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あなたの番になりたかった  作者: 片山絢森
4.番の資格

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22/32

22.報い/レフリレイア


「――何をしている」


 その声を聞いた者は、思わず膝をついただろう。

 生まれながらにして人の上に立つ、圧倒的な響き。その強さ。

 狼の城で聞いたのと同じ声だった。


「ギルさま……!」


 アイナの声に、ギルフェルドが目をやった。かすかに和んだ瞳の中に、安堵の色が混じっている。アイナはほっと息をついた。


「よく耐えた、アイナ。遅くなってすまなかった」

「いえ……」

「シェーラとファナを襲ったのはお前の差し金か、レフリレイア。確かに、そうなれば一時的に警備が手薄になる。その隙に侵入者を忍び込ませたのか。よく考えたものだ」


「わ、わたくしは、そんな……」

「協力者は捕まえてある。ザグート家の末端だ」

「シェーラさんとファナさんが!?」


 思わず声を上げると、ギルフェルドが首を振った。


「二人とも無事だ。案じるな」

「そうですか……よかった」

「ジェイドが激怒していた。あとはあれに任せてある」


 そこで彼はちらりとガルゼルに目をやった。

 ガルゼルはギルフェルドに気圧されていたが、それ以外の変化はなかった。

 わずかに目をすがめ、ギルフェルドはレフリレイアに目を戻した。


「この男の(かせ)を外したな」


 その声は静かだったが、震え上がるほどの凄みがあった。


「お前の竜気を注ぎ込み、一時的に威圧を解いたか。王家の血を引くお前にしかできない芸当だ」

「わ……わ……わたくしは……っ」

「確かに枷は外れたが、その反動はすさまじい。この男は生涯、竜人を見るだけで恐慌をきたす。それを分かっていての行動か」

「それは、だって……っ」


 蒼白な顔のレフリレイアだったが、そこで開き直ったようにわめき立てた。


「……しっ、仕方ないではないですか! こうでもしなければ、そこの小娘がまんまと王族をたぶらかし、この城をめちゃくちゃにしてしまうところで――」

「そのようなことは聞いていない」


 瞬間、空気が重みを増した。


 まだ騒ぎ立てようとしていたレフリレイアが、ひっと小さな悲鳴を上げる。無意識に後ずさった足がもつれ、ドレスの裾が大きく揺れた。

 彼が竜気をにじませたのだと、ピリピリする気配を感じてアイナは悟った。


 先ほどのレフリレイアなど比べ物にならない。竜気そのものが違っている。


 レフリレイアがさざ波なら、彼は嵐の大海だ。荒れ狂う波が周囲を巻き込み、風が唸り声を上げている。それなのに、アイナを取り巻く空気はやさしい。まるで春風に抱かれているように。


「この男を竜の城に招き入れたあげく、私の客人を襲わせた。王家に対する反逆行為とみなすが、間違いないな」

「はっ、反逆ですって!?」


 レフリレイアがぎょっとした顔になる。


「当然だろう。私に害意を持つ者を、それと知りながらこの城に忍び込ませたのだから。暗殺未遂としないだけでもありがたく思え」

「お待ちください我が君、いえ、ギルフェルド様。わたくしはただ、あなたのためになればと思い――」

「名を呼ぶことを許した覚えはない」


 その瞬間、ギルフェルドのまとう雰囲気が変わった。

 ゆらりと黄金の気配が立ちのぼり、周囲の生物を圧倒する。


 それは異様な光景だった。


 意識あるものはすべてその場にひれ伏してしまう恐怖と重圧。天からの雷を受ける罪人のように、畏れがその場を支配する。

 逃げる事など許されない。目をそらす事も、言い訳さえも。

 それを目の当たりにした者は、頭を垂れて、ただその審判を待つしかない。


 絶対的な王者の風格。

 それを間近で見たレフリレイアが、喉奥でかすれた悲鳴を上げた。


「も、もっ、申し訳……っ」

「以降は控えよ」


 取りつく島もない声に、レフリレイアはその場にへたり込んだ。言葉もなく、がくがくと震えている。

 眉ひとつ動かさず、ギルフェルドはそれを見下ろした。


「害がなければよかったが、そうでないなら話は別だ。立場はわきまえていると思い、少し自由にさせすぎたようだ」


 あくまでも、彼が黙認しているからこそ許されていた身分であり、それ以上でも以下でもないと言外に告げる。


 一度釘を刺され、それでも懲りずに実力行使に及んだ時点で、温情など綺麗さっぱり消え去っている。まして、事は侵入者の手引きだ。彼自身が客人と定めた少女に危害を加え、取り返しのつかない目に遭わせるつもりだったなど、どう考えても許しがたい。


 底冷えのするような気配が、辺りに色濃く立ち込めている。

 彼女は次期竜王の、怒りに触れた。


「言ったはずだ、アイナに手を出すなと。お前は分かったと言った。あの時、私とそう約束したな」

「それは、だって……っ」


「竜人同士の約束は、絶対的な誓約だ。それを自らの意志で破るというなら、相応の覚悟があってのことだろう」

「違う、ちっ、違いますわ! わたくしはそんなつもりじゃなく、ただそこの生意気な小娘に思い知らせてやるつもりで――」


「ゆえに私は、お前にひとつの枷を与える」


 そこで彼はレフリレイアの額に手を伸ばした。

 肌に触れるか触れないかのところで、何事か呟く。と、その指先がポウッと光った。

 それを彼女に押し当て、一言告げる。



「お前の竜気を剥奪する」



「な……っ!?」


 何か言いかけたレフリレイアが、直後に驚愕の顔になる。それとほぼ同時に、彼女の額から輝きがあふれた。


「あ――あ、あっ、ああ……っ、いやあああっ!」


 何かが引きずり出されるように、彼女の中から光がほとばしっていく。レフリレイアは必死にそれを止めようとしたが、輝きは手のひらをすり抜けて、とめどなくあふれて消えていく。半狂乱になりながら、レフリレイアは額を押さえた。


