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04:4 - 揺れる水牛の角の先にて

「ヘッ……荒れてんな、潮時ってヤツじゃねぇか?」


 不意に野獣みたいな野太い声が挙がる。明らかにイラついた声だ。見ると人だかりが後ろの方から二つに割れ、その奥から水牛系牛人種(キャトル)のゴツい男が歩み出てくるところだった。


 ソイツは高そうなスーツに付く土埃は無視して、黒い手袋がはめられた手でポケットから小包装に包まれた黄色い飴玉を摘み上げると、わざわざマスクを外してから包装を破って飴玉を口内へと放り込む。歳の頃でいえば四〇代半ば……つまりイスルギより一回りほど歳上だろうか。そして素知らぬ顔でマスクを被り直した。たぶん、身なりの感じから見ても相当上の立場の人間だろう。こんな奴が今更こういう場に出てくるということは、状況がいよいよもってマズくなったのは言うまでもない。

 というか正直、削岩車の周りにコイツらが集まり始めた時から若干空気がおかしかった気はしていたし、こうなること自体は予測できなかったわけではない、と思う。ただ、そのことをイスルギ本人に伝えたものの、アイツは「そういう“膿み”は早いうちに出しといたほうが良い」と分かってんだか分かってないんだかという感じのコメントを寄越したきりだった。


 明らか膿みを出すどころで済まないのは分かると思うんだが、気骨はあるハズなのに冴えてんだか薄らボケてんだかイマイチよく分からんヤツというのが今のところの俺の中でのコイツの評価だ。



「……」


「タチバナ、下がってろ」


「……はい」


「……兄貴分つーか、若頭(カシラ)として言わせてもらうが……お前デケぇ顔しすぎだ。そもそもこんなことなったのは交渉しくじったテメぇの責任だろ、何で破門されて反省するどころか代表ヅラして調子乗ってんだよ、あぁ?」



 タチバナを下がらせた後でマスクの下でカラカラと飴玉を転がす音を鳴らしつつ、フチザキと呼ばれた男はイスルギを糾弾していくことにしたようだった。

 若頭補佐(イスルギ)にとっての“兄貴分”にあたる人間がまだこの七隻分から出てくるとは思わなかったが、昨日の会話の中にあった俺に接触する人物が誰になるかで一悶着あったとかいう話をぼんやりと思い出した。そりゃ、余所者である俺ら相手に組織の幹部である若頭補佐がノコノコ一人で会いにくるのは無用心すぎるとは思っていたが……更に上の人間までいることを考えると、俺はよっぽど警戒されているらしい。


「い、いや……俺はこうなった“責任”が自分にあると思って、自分の組のヤツらとアサゴ組をまとめて指導することで何とか場を収めようと——


「それが出過ぎたマネだっつってんのがわかんねぇか、なぁ」


「…………すみません」



 分かりやすく目線を伏せながらイスルギは声を詰まらせ、間髪入れずにフチザキの鋭い声が飛ぶ。『責任』という重い言葉をイスルギが口にした瞬間、部下たちがにわかに騒がしくなった。



「ハッキリ言わせてもらう。ウチはポカやったヤツを後生大事に飼っててやるような慈善団体じゃねぇんだよ。とっとと組から失せろ」


「……さっきいってた潮時ってヤツですか? 生憎ですが、組長直々に言われてるんです。『状況が状況だから、破門にするのはここにいる組員全員が火星から脱出するか死ぬかするまでは保留にしといてやる』とのことでした。逆に言えば、破門されるまでは若頭補佐としての義務を全うしなければ——


「は? 親父の怒鳴り声を俺らが聞き間違えるとか本気で思ってんのか」


「いくらあの人でも、会話の全てを怒鳴り声で通すワケないでしょ」


「そもそも昨日クラフト中に聞こえてたあの怒鳴り声が全部聞き間違いで、親父が本当にそんな優しいこと言ってたとしてだ。……だとしても、俺は自分の耳で聞いたことしか信じる気はねぇぞ」



 ある種の開き直りともとれるが、要するに『本人がいないから知ったこっちゃない』ということらしい。

 この一言で、さっきからザワつき始めていた周りがいよいよ以て騒がしくなる。もはや本来の目的だったハズの講義の内容もそっちのけで、皆が口々にヤジを飛ばし始めた。上司同士の詰り合いも、コイツらにとっては見せ物と同じだ。いや、今のような状況だからこそなんだろうか。



「……つまりアニキは組長(オヤジ)の意思を確認する気もないと?」


「……ヘッ、お前……誘導下手だな。ここで俺に組長(オヤジ)を裏切らせようたってそうはいくかよ。この会話、レコーダーで録音でもしてんのか? しょーもねぇ。こういうときに何言わそうとしてんのかを自分から喋るのは自白し(うたっ)ちまうのと同じだって教えたろうが、え? 知能派気取ってるくせに策謀(えをかくの)が下手なのは昔っから変わんねぇなぁ。これで言質取ろうとかいうお粗末なハナシなんだったら笑ってやるよ」



 もはや空気そのものがヒリつき始めたような錯覚を覚える。いつ撃ち合いに発展してもおかしくない。興奮したらしいケンゴの『やっちまえ!』という声が場を更に煽って、そしてイスルギの目の色が変わった。

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