『 大丈夫 』
刹那の破片『夢の中で……』を執筆したときに、
綴った片割れだったような気がする……。
どちらにするか迷って、セツナがアルトを背負う方を選んだはず。
ということで、もう一つの方を手直しして公開。
《 お知らせ 》
2024年3月5日(火曜日)に
『刹那の風景五巻:68番目の元勇者と晩夏の宴』が、
ドラゴンノベルス様から刊行されます。
詳しくは、活動報告を見ていただけると嬉しいです!
【アルト】
「アルト」
師匠の優しい声が俺の耳に届き、俺は顔を上げた。
「大丈夫?」
そう聞かれた理由は、俺の歩く速度が遅くなったからだろう。
師匠の心配そうな眼差しに、一瞬歩くのが遅くなっている理由を話そうかと考えた。
でも、結局俺はいわないことを選んだ。
「だいじょうぶ」
「本当に?」
「うん」
「体調が悪くなったりしたら、我慢しないで教えてね」
その言葉は師匠の弟子になってから、何度も何度も俺にかけてくれている言葉だった。
奴隷商人に殺されかけていたところを助けられてから、ずっと……。
どれほど足が痛くても、どれほど休みたいと思っていても、どれほど辛くても、
奴隷商人は一度も俺にそんな優しい言葉をかけてくれたことはなかった。
だけど師匠は、いつも俺を気遣って今みたいに優しい言葉をかけてくれた。
それなのに、俺は師匠に本当のことをいえない。足の踵が痛いといえないでいたんだ。
だって、怖いから。
本当のことをいって、嫌な顔をされたらどうしようって、
足手まといだから、俺のこともういらないっていわれたらどうしようって……。
そんなことを思われるぐらいなら、歩くたびに足の踵がズキズキと痛んでも、
靴を脱ぎたいと思っても、我慢した方がはるかにましだと思った。
(……)
師匠はそんな人じゃないとわかってる。奴隷商人みたいな人じゃないと知ってる。
だけど、それでも……俺は心の底から、師匠に嫌われることが怖いんだ。
「……はい、ししょう」
師匠を見上げながら頷くと師匠は困ったように笑い、俺の頭を軽くなでてくれた。
どうして、師匠が困ったように笑ったのかがわからない。
でも、俺がそのことを尋ねるよりも早く師匠が口を開いた。
「問題がないのなら進もうか」
そういって、師匠はまた歩き出した。
俺は、歩くたびに痛む足を憂鬱に思いながら、覚悟を決めて一歩踏み出した。
(痛くない……)
痛みがくると思って警戒していたのに、痛みは全く襲ってこなかった。
気のせいかもしれないと思い、恐る恐る数歩歩いてみるけれど、
今までの痛みが嘘だったかのように普通に歩けた。
どうしてと考えて、すぐに師匠が治してくれたのだと気付く。
少し前をいく師匠の背中を目で追うと、
師匠がゆっくりと振り返って「アルト」と俺を呼んだ。
師匠のその表情はとても穏やかで、俺を呼ぶ声も優しい。
(ああそうか。師匠が困ったように笑っていたのは、
俺の嘘を見抜いていたからだったんだ)
それでも、師匠は何もいわず黙って俺の足を治してくれたんだ。
俺はそのことが嬉しくて、少し空いた距離を走って詰める。
だけど、何をいっていいのかわからなくて、黙って師匠を見上げていると、
師匠は俺と視線を合わせてからもう一度「大丈夫?」と聞いてくれた。
「だいじょぶ!」
今度は嘘ではなく本当に大丈夫だということを伝えると、
師匠は「よかった」といって嬉しそうに笑った。
(……)
俺はその師匠の笑みを見て、俺が辛くないことを喜んでくれた師匠を見て、
次に体調が悪くなったら正直に答えようと決めた。
怖いけど。やっぱり不安は消えないけれど。
きっと師匠は今日と同じように笑ってくれるに違いないから……。
俺は、少し勇気をだしてみようと思ったんだ。