「いやよ、嫌、いやっ! なんでこんな、どうして、いやあああぁぁっ!」


 どんなに叫んでも、光はどんどん流れ出る。やがてその勢いが弱まり、最後の光が瞬くと、一切の輝きが消え失せた。


「以後、力は二度と使えない。お前が生きている限り、この枷はお前を縛るだろう」

「お待ちください我が君、それだけはどうか、どうかっ……」

「体の感覚は元のままだ。生きていくことに不自由はない。ただし、その身に竜気は宿さない。無理にどうにかしようとすれば、お前の命に係わるだろう」


「待って、違うの! 許して!」

「未来永劫、お前に竜気は扱えない」


「どうかお聞きください、誤解なのです! わたくしはただ、あなた様が心配で、あなた様のために、少しでもお力になりたかっただけ――」

「私のため?」


 ギルフェルドはそれを聞き、わずかに視線を動かした。


「その通りですわ! それ以外に何の他意もございません。我が家名に懸けて誓いますわ!」

「そうか。分かった」

「では、我が君!」

「それでは、お前への枷を足しておこう」


 ギルフェルドはふたたび口を開いた。


「アイナにも私にも、今後一切近づくな。もちろん、私の兄弟にもだ。それを守らなかった場合、お前を竜の国から追放する」

「なっ……!?」

「私に近づくだけでなく、私の一族と縁を結ぶことも禁ずる。どんな末端の者であろうと、お前と(よしみ)は結ばない。もし破るなら、その者は王家から除名する」


 ぱっと顔を輝かせたレフリレイアは、続く言葉に青ざめた。

 思惑とは裏腹の、信じられない内容に顔が引きつる。


 彼が告げたのは実質的な絶縁宣言だ。しかも一族の末端にまで行き届く、何よりも重い処分である。

 これでレフリレイアが王族とつながりを持つ事はできなくなった。考えられる限り、あらゆる相手に対してだ。


 ギルフェルドが無理なら弟の誰か、それがもし無理でも王族ならいずれは――と考えていたレフリレイアにとって、この宣言は将来を断たれたも同然だった。


「勝手な判断で私の客人を襲い、その尊厳を奪おうとした罪は重い。それをけしかけたお前には相応の罰だろう」

「冗談じゃありませんわ! わたくしが王家の一員となるために、今までどれほど努力したと――」


 レフリレイアがわめいたが、ギルフェルドは意に介さなかった。


「その努力とやらが、『邪魔者を排除する』ということか」

「それはっ……」

「それならば、論外だ」


 ギルフェルドの声には温度がなかった。


「そもそも、お前は竜気を失っている。この城を出れば、二度と足を踏み入れることは叶わない。竜の城に入れるのは、城に受け入れられた者だけだ」

「そんな、そんなはずは、だってわたくしは強くて、美しくて、血筋だって確かで……っ」

「そんなものには何の価値もない」


 なおも言いつのるレフリレイアを、ギルフェルドがばっさりと切り捨てた。


「そもそも、そんな基準で番を選ぼうと思ったことはない。お前には何度も言ったはずだ」


 話は終わりだとギルフェルドが告げる。背中を向けた彼に、レフリレイアはすがりついた。


「お待ちください、そのようなことをおっしゃらないで! あなた様は騙されているのです。わたくしがそれをお救いして差し上げると言っているのですわ! わたくしならあなた様の子を産むことも、傍でお支えすることも、後宮を管理することだって――」


 それ以上言う事はできなかった。

 何か言いかけたレフリレイアが、金色の鎖に囚われる。


「ひっ……!?」


 光でできた鎖は彼女の手足に絡みつき、あっという間に体の自由を奪う。全身をぐるぐる巻きにされながら、レフリレイアは手足をばたつかせた。


「待って、嫌よ! こんなの嫌、お願いです我が君、どうか、どうかお慈悲を!」


 ギルフェルドは答えない。レフリレイアはなおも叫び続ける。


「せめて竜気だけでも戻してくださいませ。そうでないなら、わたくしはこの先どうやって生きていけばいいか……っ」

「先ほども言ったが、生きていくのに不自由はない」

「お願い、待って! 我が君!」

「連れて行け」


 ギルフェルドが合図すると、どこからか現れた竜人が数名、音もなくレフリレイアを取り囲む。彼らは無言で手を伸ばし、レフリレイアの体を担ぎ上げた。


「放しなさい、無礼者! わたくしを誰だと思っているの。わたくしは王家の血を引くザグート家の姫君よ!」


 レフリレイアがみっともなくわめいたが、なすすべなく運ばれていく。金切り声のような叫びが遠ざかっていき、やがて沈黙に包まれた。


「……さて、次にお前だ」


 ギルフェルドが声をかけると、ガルゼルはびくりと身じろいだ。

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