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あなたの番になりたかった  作者: 片山絢森
1.竜の城で

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5.秘密


    ***



 それからしばらく体を休め――また眠ってしまった事には本当に驚いた――気づけば夜になっていた。

 少し喉が渇いていたが、近くに果物の皿があるのに気づいてあ、と思う。おそらくファナの差配だろう。手と顔を洗うための水もそばにあり、数枚の布が重ねてあった。


 ファナの心遣いに感謝して、簡単に身支度を調える。

 床に座り、アイナはブドウを手に取った。


 表面がつやつやして、一粒が大きい。

 プツリと皮を噛み切ると、濃い甘みが広がった。


 何粒か食べて喉を潤し、手と口をぬぐって息をつく。ザクロとパルも置いてあり、少し笑って一口食べた。

 相変わらず、ものすごくおいしい。単体でも十分おいしいけれど、二つ一緒に食べると、とんでもなくおいしい。


 ザクロだけ一粒食べて、パルだけ一切れ食べてみる。どちらもおいしいと頷いてから、両方一緒に口にする。うん、どうしてこんな味になるのか、本当によく分からない。でも、おいしい。ものすごくおいしい。


「ザクロ殺し、かぁ……」


 ――ガルゼルはこの食べ方を知っていたのだろうか。


 ふとそんな事を思ってしまい、アイナは慌てて首を振った。

 あの国での出来事は思い出したくない。それなのに、どうして考えてしまうのだろう。まだ怖いからだろうか、それとも。


 もう一度首を振り、アイナはそれ以上の想像を追い払った。

 窓を開けると、爽やかな風が吹き込んできた。


 アイナのいる部屋は二階で、庭園を見下ろす位置にある。今は闇に沈んでいるが、昼間は色とりどりの花が咲き誇り、庭園を華やかに彩っていた。

 空には月が出ていて、ぼんやりと緑の庭を照らしている。


「……あれ?」


 その時ふと、アイナの目に何かが映った。


 銀色の、かすかな光だ。

 思わず身を乗り出し、そちらの方へ目を凝らす。

 庭園の片隅、ここからかなり遠い場所。


 そのずっと先で、何かの影が動いていた。


 ふわり、ふわり。


 その何かが動くたび、銀色の光も同時に揺れる。

 よく見ると、影が手にしているのは灯りのようだった。それが何かに反射して、光って見えたのだ。


 ふわり、ふわり。


 灯りが揺れて、銀色の光もちらちら揺れる。その姿は幻想的で美しい。まるで月の光が地上に降り立ったような儚さだ。


 あの銀色は何だろう。

 一体何をしているんだろう?


 不思議に思ったが、答えが分かるはずもない。

 やがて、影は向こうの通路に出たらしく、灯りが建物に反射した。


 ふわり。


 大きく影が揺れ、闇の中でひるがえる。そこでようやく全体が見えた。



 ――銀色の、長い髪。



 月の光のような銀髪がなびき、瞬きをする間に見えなくなる。

 それは一瞬の出来事だった。

 あまりに遠いため、相手の性別も分からなかった。


「……夢……?」


 だが、そんなはずはない。

 月光を浴びながら、アイナはしばらく呆けていた。



    ***



 翌日、昨夜の出来事を尋ねてみたが、誰も知らないようだった。


「夢でも見られていたのではないですか、アイナ様」


 ファナとは違う召使いの女性が苦笑する。ファナは別の人間に呼び出されたため、少し遅れるとの事だった。

 ファナが戻ってきたら聞いてみようかと思っていると、女性がそっと声をひそめた。


「そのお話は、誰にもされない方がよろしいかと思いますよ」

「え……」

「わたくしも聞かなかったことにいたします。王子殿下方にも、言わない方が賢明です」

「あの、それって、どうして――」

「いずれお分かりになることかと。では、わたくしはこれで」


 早口で囁いた後、女性はすぐに踵を返した。

 脅すような感じではなく、単純にアイナへの忠告のようだった。


 ――でも、なぜ?


 頭の中で疑問符を浮かべていたアイナの元に、ファナが駆け込んできた。


「遅れて申し訳ありません。急な来客の対応がありまして……アイナ様? どうされました?」

「ファナさん、あの……」

 何か言いかけてアイナは黙った。


「……なんでもないです。お客様だったんですか?」

「ええ、もう。クソ面倒な客……いえあの、少々扱いが難しいお方だったもので」


 そう言うファナの声にかぶり、遠くからヒステリックな声がする。

 どうやらギルフェルドに会いに来た女性が、体よく追い返されて怒っているようだ。言葉の端々に、苛烈な罵り言葉が織り込まれている。


「……あの声の?」

「……そうですね」


 ザグート家のレフリレイア様です、とファナがため息をつく。

 どこかで聞いた名前だったが、アイナはそうですかと頷いた。


「……このお城って、私の知らないことがまだまだいっぱいあるんでしょうか」

「そうですね……。それが何かにもよりますが、私にも知らないことはあります。その方がいいこともありますので、そのままにしておりますが」

「ファナさんも、ですか?」


 意外だという思いが顔に出たらしい。ファナが心得たように顎を引く。


「知る必要のあることなら調べますが、面倒事に首を突っ込まないのも王宮の処世術ですから。ああでも、アイナ様ならきっと、大抵のことは教えてもらえると思いますよ?」

「え、どうしてですか?」


 目を丸くしたアイナに、ファナは自信満々に胸を張った。


「第一王子殿下のお客様ですから。もしかして、何か知りたいことがございますか?」

「それは……いえ、あの、いいんです」


 あの銀髪の人物の事が浮かんだが、ふるふると首を振る。

 余計な事に首を突っ込まないというのもあったが、下手な真似をして、ギルフェルドに迷惑がかかる事を恐れたのだ。

 ファナは特に気づいた様子もなく、そうですかと頷いた。


「何かありましたら、いつでもお申しつけくださいね」

「ありがとうございます」


 今は知らないままでいい。

 この時のアイナは、本当にそう思っていた。

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