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ミシガルの危機

 山道では遭遇する動物もおらず、俺たちは順調に先に進んでいた。

 地図に書かれた道はさすがに旅慣れた商人が作っただけあって、水分の補給ができる水源や果樹木の側を通してある。食料と水の持ち合わせに不安があったわりに、道程は想像したよりずっと楽だった。


 しかし俺にとってこの順調さの一番の要因は、背負っているオリハルコンのハンマーの恩恵、基礎体力の底上げによるものだろう。体が軽い、荷物が軽い。

 古代のアイテムとは、充魂するだけでこんなに違うのか。

 その効果に内心で感嘆しつつ、カムイのいる後ろを振り返る。


 そこには俺とは対照的に、足取りの重いカムイがいた。その表情はあまり変わらないのだが、明らかにふらつく時があるし、呼吸も荒い。顔色もあまり良くなかった。

「カムイ、少し休憩する?」

「大丈夫だよ、もう一息でミシガルだから、行こう」


 初日にこそ体力の限界を訴えたものの、モネの現状とミシガルの危機を知って以来、彼はできるだけ先へ進みたがった。

 そして野営地に着くとそのまま糸が切れたように倒れ込み、食事もせずに翌朝まで眠ってしまう。

 できれば休息を取って欲しいから、見張りのためにと起きてこないのだけは良かったけれど、栄養を摂れないのも問題で。先日さすがに見かねたらしいルークが、俺の見張りのときに起き出して来て勝手に最低限の飲み食いだけはしていた。


「とりあえず水だけ飲めよ。もう全部飲んでも大丈夫だから」

「・・・・・・うん、ありがとう」

 水筒を差し出すと、それには素直に口を付けてくれてほっとする。少し前を歩いていたスバルもカムイを気遣って足を止めた。

 そして彼女はその場で周囲を伺うように耳をそばだてる。未だ梢と葉の擦れる音しかしない森を不審がっているようだった。


「・・・・・・モネから随分離れたのに、獣も鳥もまだいないようです。もしかするとサーヴァレットの持ち主が移動しているのかもしれないですね」

「ミシガルに向かってるのか?」

「おそらく。スバルも少しざわざわとした感じがするです。ミシガルの街の音も微かに聞こえるですけど、何だかいつもと違・・・・・・」

 そこまで言ったスバルが、はたとミシガルの方を見据えて、耳をぴんと立てた。


「どうした? スバル」

 訊ねた俺を振り返ることもしない。ただ彼女の尻尾がマントの上からでも分かるくらいぶわと逆立ったことで、何か悪いことが起こったのだと分かった。

「・・・・・・ホーチ木の実の音! ミシガルでシギがスバルに助けを求めてるです!」

「シギが!?」

 そう言えば、以前スバルがあの少年に一つだけ渡していたっけ。


 シギは思慮深い子だ。どうでもいいことで助けを求めるようなタイプじゃない。そもそも今どこにいるかも分からないスバルを頼るより、自分の領主を頼るだろう。

 その子がウェルラントではなくこちらに助力を仰ぐということは、尋常ではない何かが起こっているということだ。

 当然スバルもそれを察している。

「スバルは先に行くです! ターロイたちはこのまま真東に進んで。間違ってもミシガルの街中に突っ込んできては駄目です。山の上から敵の状況を確認して、真っ直ぐウェルラントの屋敷の裏山へ行くですよ!」

 スバルはこちらを肩越しに見てそう言うと駆け出そうとした。


「待って、スバル!」

 それをカムイが呼び止める。彼は急いで自身が腰に下げていた双剣の片方を外すと、彼女に託した。

「ウェルラント様に会ったらこれを渡して。カムイの剣だと言えば、あの人なら使い方がわかるはず」

「分かったです!」

 それを受け取ったスバルが今度こそ走り出す。

 そのスピードは一瞬でその背中が遠くの森に紛れてしまうほどの早さだった。


「俺たちも急ごう!」

「そうだね。まずはこのまま真東へ・・・・・・。地図はどうなっている?」

 カムイに促されて地図を取り出す。

「本来ならミシガルの手前で山を下りて行くみたいだ。・・・・・・ああ、トウゲンさんたちがドラゴンネペントに入ってたとこに続くんだ。これ、もしかして教団がミシガルを攻めてるなら、後ろから挟み撃ちにできるかも」

「二人では無謀だろう。・・・・・・そもそも君は人間を壊し慣れてないし。モネ側から敵の援軍が来たら、今度は僕たちが挟み撃ちで一網打尽だよ」

 そう言ってカムイは地図を指差した。


「ミシガル付近はスバルの縄張りだ。彼女の言うとおりにした方がいい。この山の張り出したところ・・・・・・ここが多分真東に当たる。ここから敵の人数や構成、大将と物資を確認しよう」

「それでその後この山の尾根を渡ってウェルラント邸の裏に?」

「モネ側からの攻撃なら、そこが一番安全だ。情報もウェルラント様の元に集まってくることも考えれば、スバルの言は正しい」

 カムイは早々に地図から視線を上げ、東を向いていた。俺も慌てて地図をしまい、道を外れて東を向く。


「急ごう。思ったよりも大分早く、君たちの力が必要になるかもしれない」

「・・・・・・俺たちの力?」

 彼の言葉に僅かな違和感。『俺たち』とはどういう括りだろう。俺とスバル? それとも・・・・・・?

 けれど、訊ねた俺に、彼は曖昧に頷いただけだった。


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