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ミシガルの危機2

 目立たぬように東に突き出た山の先端から見下ろすと、ちょうどミシガルの城門が見える位置だった。


 門扉は開いており何人かが歩いているが、全員教団の服を着ている。ミシガルの人間はいないようだ。

「思ったより数が多いな……。モネの僧兵を全部向かわせて来たか。後ろで物資を守る部隊が武器しか持っていないということは、一気に攻め落とすつもりだろう。略奪も考えられるな」

 隣でカムイが状況を確認している。


「ミシガルはウェルラントと騎士が守っているんじゃないのか? その堅固な守りがあるから今まで教団に対抗してこれたんだろ?」

「もちろんそうだ。だけど今回はサーヴァレットがその均衡を崩している。おそらく先にサーヴァレットで門兵を消されてしまって、入り口をふさぐ者がいなくなったんだ。……ターロイ、このまま尾根伝いに北に進もう。街中の様子が気になる」

 彼の言葉に頷いて、俺たちは再び歩き出した。


 道なき道をしばらく街沿いに進んでいく。

 すると金属のぶつかる音と怒号や悲鳴が聞こえてきた。

 それに気付いて、俺たちは足は止めずに木々の間から街中に目を向けた。

「戦ってる! 奥にはまだ住民もいるみたいだ。良かった……!」

 そこには民を守るために教団の僧兵と戦うウェルラント配下の騎士たちがいた。それにほっとした俺と対照的に、カムイは眉を顰める。


「あまり喜べる状態ではないけどね。随分騎士の数が少ない」

「……すでに何人も消されてるってこと?」

「そう。ほらあそこに、サーヴァレットの宿主がいる」

 彼に示された方を見ると、戦う僧兵の後ろで護衛され、腕を組んで居丈高に立っている男を見つけた。

 サージだ。


「……信じたくなかったけど、教団は本当にあいつを守って、その凶行に荷担しているんだな」

 今更ではあるけれど、裏切られた思いに心の奥が重くなる。

 それをカムイが少しだけ訂正した。

「本来教団はあの男のことはどうでもいいんだよ。目的はサーヴァレットだ。……大司教があの存在を知ってしまった。多分あの護衛は宿主をてい良く操るための監視役だ」

「監視役?」

「あの男が絶対にサーヴァレットを手放さないように、教団を裏切らないように、ということだよ。……さあ、急ごう。何にせよ、この状況をどうにかしないといけない」

 そう言って彼は少しふらつく体で俺を先導し始めた。


「この状況、どうにかできるのか?」

 カムイの後を追いながら、訊ねる。ウェルラント邸にたどり着いたとしてもこんな状態の彼が戦えるとも思えない。

「スバルもいないし……。ウェルラントも、どこか別のところで戦ってるのかな」

「……実はウェルラント様は今王都に行っていて、教団によって足止めされている。モネの教団は多分ミシガルにあの人がいないことを知っていて攻めてきたんだ」


「えっ!? だけどさっき、カムイの剣をスバルに託したよな、ウェルラントに渡せって……」

 何故カムイがウェルラントの現状を知っているのか分からないけれど、それ以上に彼の行動が分からなくて目を瞬く。

 しかしカムイは、俺の問いかけに何の齟齬も見せなかった。


「それは彼女が戦いの前線に行くだろうからだ。今の僕にその余力はない。だから僕は僕に出来ることをするために急いでいるんだ」

 ようやく山を下り、眼下に先の戦いで壊された屋敷裏の建物の跡地が見えてきた。カムイの歩みが早くなる。

「一体、何をする気なんだ?」

 それを追いながら訊ねると、何日かぶりに平地に降り立った彼は、その瓦礫の手前で俺を振り返った。


「少し無茶をする。ターロイはこのまま屋敷に行って、教団の状況を騎士に伝えて」

 それだけ告げたカムイが再びこちらに背を向けて、廃墟にある落とし戸を開けに行く。あそこは確か以前彼が囚われていたところだ。スバルが、カムイの血の匂いがすると言っていた。

 そんなところで、無茶をするって。

「……カムイ、何をする気なんだ?」

 さっきと同じ質問を、今度は嫌な予感を伴って投げかける。


「僕はこれから、摂理をねじ曲げてウェルラント様をミシガルに強制転送させる。代償として血を少し多めに消費するから、君は入ってきては駄目だ。……あの人が来ればこの状況はどうにかなるから、落ち着いたらスバルにでも迎えに来させてくれると助かる」

「血って……そんな体で大丈夫なのか!?」

 また自分の身を削るようなことを簡単に言うカムイに心配になるけれど。


「これが今できる最善の手だよ。ミシガルを救うにはこれしかない。大丈夫、死にはしないから」

 そう言われてしまうと何の手段も持たない俺は黙るしかなくて。

「僕としては君に死なれる方が困る。戦い慣れてないんだから絶対危険なところには出て行かないでね」

 そのまま地下に消えた彼の言葉に、俺は自身の非力さを嫌悪するばかりだった。

 俺に、みんなを救う力があれば。







『それで、お前はとぼとぼとウェルラントの屋敷に行く、なんてつまんねーこと言わねえよな?』

 不意に俺の中から声がして、俺は俯いていた顔を上げた。そうだ、こいつがいた。

 おそらく力を欲した俺と、力を行使したい彼が同調、というか利害の一致で繋がったのだ。


(力を、貸してくれるのか?)

 突然現れた彼に躊躇うことなく前のめりな気持ちで訊ねると、もう一人の俺は即時に請け合った。

『カムイに見つからなければ問題ない。このまま街の中へ行け。お前の感情が強く動くか、血を見れば俺と入れ替われるはずだ。そしたら代わりにあいつらをぶっ飛ばしてやるよ』

 その自信に満ちた言葉に後押しされて、俺は全力で街に向かって走り出したのだった。


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