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ウェルラントの帰還

 スバルは手探りで腰に下げたバッグの中を漁った。

 人間よりは暗闇に慣れているとはいえ、光の全く入らないこの空間ではその視界もおぼろげだ。

 奥では小さな子供が闇を怖がって泣いているし、少しの明かりでもみんなの精神の安定に繋がるだろうと考えて、燃やせるものを探す。


 火をおこすには火打ち金が必要だが、あいにくその類いはターロイのリュックに入っていた。結局見つかったのはトウゲンが買ってくれた毛艶をよくするための油くらいで、役に立ちそうなものは他に入っていない。


「シギ、何か火をおこすもの持ってないですか」

 匂いを頼りに少年の方を向いて訊ねると、彼の小さなため息が聞こえた。

「昼間にそんなのを持ち歩いてるのは冒険者くらいだよ。それに火を灯すとここの空気が薄くなってしまう。酸欠で倒れたらあいつらの思うつぼだ」

「むむ、あいつらマジむかつくです……!」

 スバルが地団駄を踏む音に、シギが申し訳なさそうな声を掛ける。


「ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって。今はウェルラント様が街にいなくて、騎士の人たちも戦いに行ってて、他に頼れなかったから」

「何を謝るですか。危機に駆けつけると約束をしたのはスバルです。それに、ターロイたちが必ずスバルを探してくれるですから大丈夫、絶対出られるですよ。ただスバルとしては、あいつに一撃食らわしたいのです!」


 あいつ、というのはターロイがサージと呼んでいた、サーヴァレットの宿主のことだ。

 スバルが駆けつけたとき、教団の連中は何故か子供だけを捕まえて、街のすぐ側にあったもう空っぽで何も入っていない古の遺跡に閉じ込めようとしていた。もちろんすぐに阻止すべく攻撃をしたのだが、子供たちを背に庇って戦っているうちに、サージに遺跡の入り口を崩されたのだ。

 はたとあの男が教団の再生師のローブを着ていることに気付いたときには後の祭りで、スバルは子供たちと一緒に遺跡に閉じ込められてしまった。


「力に自信のあるスバルでも、さすがにこの瓦礫と岩の山を吹き飛ばすのは至難の業……。ターロイの破壊の力か、古代の充魂武器の魂術でもあればですが……」

 そう言って、ふと自分の腰にカムイに託された武器がぶら下がっていることを思い出す。彼の所持品ならば古代の武器だろうし、充魂もされているに違いない。

 確信を持って鞘に収まった剣を手に取ると、その少し広い鍔の部分に赤くぼんやりと魂方陣が光っていた。


 カムイの血の乾いた匂いがする。この魂方陣も彼が自身の血で書いたもののようだ。何か特殊な術が掛かっているのだろうか?

 少し気にはなったけれど、スバルは構わずその剣を鞘から抜いた。

「あ、明かりが……」

 途端に暗がりの中をオリハルコンの光が照らす。それにシギがほっとしたように呟いた。

 日の光の下では淡く光るようにしか見えなかったが、暗闇の中では随分と明るく見える。見れば多少開けた視界に他の子供たちも落ち着いたようで、泣いていた子供も治まった。

 スバルも一度気持ちを落ち着けて、再び剣に目を向ける。


「やはり充魂はされているですね。さて、何の魂術が込められているのか……適当に言うにしても、魂言は普通に理解出来ない言葉ですし……」

 試しに剣を構えて知っている魂言を唱えてみたけれど、やはりまるで反応がない。ウェルラントやターロイが持っているものとは違うもののようだ。

「さて、どうしたものですか……」

 仕方なく一旦それを地面に置いて考える。すると不意に、カムイの血で書かれた魂方陣が光り出した。


「え?」

 そこにいる全員の視線が剣に集まる。

 赤い光は広がりながら光柱となって天井にぶつかり、そこに大きな魂方陣を映した。術者がおらず、血も垂らしていないのに、何故か魂方陣が発動している。

「これは……!?」

 スバルが目を丸くしたのと同時に方陣が目映く光って、みんなの目の前で上から誰かが降ってきた。


「……っ、どこだ、ここは」

 易々と着地をした彼が訝しげに周囲を見回す。

「ウェ、ウェルラント様!?」

 周りにいた子供たちがわあっと驚きと歓声に近い声を上げた。

「ウェルラント!? どうしてここに」

 そこには確かに、シギが王都に行ったと言っていたはずのウェルラントがいた。縋ってきた子供たちを頭を撫でて宥めつつ、事態が分からずスバルを見る。


「スバル、ここは何だ。ミシガルは教団に襲われているはずじゃないのか? それに何であいつではなくお前が呼び出しを……」

「お前の言うとおり、街は今教団に襲われてる真っ最中ですよ。その奴らが何故か子供だけ集めてここに閉じ込めたです。……まあ、お前が何でここにいるのかスバルもよく分からんけど、ちょうど良かったです! ウェルラント、この入り口の瓦礫を吹っ飛ばすですよ! カムイからお前に渡すようにと剣を預かっているです」

 スバルは細かいことはどうでもいいとばかりに、意気込んでウェルラントにカムイの剣を渡した。


「この剣は……あいつ、そういうことか。……くそっ!」

 それを受け取った彼は大きく舌打ちをして、しかしすぐに気を取り直した。

「シギ、危ないから他の子供たちと全員奥に行きなさい。すぐに出口を開ける。ここを出たら街の外を通って私の屋敷に向かうんだ」

「わかりました」

 子供に声を掛けたウェルラントが剣を構える。彼はカムイの剣の魂言を知っているのだ。

 スバルは改めて彼とカムイの関係を不思議に思ったけれど、今はそれどころじゃなかった。


「モ・サガ・ロ」

 ウェルラントがやはりわけの分からない魂言を唱える。

 すると一瞬光った剣から大きな衝撃波が出て、すごい風圧と共にドッと一瞬で瓦礫が飛び散り、日の光が差し込んだ。

「やった、外だ! さすがウェルラント様!」

「ありがとうウェルラント様!」

 彼は背後で歓声を上げる子供たちをもう一度振り返る。

「私は街を守りに行ってくる。気を付けて逃げなさい。イリウがいたら彼に指示を仰いで」

 領主の言いつけに頷いた子供たちは、すぐにその場を後にした。


「……スバル、カムイとターロイはどうした」

 一つ息を吐いて、手にしていた剣を鞘に収める。

 子供がいなくなると、途端にウェルラントがその瞳に剣呑な光を宿した。

「とりあえずシギたちを助けるためにスバルだけここに来たです。二人にはお前の屋敷の裏に行けと言ってあるですよ」

「そうか、ならいい。……子供たちを守ってくれたこと、礼を言う」

 そう言うと、彼は物騒な瞳のまま街中に向かって走り出した。


「ちょっと、スバルも行くですよ! あの男に一撃食らわさないと気が済まんです」

「あの男?」

 ぴたりとついてくる彼女にウェルラントが訊ねる。

「サーヴァレットの持ち主です。スバルたちをあそこに閉じ込めた張本人ですよ」


「あの剣の宿主……! そうか、来てるのか!」

 ……そう噛みしめるように呟いた彼の顔が、何故だかどこか暗い喜びをたたえて笑ったように見えた。

 何だろう、彼のこの反応。

 スバルは途端に妙な胸騒ぎを覚えて、眉を顰めた。


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