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04:1 - 翌日に備えた作戦会議にて

タービュランス(turbulence)

:乱気流、車両の通過により乱れた空気の流れのこと。つまり車体を煽る余計な風のことであり、ここを駆け抜けると空力バランスの乱れからマシンの挙動に大きな影響を及ぼす。ダーティ・エア(汚れた空気)とも。

 さて、そもそもこのレースにおいて「エンジン停止・然るのち墜落」という自殺行為がよりにもよって正式なレース規定にまで含まれている理由は、ひとえに目的地のエリア・ニュクスの特殊さに関係している。若干ややこしいのでその歴史を順を追って説明させてほしい。



 まず、「火星を探査する上で地球から衛星写真を眺めるだけでは不十分だ」ってのは皆が同意してくれると思う。

 でも今みたくクラフトで直接火星に行きゃ良いって風にはいかない。何故ならこれは数百年も昔の話だからだ。当時、火星といえば生身の人間一人送れないような遠い場所だった。


 そこで「グライダー型自律機動ドローンによる無人探査」と言うアイディアが二十一世紀前半頃には考え出されてたんだが、その計画が終了したのは三〇〇年もの歳月が流れた後。しかも、計画は「完遂」されたんじゃなく「終了」したに過ぎなかった。プロジェクトがこんな形で頓挫した理由はたった一つ。


 ドローンがとある地域に差し掛かると『必ず壊れた』からだ。


 最初でこそ地域的な気象の変化や部品の劣化などが原因と考えられていたが、これが十回、何十回と繰り返されると事情は変わってくる。衛星写真でこそ何の変哲もない大地が見えているが、本当はもっと違う何かがあるんじゃないか? 科学者たちがそう考えるまで時間はかからなかった。


 何十機というドローンの停止位置から割り出された「巨大空白地帯」の広さは約三五〇万平方キロメートル。小ぶりの大陸レベルの大きさだ。更に困ったことに、ドローンたちが空白地帯に近づくにつれてカメラの画像には急速にノイズが混じっていって、最終的に停止直前に撮影された画像の中で使用に耐えうる物は一枚たりとも存在しなかったって話もある。ま、どーにもならんよな。


『機械が壊れるなら、機械を一度完全に停止させて大気圏から落下させた後に人力で機械を再起動させるしかない』。結局それがプロジェクトチームが出した結論だった。つまり、生命維持装置を絶対に停止できない当時の宇宙飛行士には不可能なミッションってワケだ。この結果は「人類の科学の敗北」という苦々しい記憶として人類史に刻まれることになった。


 でも、そこから更に四〇〇年以上かけて衛星(フォボス)の恒星化……つまり火星にとっての“月”にあたる星の一つを丸まんま『代替品の太陽』に改造することで太陽を二つに増やしてみたり、過酷な環境にも耐えられるように人間と動物の遺伝子を掛け合わせ身体を強化した亜人種(デミヒューマン)を作り出して人類を大幅拡張してみたり、挙げ句の果てには火星の重力場を強化するシステムまで作り出して植物を根付かせ、それで大気を地球並みに改造したことで火星の惑星地球化(テラフォーミング)に成功した今だからこそ、こうして——




「……ダメだ、興味持てねェ」


「イスルギ君が言っちゃうからには失敗と考えるより他ないね。序文で方向性をハッキリさせるのは良いけど、やっぱり専門用語が多すぎる」


「もっとテンポ良く進めないとあの人たちの集中力保たないんじゃないかしら」


「この“ジュギョー”って、要するに日本式のレッスンなんだよね? でもこれじゃ、やる気ない人相手に受講させるのはキツくない?」



 四者四様のダメ出しが飛んでくる。うるせぇ、俺だってキツかったわ。


 協定を結んで更に数時間後。イスルギが何やら自分の組のメンバーとの会合とやらを終えた後、また俺たちはアリアドネ号のだだっ広い貨物庫の中心に集合してヤクザたちの教師役になるべく授業の内容を練っていた。『自分の組』というのは、そのまんまイスルギを組長とする組だ。発足したての現状は母体であるアサゴ組の下部組織として活動しているのだという。ケンゴと名乗ったあの若い(つっても同い年らしいが)チンピラも此処が正式な所属らしかった。



 話を戻そう。で、日本育ちの俺は当然のようにホワイトボードの前で見よう見まねで日本式の授業を実演してみたワケだが、その結果が惨憺たる有様(こんなこと)になっている。慣れないことはするもんじゃない。倉庫の隅に佇んでいる重機から漂う錆の匂いが余計に重苦しい。


「っていうか、予習復習もさせずに話を聞くだけってやっぱダメだよ。勉強させてる意味無いんじゃない?」


 意外にも攻撃的なのがラッシュだ。勉強が嫌いな部類だと勝手に思っていたが実際はこの通り、メカニックだけあって機械工学の専門書なんかもよく読んでいたというからにはたぶん嘘や見栄ではないんだろう。曰く「アタシ天才だから!」だそうだ。

 いかにもアメリカっぽい(と言っても、俺はこのステロタイプなアメリカ人像しか知らないとはいえ)強烈な自負は仲間として頼もしい限りではあるが。



 後の二人なんて比べるのも烏滸(おこ)がましいレベルだろう。ベイファンなんて俺よりちょい歳上程度にしてウチの頭脳と呼ぶに相応しい才媛に違いないし、イヴにしても付き合いは浅いがレース運営から伝令役に任命されてる時点で相当頭は切れるとみて間違いない。

 それにイスルギだって高校中退とか言っていたが真偽はどうあれ、無学の輩にあの交渉の時の流れるような受け答えが出来るとは到底思えない。


 その一方で俺はと言うと、衝動的・刹那的に生きるようになってだいぶ経つ。“その前”ならともかく、今では人生設計もメチャクチャになってる時点で“頭脳明晰”とはとても言えない。……あぁ何たる、なし崩し的にリーダーの座に収まっているだけとはいえ、船長の俺がこの船で最もバカとは!

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