27:1 - 怒号と静寂の狭間にて
ゲット・バック・ウィズ(get back with 〜)
:〜(人)とヨリを戻す・つまり一度バラバラになった関係を元に戻すこと。この「ヨリ」とは紐や糸を捻り合わせること意味する「縒る」という言葉から来ている。極道の世界でも、こじれた関係を修復する際などに使われる言葉。
「あ⁉︎ 今なんつった⁉︎」
どうも辺りのあまりの音量にケンゴの耳は相当やられているようで、相手方による怒涛の発砲音にも負けないくらいの大声で俺に尋ねてくる。正直アホほどうるさい。
「どうすべきか“見えた”かも、っつー話だ」
聞こえてたかも分からない(というか確実に聞こえていない)いつも通りの音量で俺はそう返すと、二挺の拳銃を抜いて右側の方を向いた。視線はまっすぐこのフロアの壁、そこにある配電盤が収められている四角の箱、その——
「頼むからそっちは壊れんなよ……⁉︎」
——下や真横から伸びる太いコードの束に向けて、銃弾とレーザーの射線を叩き込んだ。
そして配電盤の周りに射撃が突き刺さって、一気に爆竹が爆ぜるような派手な音と共に火花が吹き出す。この上のフロアの、通路を照らせるほどに火花を散らしていたコードや配電盤と同じように。
「ラッシュ‼︎‼︎‼︎」
「なっ⁉︎」
「畜生、なんだ⁉︎」
ヤツらは思わずそっちの方を“向いてしまう”。さっきの予想が外れた反応のようだがそうじゃない、むしろドンピシャ。俺はヤツらとここの間の直線上でなら何が起きても今さら動揺はしないだろうと予想していた。つまり、アイツらが予想もしていない全く別の方向からの刺激ならば。
ヤツらが配電盤に注目したのと同時に、ラッシュが声もなく立ち並ぶ遮蔽物の隙間を駆け抜ける。鶏人種の脚力と瞬発力ならこんな距離なんでもない。そしてメカニックは何かの工具と鋭い金属部品が剥き出しになったコードを握りしめて飛び出した。……駆け寄っていくアイツの姿に気づいた相手方の一人から撃たれてもなお。
「走れ! 止まんな‼︎」
俺の叫びにビクついたみたいに、ラッシュは真正面から銃を構えられて体が一瞬こわばる。しかしそれでもアイツは止まらなかった。銃を持ち歩いていなかったからこその武器だったのだろう、引鉄を引かれる前にラッシュはアンダースローの体勢から重い工具を放り上げる。そのまま宙に踊った工具は容赦無く目の前の男の頭部にメリ込んで、アイツ自身は床を力強く蹴り込み空中から相手集団の中心へと飛び込んだ。
「オイお前ら‼︎ ビビんな、後に続け‼︎」
イスルギが叫んで、その声に応じて遮蔽物に隠れていた全員がそれぞれの武器を手に走り出した。
そうでなくても元々は十人も残ってないような集団だ。その上でそんな集団の中に鈍器を持った運動能力の高い人間が突っ込み、自分たちはライフルみたいな近距離では比較的取り回しづらい得物を担いだ状態で密集していて、おまけに壁のコードからの火花で動揺している。
まぁ要するに、さらに加勢に雪崩れ込まれて、それで咄嗟に抵抗できるような余裕は向こうに残っていなかった。
「気ぃ済んだか、タチバナ」
イスルギがしゃがみ、足や腕を撃たれ仰向けに動けなくなった状態で最後に残ったタチバナの額に銃口を押し当てる。つまり他は例外なく殺された後だ。
「クソッ、ご、カハっ…………何スか……俺も、フチザキみて、ぇに……取り調べです、か?」
「今さらそんなじゃねェよ。ま、フロウ=ライツとかいう輩とかはどっから降って湧いたか気になるけどな」
