固い意志
改めて振り返ってみるとやはり一筋縄では行きそうにない相手だ。
そして本気で優勝を狙うと言うのならあの二人を倒すのは避けては通れない道である。
……と言っても、絶対に俺と桐原さんが相手をしなければいけないなんて事は無い。
今回のルールは6チーム、及び12人でのバトルロイヤル形式。
当然ながら俺達とラビリンスの二名の他にも参加者は8人ほどいる。
従って無理に対面勝負を制する必要は無いのだ。
他チーム同士の戦いを安全圏から眺めつつ好機と見れば万全の状態から奇襲を仕掛ける。
堂々と胸を張れそうにない位にセコい戦法と思われるかもしれないが……それでもペアマッチにおいての常套手段、最適解の一つ。
体裁と勝利を秤に掛けて、どちらに優先順位を傾けるかは人によるだろう。
ぶっちゃけ俺は圧倒的に後者だ。
従って本番でも皆の凌ぎ合いが終わった末に悠々と漁夫の利を狙いに行こうなどと画策していたんだが……
そんな安直な考えはすぐさま打ち砕かれる。
三日前、猫宮さんのネオコロシアム配信でのプレイを観察していた際のとある一幕。
「私ね。大会では序盤から積極的にkakitaさんを狙いに行こうと思ってるんだよにゃー」
「!?」
あっけらかんとした台詞がイヤホン越しに聞こえた瞬間、たまらず口に含んでいたカフェオレを吹き出しそうになってしまう。
「げほっ……けほ……」
2、3度咳を漏らしつつも、何とかすんでの所で堪えることができた。
落ち着くように喉を指で叩きながら俺は再度聴覚に意識を傾け出す。
逃げを主体にした作戦を取ろうと考えていた矢先にタイムリーな宣告。
狙いすましたようなタイミングに動揺するのは当然だろう。
猫宮さんは遮蔽物に身を隠して連射をやり過ごしつつ、淡々と理由を語り出した。
「まぁやっぱり……あの人敵に回れば超怖い存在だからね。最後の最後まで何してくるか分からにゃいもん」
【それはそう】
【単体の実力なら間違いなく今大会最強プレイヤーだしね】
【どんな状況からでも逆転されそうやんな】
「だから、変な事される前に私とアリスちゃんで速攻仕留めにかかるのが最善手だと思うの」
【ナルホドナー】
【でも反撃怖くないですか?】
【時には攻める事も大切やで!!】
【二人の撃ち合い見れるのを楽しみにしてます】¥500
【アリスちゃんとなら絶対勝てる!】
俺からしたら最悪な選択肢だが理にかなった戦術であるのは確かだ。
続々と励ましや納得の声が飛び交う中、ふと猫宮さんは一つのコメントを拾い上げる。
【露骨にkakitaさん意識してんねぇ】
その言葉を視界に捉えた瞬間、ぱっと彼女は目を見開かせる。
驚きを示したのがはっきりと分かった。
「い、いや別に意識とかは……してるけど、あの、別にそう言うんじゃにゃいからね!あ、あくまでプレイヤーとしての話だよ!」
急にしどろもどろになって目を左右へ泳がせる猫宮さん。
慌てて何か言いたげに口元をパクパクと動かすが、そこから声は出てこない。
誤解を解こうとしているのだろうが、恐らく上手い弁解の言葉が浮かんでこないのだろう。
……動揺している素振りを見せながらも同時に眼前に居た敵達をあっさりと制圧してるのはさすがとしか言いようがないが。
【へー ^^】
【まぁそう言う事にしといてやりますかw】
【本当に反応が露骨で草】
【実際又旅ちゃん毎回配信の度にkakitaさんの話題出してるんだけどね】
【まぁプレイヤーとして意識してるならしょうがないよねwww】
【さりげなくナイスプレイ】
【草】
「もー!本当に違うもん!もう皆きらい!!」
可愛らしい慌てっぷりを見て視聴者達は次々に彼女を囃し立てていく。
彼らの画面越しでのにやけ面が直に伝わってくるような光景だった。
……まぁ、俺も当事者じゃ無ければ微笑ましい光景に笑みを浮かべていた事だろう。
顔を真っ青に染めて頭を抱える必要も無かった筈だ。
無人の室内にて、俺は祈るように細々とした声音で呟く。
「勘弁してくれよ……」
◆
今一度、現在の自分の嘘偽りない気持ちを吐露しておく。
「正直割とビビってる所はあるね。野良試合と比較にならない位には」
【さすがのkakitaと言えども……か】
【今回ばかりは仕方ないですね】
【茜ちゃんも上手くなってるから行けるべ】
【ええんやで。弱気はここで俺らに吐いてけ】
固唾を飲んで張り詰めた緊張を表す。
強敵と戦えるのが楽しみ!程度の緩い認識だった当初の自分を少し恥じたくなった。
勿論警戒対象はラビリンスだけではない。
桐原さん以外の参加者全員がアルティメット帯を勝ち抜いてきた熟練プレイヤ―。
一抹の油断すら許されざる程の崖っぷちに立ってるとまで言っていいだろう。
誰もが皆最後まで勝ち残るべく死力を尽くして挑んでくる。
そんな中で負けずに食らいついていくのは至難の業だ。
……しかし俺は更に、もう一つの確かな真意を声に出して付け加えた。
「まぁでも、大会では俺と桐原さん……どっちも負けるつもりは毛頭ないよ」
じっとパソコンに向き合い、真剣な顔つきと共に固い意志表明を行う。
勝利宣言と言うのはやや大袈裟だが……相応の覚悟を伝えるのには充分だろう。
確かに今回の大会は強敵揃いで、皆等しく貪欲に勝利を目指す。
その為なら恥も外聞も捨てた最効率のプレイングが繰り広げられる筈だ。
恐ろしい事この上ない状況である。
……だがそれは勝てない理由にも負けていい理由にも全くなりはしない。
勝ちたいと強く思ってるのは、当然俺たちも同じなのだから。
気持ちが強い方が勝つなんてドラマチックな台詞を吐くつもりは無いが、前段階で気圧されていては実力以前の問題だ。
本番に差支えがないように膿は前もって排出しておかねばならない。
だからこそ俺はあえて虚勢を張るのではなく、一度ありのままの本音を吐き出した。
そうしてフラットな心境で改めて大会へと望んでいく。
自分の培ってきたスキルを余すことなく発揮できるように。
皆が抱いてくれている大きな期待に胸を張って応えられるように。
ここでようやく自然な笑顔を取り戻すことができた。
自信に満ちた微笑みと共に強く宣言する。
「本番では120%の力で挑んでいくつもりだから……皆見ててくれよな」
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バトルロイヤルとバトルロワイアル……正解が未だに掴めない。




