30:4 - 刃の閃きと炎の揺らめきにて
が、背後から“飛び掛かってくる”影と“飛び掛かっていく”影がそれを許さない。
「アキ、なに挑発してんだバカ! 煽んなって前にも言った気すんぞボケ」
「フザけんな馬鹿野郎! アキてめぇ、自分で煽っといて他人に尻拭いさせてんじゃねーよ‼︎」
一瞬置いてから、背後のケンゴと向こうのガスマスク男に殴りかかったティートの前後双方から怒声が上がった。俺の目論見は成功したといえる、一か八かではあったが。案の定、義体改造人間のティートは足にも相当な仕掛けを積んでいるらしい。いつもの壁に張り付いた動きとも違う、地面を蹴ったものとも思えない驚異的なジャンプだった。
肝心のガスマスク男はというとティートのゴツい右拳に吹っ飛ばされて背中から壁に激突している。ガスマスクが激しく揺れて、その奥の目が忌々しげに歪むのが見えた。
「ッソがぁっ、ナメやがって……!」
ガスマスク男が呪詛を吐き出す。主兵装である火炎放射器は手元から吹っ飛んでいたが、そんなんで無力化できるほどΠ小隊隊員が柔なワケもない。ヤツは両手を真っ直ぐティートに翳して腕を差し伸ばした。
「燃えてろォッ‼︎」
その叫びと共に両手の掌底の左右両脇それぞれから別のノズルが突き出て、さっきと同じように液体の弾道を計四本噴き出す。どうもヤツが着込んでいるゴツい防護服そのものに火炎放射器同様の機能が付いているらしい。ただ、火炎放射器に比べるとやはり取り回しのしづらさが大きいようだ。あくまで副兵装か。
そう思い至ったのは瞬時に飛び退いたティートまで炎が届かなかったからだ。あくまで近づいたときの非常用、そう考えるには充分な証拠といえた。
「……ッフ!」
一方、フローラもこんなタイミングを逃すような人間ではないのだろう。音をなるべく立てないようにマリアに向かってハンティングナイフを投げた。宙に弧を描くどころか真っ直ぐ直線的にナイフは女の首筋に突き刺さろうとして……。
「っひ……」
「アンタさぁ、なに勝手に手ェ出してんの?」
こちらは投げられたカランビットナイフがフローラのナイフを弾き飛ばす。そしてアデリアの怒気を孕んだ声が貨物庫中に響き渡った。弾かれたハンティングナイフはまた伸縮自在のワイヤーに引っ張られてフローラの手元へと帰っていく。
「さすがにドサクサ紛れにやろうとしても通じないわよねぇ……あなた抜け目無さそうだもの」
「その喋り方やめろっての! めっちゃムカつく‼︎」
「あら、ワザとに決まってるじゃない。こういうときは冷静さを無くしたほうが負けるのよ?」
こっちはこっちで一触即発だ。マリアに被害は出なかったものの、アデリアとフローラ双方から漏れ出るような殺気で背筋を切り裂かれそうな気さえしてくる。
「まぁ何でもいいわ、あなたもコウモリならとっととかかってらっしゃいな。炎で分断されてても飛べるんだから関係ないでしょ? ショーンは他に気を取られてて狙ってないんだし。怖気付いてくれるなら好都合なのだけど」
「うるせぇっ!」
そんな感じに双方が吠えた。
一方俺はというと。
汗の塩気が口内に入ってきたような、そんな感じがする。口内を痺れさせるような緊張感というか、それに似た塩辛さというか。……まぁ、口で息をしながら体を激しく動かしてんだから実際に汗を舐めていても無理も無いか。
ガスマスク男はバネ仕掛けか何かのように、壁際から落とした火炎放射器まで駆け寄って拾い上げた。主兵装を取り戻したのなら当然、次の行動は攻撃だ。もはや叫ぶこともなく得物のノズルから炎を撒き散らした。ヤツの火炎放射器は可燃液を燃やすことで炎を噴き出しているワケで、飛び散った火が余計に足元を分断していく。
お返しとばかりに、俺は両手の銃でガスマスク男の足元に追撃を撃ち込んだ。
「ッふ!」
「あら、ナイフ振り回すだけでダンマリ? お話ししましょうよぉ、ねぇ⁉︎」
「ッ誰がっ……ぅらぁッ! ッチっ、あーしがこーゆーのも変だけどもっとマジメにやれっての!」
その一方で、アデリアとフローラは互いの得物で互いの喉笛を掻っ切ろうと躍起になっている。二人が刃物を振りかざして至近距離でやりあっているせいで、ルチやマリアといった周りを囲む連中は加勢も出来ずに見ているだけの状態だった。何とか支援しようとしても何も出来ず、結局ただ見守るだけになっている。
「マジメ? 何ソレ、そんなの上官相手だけで充分でしょ。さっき言ったみたいに揺さぶり以上の意味なんて無いんだから!」
「……クソっ、ムカつく‼︎」
フローラは相も変わらず飄々としたおちょくりに余念がない。それを相手にしているアデリアのボルテージは相当限界点に近づいているらしかった。
「ハハッ、向こうも面倒そうだ」
「あの野郎、ヨソ気にしてる場合かよ……」
笑うガスマスク男に聞こえないよう、ティートが毒づくのが微かに聞こえた。
男が向こうの騒ぎに気を取られている隙に、俺の近くで控えていたアイツは左手を男に向けて真っ直ぐに伸ばす。それこそヤモリよろしく右手と両足で銭湯の外壁に張り付いて、地面からの火の手からは上手い具合に距離を置いている。そしてアイツの腕に積まれた義体といえば。
「焦げとけや‼︎」
そのゴツい前腕部から何かが射出された。恐ろしい弾速の影と火花が辺りを奔る。しかしティートの叫びを察知していたガスマスク男は傍へと大きく飛び退いて躱した。いくら速くても、撃つタイミングを読まれてたんなら意味はない。
そんで、床に突き立って刺さらずに転がったのは見覚えのある鉄片だった。相変わらず三日月型の薄い形状で、やっぱり穴が四つ並んでいる。
「っらぁッ‼︎」
ティートの上腕から閃光が走った。前にアレを食らったのを記憶の端から手繰り寄せる。そうだった、アイツは義体のおかげで高圧電流を扱えるんだった。しかも一体どういうカラクリか、あの異様にゴツい上腕から撃ち出してた鉄片までの直線距離を逸れることなく放電することが出来るらしい。
……もはや物理法則ほぼ無視じゃねーか。
俺の心のツッコミを誰かが聞きつけることもないまま、床を燃える炎に火花が混ざって派手に巻き上がる。




