思い出のオルゴールの音色は、合い言葉へと変わる
娘の美咲が事故に遭ったと聞いて、私は動揺し膝から崩れ落ちそうになった。理由は猫型木彫人形のオルゴール⋯⋯私の苦い想い出の詰まった、ギフトのせいだ。
処分を決意した木枯らし吹き荒れる冬の朝、美咲の言葉でオルゴールだけは残した。壊れた尻尾の修理をする‥‥そう娘が告げた時から胸騒ぎがしていた。
そして事故が起きた。不安定な春の気まぐれな雷雨。修理を終えたオルゴールを受け取って、仕方なく雨宿りをする美咲に、視界を雨に奪われたトラックが突っ込んだのだ。
壊れた自転車と、娘から異界に引き込まれた話を聞いて、無事で良かったと涙した。ただガラスの風鈴や、舞踏会っぽい結婚式会場の話を聞いて、あの時処分すれば良かったと後悔した。
「大丈夫だよお母さん。あいつのいる世界ごと、私とこの猫ちゃんが壊してやったからさ」
美味しそうに、はちみつたっぷりかけたホットケーキを食べながら、エヘンッと胸を張る娘と子猫ちゃん。
「⋯⋯子猫ちゃん?!」
「そうだよ。あのオルゴールの猫ちゃん人形は、もともと高名な細工師が作ったもの何だって。この子はオルゴールの妖精? みたいな存在だよ」
物に宿る付喪神様みたいなものなのか、美咲の肩にあまりに自然に乗ってクリームを鼻につけてペロペロしている。
リサイクルショップで引き取られた故人の遺物を、たまたま和也が手に入れ綺麗に磨いただけだった。私は真相を知らされ、過去の自分の見る目のなさを嘆きたくなったが、今は愛する夫と娘に囲まれて幸せなので良しとした。
「それにしても美咲⋯⋯何でそんな事がわかるの?」
「ガラスの風鈴に閉じ込められた時に、猫ちゃんと話せるようになったからだよ」
美咲はこのオルゴールの猫ちゃんだけではなく、猫ちゃんたちの言葉が分かるようになった。
「お父さんと、お母さんしか信じてくれないんだけどね」
そんな心優しい娘も、高校を卒業し都内の大学へと進学した。寮生活とはいえ、一人暮らしとなる。親としては心配だったが、娘にはカノンと名付けられた猫ちゃんが付いているから大丈夫。
「むしろお母さんたちの方が心配だよ」
帰省出来ない娘から手紙や年賀状が届く。いつの間にか私たちの間に決まった合い言葉は、「思い出のオルゴール」
オルゴールに宿っていた猫型木彫人形の猫ちゃんは元気に、今も手紙を使って私と娘の間を行き来しているのだ。
────でもね、美咲。サバイバル部は危ないから、止めたほうがいいかなと思うのよ。
お読みいただきありがとうございました。
「思い出のオルゴールの音色」 短編連作はこれにて終了です。最後は全ワードを使った物語になりました。