自分の血でむせて苦虫を噛み潰したような表情すら出来ないらしいタチバナに、無表情のイスルギはギャップのあるくらいに余裕げな声色で言った。そのチグハグ感のある表情からはなぜか凄まじいまでの怒りを感じる。気がする。
「……何てこと……ない、で、すよ……。Π小隊、に……グッ……撃墜された、アイツらは……救難信号で、外部との、接触を図ってた……っつーだけ、です…………ゲホごほッ、ガハっ」
「おーおー、わざわざ説明してくれんのな。ご苦労、死ね」
イスルギは無表情のまま引鉄を引いた。
パァンっ
瞬時に風船が割れたみたいな音が起きて、タチバナの頭に風穴が空く。銃弾は頭部を貫通して容赦無くタチバナの肉体を押しのけ、ヤツの真下の床に血溜まりを作った。
「で、アキよぉ。ラッシュちゃんどうなった? 今すぐ上に連れてきゃ手当できるか」
急に気でも取り直したみたいにイスルギがボソッとこぼす。何だ、コイツもラッシュのことは気になってたのか、いやそれよりも。
「あぁお前、気づいてねーのか。見てみろあれ」
俺はラッシュの方をアゴで指して見るように促した。で、視線の先のラッシュはというと。
「えほっ、ゴホ……イヤほら見てよ、大丈夫だったって! そりゃ、さっきは殴られちゃったケドさ……」
思いのほかケロッとしている。
アイツの顔には確かに銃身か何か硬いもので殴られた後と出血があったが、どうも今は興奮状態なのかそれほど痛みは感じていないようだった。心配しているらしいルチに向かって何やら事情説明している。このフロアで作業している間にメカニック同士意気投合でもしたんだろうか。
……とはいえ、今は興奮状態もあって気にはならないとかだろうが、アイツは初めて“自分の意志で人を殺した”。現状に慣れたのもあるんだろうが、そもそも以前は人の死を目撃しただけでもあんな動揺していたのだ。後々で遅れて味わうことになるだろう苦しみはどんぐらいのもんだろうか。
話を戻そう、俺がラッシュに突っ込ませても大丈夫なことに気づいてたのは、立ち並ぶ遮蔽物の最前列ともいえる手前からアイツを近距離で目撃していたからだ。どの方向から銃撃戦に巻き込まれたにしても、他にエンジンルームに乗り込んでいた面々と比べて不自然なまでに無傷だった。ここに関しては、単に弾丸が外れただけかと思いきや実際にはそうでもなかったって部分で。
フワリ
ラッシュの頭上を何かがくるくると飛んでいた。壁に衝突したみたいに変形した金属片……紛れもない銃弾が宙に浮いて漂っている。というか重力に逆らって空中に浮いている時点で原因は一目瞭然というヤツ。
つまりラッシュの周りを常に漂って未だにアイツから離れる気配のない小さな結晶のシグナリアン・通称シギィだろう。
「ほら! この子があの念動力? みたいな力でかばってくれたんだよ‼︎ だから大丈夫だって‼︎」
思えば前からも似たような力で俺ら……ではなく、たぶんラッシュのことを守っていた。どうもアイツは相当あの結晶に気に入られているらしい。意思疎通なんて殆どできないだろうに、どういうことなんだか。
「……だとよ」
「いつの間にあんなことになってんだ? いやまぁ、そりゃ別にいいんだが……」
俺は若干の呆れも混ぜつつそう吐き出し、イスルギも似たような言葉を呟く。まぁ、あの一人と一匹(という単位ですらない気もするが)の事情に首を突っ込むようなものでもないだろう。
「で、こっから漸くΠ小隊のヤツらの対処に乗り出せるワケだ。くそっ、タチバナの野郎手こずらせやがってよ……」
気を取り直したような声色を出そうとしつつも、イスルギは一仕事終えたようにも苦々しげにも、それでいてどこか寂しげにも見えるような、そういう形容し難いような顔で言った。




