04:3 - 立ち籠める疑念の中にて
翌日。つまり火星二日目。
相も変わらず、青い朝陽が昇ってから空がまた赤褐色に戻った頃、イスルギも含めた『教育部』は黒塗りのクラフトのクルー全員を彼らの船とアリアドネ号の間の何もない中間地点に集めていた。その数にして生き残りだけでも七隻で一四六名、アリアドネ号の俺たち四人を足せば今や総勢一五〇名にも上る大所帯だ。言うまでもなく、各人の顔は防塵マスクでよく見えない。
「なぁ、結局コレ何やんだよ」
「オレら下っ端への事情説明……で良いのか?」
俺がいるのは、何やらザワつく人だかりを前にして聳えるパワーショベル似の工業用重機の足許だ。防塵マスクの下に人工太陽の日差し対策でサングラスをかけている以外は昨日と同じ格好をしている。隣に立つイスルギはジャケットを脱いでサックスブルーのシャツ姿で腕まくりという出で立ちで、強風に運ばれる砂塵でマスクのレンズが曇るのをしきりに拭いていた。
犬人種の鼻に塵は大敵だ。そう考えると、コイツは本当に火星に来たくなかったのだろう。背後の重機からはラッシュか操縦席でガチャガチャとレバーを弄っている音が聞こえてくる。
イヴとベイファンはアリアドネ号にて留守番で不在。見にこなくて良いのか尋ねたら、「流石に空っぽのクラフトを放ったらかしにして非合法集団の前に出る度胸は僕には無いなぁ」と苦笑混じりに返された。
まぁ何はともあれ、いま目の前の火星の荒野には一四八名もの人間(うちの一四六名はヤクザ)が集合しているワケで、“壮観”という表現は若干間違っている気がするものの、全体的になかなかの迫力があった。
ちなみに“工業用重機”というのは、昨日の貨物庫の会議で錆の匂いを放っていたアレだ。全高だけでも三メートル近く、全長に至ってはアーム抜きでも二五メートルにも上る真っ赤に塗装されたその鋼の威容の正体は超大型の岩盤掘削用の削岩特殊車両……らしい。その見た目をかいつまんで説明すると、大型ブルドーザーの右手前方からパワーショベル似の炭素鋼製アームが生えていて、その先端に巨大なウニが刺さったような見た目をしている。いや、字面にすると意味不明だろうが、テキトーな画像検索エンジンで「削孔機械」とでも検索してみて欲しい。何が言いたいのかわかると思う。
乱暴に言ってしまうと、この針一本一本がドリルになっている巨大ウニを更に回転させ地面やらを掘り進んでいくのだ。どう言えば良いのかよくわからないので短く『削岩車』と呼ぶことにする。鳥類型亜人であり腕がほぼ使えないラッシュのために、操縦席が足中心で操作できるよう調整されている以外は特に変わったことはないが、そうでなくともヤクザに馴染みがある類の重機とはいえないようには思う。
まぁ、だからってこういう物珍しさで気を引ける連中でもないだろうが……。
「えっと、みんな良いかな? 今日の講師役のレイチェルです、レイチェル・ナッシュ。よろしくね。さてと……こほん、見てわかる通りアタシたちは今かなり危ない状況にある。けど同時に、かつてないほどの稼ぎ時でもあるの。まず前提としてなんだけど、みんなが乗ってきたクラフトあるでしょ? そもそもアレには火星からしか採れない特殊な金属が使われてて……」
ラッシュは削岩車から降りるとヤクザたちに向けて講義を始めた。
昨日の会議解散後、イスルギ率いるヤクザ一派は脱出を試みてみたり、やはり一定高度以上から機械全般に不具合が生じ始めてあえなく断念したり、そこから更に自分の組の奴らと遅くまで会合をしていたと、イスルギを通してさっきわざわざ俺たちにまで事細かく報告してきた。文句らしい文句も言ってこないあたりこんなことになってる原因として思うところがあるんだろう。
その前に俺たちが決めた教育方針は『取り敢えず実技の手本から始める』という至極当たり前のことだった。まぁ若干の偏見は認めざるを得ないが、座学よりも体を動かしたいというヤツは多そうだし、何より最初の授業だから重要なことを分かりやすく尚且つ派手にやるのが良いのでは、というのが会議の結論である。その点で言えば、巨大な掘削機械は視覚的にインパクトがあるし、目の前でカネになる実物を掘り出すのだから『自分が金儲けの根幹を担うことになる』という実感も湧きやすいハズ。……と考えたのだが。
どうも部下たちにとってはそれ以前の問題らしい。
「あの、イスルギさん」
部下の一人と思しきダークスーツの男がラッシュを無視してイスルギの前に進み出た。どう見ても何かある様子だ。獲物を睨み付ける蛇の目のように、防塵マスクの奥から覗いている三白眼の目は完全に据わっている。尾の形状から見て……蛇じゃなくて鰐人種か。異常をいち早く察したラッシュが削岩車の操縦を止めて、辺りは水を打ったように静まり返った。
「あ? なんだよ」
「俺らがこんなことになってるのって、イスルギさんの凡ミスが原因って聞いたんですが」
「……悪いタチバナ、それは事実だ」
マズい。それを認めてしまうとこの先の講習が立ちいかなくなる恐れがある。そりゃ自分の失敗を認めない上司ほどイヤなものはないが、かといってこうもアッサリ認めてしまうのも問題だろう。今に限って言えば逆効果になりかねない。
「これが俺とイスルギさんだけの話なら謝罪だけでも良いんですけど。……でもここにいるヤツ皆が巻き添え喰らってるワケですし、というかいつ死んでもおかしくない状況ですし。何よりアンタ、組長からケジメらしいケジメつけさせられてないって話じゃないですか」
「破門はされた」
「たかが黒字破門でしょ⁉︎ 絶縁じゃねーんだ、結局時間おいてカネさえ払えば組に戻れるじゃねーか‼︎ アンタは確かに親父のお気に入りだった、けど俺ら一四五人の組員巻き添えで無駄死させかけといてケジメそんだけってフザケてんのか、あぁ⁉︎」
あまりにも堂々巡りの会話に痺れを切らしたのか、タチバナは語勢を荒らげて捲し立てた。敬語なんて跡形もない。
「じゃあ今ここで俺が指詰めりゃお前は落ち着くんだな? 十分——いや、五分待てるか」
「それじゃ『俺に言われたから仕方なく指詰めます』って自分で言ってるようなもんだろーがよ。アンタの指一本程度で済む話でもねーし、第一スジが通ってねー」
いきり立つタチバナにイスルギは冷静な言葉を返すが、そうはいっても状況が状況だ。ハタから見れば、“部下にミスを指摘されたイスルギが開き直って憮然としている図”に見えなくもないし、他の部下たちには実際そう見えてるんだろう。雰囲気が“更に”殺気立ち始めた気がした。




