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前哨戦

 悪い笑みを浮かべたターロイが完全にこちらを向いているのに、僧兵は襲いかかることもなく、腰が引けた様子で少し遠巻きに見ているだけだった。彼はおそらく自分たちが来る前に、もうすでに奴らに恐怖を与えているのだ。

 スバルはさっきまで妙にこの戦場が静かだった理由を知った。


「私はお前のように悠長なことは言ってられない。自領を好き勝手荒らされてはたまらないからな」

 そんなターロイに警戒したスバルとは逆に、ウェルラントはそのまま進んで彼の隣に立った。カムイの剣を鞘に収め、自身のブロードソードを手にする。


「街をぶっ壊してもいいなら、あっという間にこいつら沈められるけど」

「……お前は昔と変わらんな。もう少し自重しろ。余計な破壊をしなくても、お前なら普通に戦って十分やれるだろう」

(昔と変わらない?)

 ウェルラントの科白に、スバルは驚きに目を瞠った。

 彼はこのターロイと、昔からの知り合いなのか? しかしあちらのターロイはウェルラントとは最近初めて会った様子だった。なのに、彼らの接点がどこにあったというのか。


「スバル、お前もサージをぶっ飛ばしに来たんだろう? こっちに来いよ」

 そうして考え事をしていたら、ターロイに呼ばれた。

 一瞬だけ躊躇したけれど、とりあえず敵でないのは分かっている。スバルは警戒は解かず、緊張したまま彼の隣に行った。

「あの男にたどり着くまで、結構な人数がいるですよ」

「命懸けであいつを守りたい奴なんて一人もいねえよ。こいつらちょっと弾いてやれば転がって起きてきやしない。大した労力じゃないさ」


「それは正論だな。教団は典型的な金と権力による上意下達、信頼関係なんて二の次だ。金より命が大事となれば、上の言うことに従うのも馬鹿らしくなるだろう」

 そう言うとウェルラントは一歩前へ出た。


「おい、お前たち、死にたくなければ道を空けろ。我々は逃げる者は追わん。向かってこない者も見逃してやる。ただお前たちの大将とサシで勝負をさせてくれればいい。それなら互いに最小の犠牲で済むだろう」

 彼の言葉に、及び腰だった僧兵たちが顔を見合わせざわつく。おそらくウェルラントの実力を知っており、さらに今ターロイの破壊の力を見せられて、進んで戦いたいと思う兵は皆無なのだ。


 彼の思惑通り、僅かな時間を置いて、ウェルラントの提案に乗ったその内の数人が道を空けようと動いた。

 しかし。


「き、貴様ら、退くんじゃねえ! 俺のことを守れねえ役立たずなら、この剣でぶっ刺して消し去るぞ!」

 僧兵でできた壁の向こう、こちらからは見えないけれどその先で、敵の大将、サージが声を張り上げた。途端に退こうとしていた兵の動きが止まる。それにターロイがくくっと喉の奥で笑った。

「金と権力、それが利かなきゃ暴力と恐怖で支配するってか。愚か者が器もないのに力を持つとこうなるクズの見本だな。兵の統制だってまるっきり取れてないし、隊の人間を守る気概もない」


「そういうくだらない男がサーヴァレットを持ってしまったんだから仕方がないさ。まあ馬鹿は馬鹿なりに使いようはあるが」

 ウェルラントはそう言って、スバルとターロイを見た。

「とりあえず仕方ないから雑魚を片付けよう。スバルは真ん中で。おそらく連中は私とターロイを避けて、スバルに向かってくる」

「それはスバルが見くびられているということですか」

 スバルが明らかに不満げな顔をする。それにターロイが笑った。

「奴らはスバルの力を知らないからな。素手の女の子と武器を振りかざす男がいたら、そりゃそっちに行くだろ」


「まあとにかく、真ん中に集まってくれる方が我々としても戦いやすいんだ。横からフォローは入れるから、宜しく頼む。……それから、街中に死体を残されても困るから、痛めつけるのは戦意喪失して自力で逃走できる程度にしてくれ」

