前にどういう頑丈さしてんだコイツ……。ちなみに、その答え合わせはすぐに少尉自身がやってくれた。
「その西部劇みてぇな早撃ちはスゲぇけど残念、服の下は防弾ベスト、ってか防弾“シャツ”着てんだよ。本国の技術ってなぁ大したモンでな、こんな薄くてもちゃんとした装備まで支給してくれるんだから軍人ってのも役得だぜ。耳のほうは地味に痛ぇし音もちょい変だが……ま、別にいま聞こえてないワケでもねぇし何とかなんだろ」
なるほど、最新鋭軍用装備の成果ということらしい。それがあるにしても耳に銃撃が命中して動じもしていないというのはバケモノのメンタルと言わざるを得ないが。当然ながらそんなことがあれば、耳の穴の奥:内耳とかにだって衝撃波が飛んで傷つくこともある。そうなれば普通なら立ってられない程度には一大事だろう。
だが、それでも少尉は顔をしかめてこちらを静かに睨むだけだった。
「ハァ……とにかく、いい加減こっちも限界だ。小隊総員、命令。コイツら全員殺せ。あと最後に殺しさえするなら手段・過程は問わない。久々の“食事”といこうや」
少尉は右手をやや上げて、背後にそう命じる。兵士たちもよほどイラついていたのか、それぞれがアサルトライフルやら思い思いの自分の得物を構えることで応じた。
現在進行形で自分達に銃が突きつけられていてもお構いなし。少尉が軍服の下に着込んでいた防弾装備のおかげとかもあるんだろうが、それにしたって殺意マシマシだ。武装が銃で揃えられてないのはたぶんフローラとかマスク男みたいに、各人の殺し方に性癖とかそういうのが色々関係してるんだろう。
……まぁ、怒りがそろそろ限界だったって点についてはこっち陣営も同じだが。
「撃て! 攻撃させんな‼︎」
俺が真っ先に叫んで、背後からは待ってましたとばかりに二〇もの弾丸が牙を剥く。
こっち陣営が撃った銃弾の槍衾の効果はというとやはり薄かった。そりゃそもそも防弾されてるんだから仕方ないし、そこを攻撃させた俺も頭に血が昇っていたのは事実だ。とはいえ頭部だとか弾を防ぎきれない場所だってもちろんあるので、運悪く弾がそういうとこに当たって倒れたヤツも何人かいたみたいだったが。
そうなると、やはり軍人相手だと一瞬だけではあるが、それでも相手方を怯ませるには充分だった。
「クソ、あんま保たねーぞこんなん……!」
指示を飛ばした後の俺がやったことは、本日二度目の閃光手榴弾の投げつけ。ひし形クラフトでアリアドネ号へ乗り込む前に船内で補充していた。つか何かある度に馬鹿の一つ覚えみたくコレを使ってる気がするが、まぁ緊急事態で手段を選んでられないってことを考慮しといてくれ。そんな流れで船橋のゲート前の限られた空間に閃光と爆音が迸った。
と、ここであることに気がつく。あ、そういや手持ちの残弾がそろそろ無くなってるハズで、たぶん残り三発も無い。そして残弾ではなくエネルギーを充填するタイプの銃である左手用レーザーガンは腰の後ろに挿してあって、つまりワザワザ抜いて狙い直す余裕なんてのもない。俺、そもそも右利きだし。
「全員退避、曲がり角まで走れ!」
ってことで、俺は小隊から一旦距離を置くことにした。向こうがのたうってるのに攻撃もしないで逃げんのは勿体無いが、下手に犠牲者を出さないためには止むを得ない。
閃光手榴弾っつっても射程自体は短く半径二メートルかそこら。距離的に無事だったウチの手勢にそう叫んで急いで駆け抜ける。こうしてL字型に曲がった通路の角一つを挟んで片や俺ら・片や小隊で睨み合う状態になった。