「うわ、つまんねえ」

「本命はこいつらじゃなくその向こうなんですから、文句言うなです」

「よし、じゃあ行くぞ」

 三人は適当にそれぞれの間隔を取ると、ウェルラントの軽い掛け声で、頓着のない一歩を踏み出した。





 戦い始めてすぐにスバルの強さも知った敵兵は、すでに戦意喪失気味だった。後方からの援護もないため捨て身で当たってきているが、軽くいなされ殴られただけでひっくり返って動かなくなる。こちらに殺意がないことが分かっているようで、自分からやられに来ているのだ。

 おかげで手応えがないことこの上ない。


 スバルがちらりと隣を見ると、ターロイは敵の豆腐っぷりに酷く不機嫌そうだった。ハンマーを使うのももったいないと思ったのか、もはや素手で戦っている。しかしそれでも容赦はなくて、着実に相手の利き腕や肩を壊していた。


 対してウェルラントは一人ずつ確実に気絶をさせている。こちらもいつの間にか剣を鞘に収めて、打突で戦っていた。柄の部分で鳩尾を突き、鞘の部分で顎を打ち上げ、脳を揺らす。おそらく肋骨と顎の骨は折っているだろう。それを若干の変化を織り交ぜながらもルーチンワークのように淡々とこなしている。


 これを見ると、僧兵が自分のところに向かってくるのもやむなしかもしれない。スバルは内心でため息を吐く。

 すでに戦意を失っている敵を必要以上に痛めつけるのは、スバルの主義に反していた。だからどうしたって二人とは戦い方が変わる。

 殴るし蹴るが、倒してやれば再びは起き上がってくる様子のない相手に、余計なダメージを与える気はないのだ。


 そうなると結局真ん中に集中してくる敵勢。

 もはや後続もなくひとかたまりになって向かってくる僧兵を見て、ターロイは舌打ちをしてハンマーを取り出した。


「もういいだろ面倒臭え! ウェルラント、スバル、少し下がれ!」

 言いつつそれを地面に振り下ろす。

「ターロイ、お前! 駄目だと言って……」

 ウェルラントが制止をする前に、ハンマーは綺麗に舗装され敷き詰められていたレンガにぶつかった。


「うわあっ!」

 途端に僧兵が立つ部分だけがくりぬいたように足場を崩す。そのまま大きく陥没して、三人の視界から一気に兵が消えた。

 ズゥン、と重たい音とともに土埃が舞い上がる。

 落ちた穴の中、僧兵たちは、密集していたせいで次々倒れて折り重なった。おまけに横から崩れたレンガに追い打ちを掛けられて、気を失ってしまったようだ。


「ああ、すっきりした」

「お前、これを舗装し直すのにどれだけの時間と労力と費用が掛かると思ってるんだ……」

 悪びれた様子のないターロイにウェルラントが眉を顰める。しかし彼は気にせずににやと笑った。


「サージに逃げられるよりいいだろ? もう少し時間を掛けてたらあの態度ばっかりでかい臆病者はモネに逃げ帰ってたぜ」

 陥没した穴の向こう、ターロイが親指で指した先に、サーヴァレットを持ったサージが狼狽えた様子でこちらを見ていた。

 その周りには四人の護衛。彼らは驚くそぶりは見せず、注意深く三人を観察しているようだ。


「……あの男、嫌な奴らを侍らせているな」

「周りの男どもを知ってるですか?」

 ウェルラントの呟きにスバルが反応する。

「奴らは大司祭付きの近衛兵だ。今倒した僧兵とはレベルが違う」

「いいじゃないか。壊しがいがありそうだ」

 彼の言葉を聞いたターロイは楽しげにそう言って、穴の脇を通り抜けた。


「よう、サージ。この間の続きと行こうぜ。周りのおっちゃんたちも、まとめて面倒見るからさ」


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