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スバルとカムイ

 月が空の真上に来た頃、スバルは目を覚ました。

 隣ではターロイが壁を背もたれにして眠っている。彼女はそれを起こさないように、ゆっくりと立ち上がった。


 外からはまだカムイの魂言が聞こえている。

 さっきターロイには言わなかったけれど、周囲には彼の血の匂いが漂っていた。数時間前から流れ込んでいたその匂いは、いまや洞穴で随分滞留している。

 スバルは眉を顰めて、足音を立てないように洞穴を出た。


「・・・・・・カムイ、交代の時間ですよ」

 努めて静かに声を掛ける。

 視線の先、月光の下では、大きな魂方陣の真ん中にカムイが座っていた。

 彼の眼前にはターロイのハンマーがあり、それにかざされた手指の先から赤黒い血が零れている。それを受けたオリハルコンは白く淡い光を放っていた。


「もうすぐ終わる。少し待って」

 カムイに言われて、スバルはおとなしく焚き火の脇に座る。

 少し勢いは衰えているけれど、変わらず燃えている薪。どうやら魂術を唱えながらも律儀に火の番もしていたらしい彼に、彼女は少し呆れた。

(そんなに頑張らなくていいのに)

 そう思いながら、カムイに代わって新しい薪をいくつか炎にくべる。


 全く、彼は他人のために頑張りすぎるのだ。というか、他人のために動いているところしか見たことがない。

 最初に出会ったのはもう何年も前だけれど、そのときも彼はスバルのためにいろいろ尽くしてくれていた。

 それがカムイの性分、と一言で片付けるのは容易い。しかし、スバルは以前からずっと、彼が生き急いでいるように見えていた。


 まるで、間近に彼の終わりが迫っているかのように。


「何かスバルにできることはないです?」

 何か力になりたくて訊ねたスバルに、カムイは小さく笑った。

「そんなに心配そうな声を出さなくても、僕は大丈夫だよ。充魂ももう終わる」

 そう言った彼が最後に滴った血を魂方陣に落とす。途端に光の柱が立ったけれど、それは一瞬で、すぐに辺りの闇は月光と焚き火の炎に照らされるのみとなった。


「・・・・・・これで完了。スバルが僕の後で良かったよ。ターロイにこの作業を見せられないからね」

「随分と血の匂いがするです。本当に大丈夫ですか」

「平気だよ。君たちのおかげでこの後休めるし」

「おかげじゃなくて、当たり前のことですよ。だいたいカムイはいつも無理をしすぎなのです」

 スバルが頬を膨らますと、カムイが苦笑する。


「血の消費はしょうがないんだ、エネルギーを移すのに一番手っ取り早いから」

「血のことだけじゃなくて・・・・・・!」

 つい声を荒げそうになった彼女に、立ち上がってその隣に座った彼が、しー、と口元に人差し指を当てて見せた。

 それに気付いてスバルが慌てて口を抑える。

 カムイは彼女が再び口を開く前に、自分から話を逸らした。


「それよりもスバル、君は・・・・・・もしかしてもう一人のターロイに会った? モネでターロイが血を見て卒倒したと言ったとき、反応がおかしかったから」

「えっ、カムイもあの怖いターロイのこと、知ってるですか?」

 まんまとカムイの思惑通りに思考を逸らされたスバルは、ぱちりと瞳を瞬いた。

「やっぱり会ったんだな。もう表層に出てきているのか・・・・・・。そのターロイと会ったのは一度だけ?」

 彼女の返事にカムイは少し考え込み、再び訊ねる。それにスバルも僅かに逡巡した。


「話をしたのは一度だけど、おそらく会ったのは二度目です。最初はターロイと初めて会ったとき・・・・・・。あのときウェルラントと戦って二人で流血してたです。それを見たターロイの気配がいきなり変わって・・・・・・。すぐにウェルラントが連れて帰ってしまったですけど、多分あれは別のターロイだったです」

「ということは僕と会う前にすでに封印は解けかけていたわけか。やはり思ったよりずっと早いな」

 どうやらカムイは何か彼の事情を知っているようだ。

 スバルは横から彼の瞳を覗き込んだ。


「あのターロイは、何者なのです?」

 単刀直入な質問にカムイは一瞬口をつぐんで、しかしすぐにふう、と息を吐いた。

「彼もターロイだ。昔、僕は彼と知り合いだった。・・・・・・彼は、古の再生師の魂と適合してね、恐ろしいほどの力を手に入れてしまったんだ」


「恐ろしい力? ・・・・・・そういえば、あのターロイはアカツキ様の祠を開けられると言ってたです」

「多分そっちの彼ならできるだろうね。アカツキの祠は破壊の力を完全に操れるようにならないと開けられないようにできているが、こっちのターロイでは難しい。優しすぎるから」

 そう言ってカムイは肩を竦めた。


「アカツキ様の祠が開くのは喜ばしいですが、あいつが出てくるのは困るですよ・・・・・・。スバルは優しいターロイの方が好きです」

「でもこればかりは彼の力を借りなくちゃ。ターロイには再生師になってもらわないといけないし」

 なってもらわないといけない。彼から返ってきた言葉のニュアンスに、スバルがふと疑問を呈する。

「・・・・・・? カムイはターロイが再生師にならないと困ることでもあるですか?」


 他人のためにしか動いていないと思っていたカムイが漏らした、彼の意思。スバルはその目的が気になった。

 訊ねられたカムイがそれに素直に頷く。

「ターロイの持つ古代の再生師の力は、この国を・・・・・・いや人類を、これから来る未曾有の脅威から守る力。そして、僕の悲願を果たすための力だ。それを彼に手に入れてもらうためになら、僕は何でもする」

「未曾有の脅威・・・・・・? それにカムイの悲願って?」

「・・・・・・今はまだ必要のない情報だ。余計な情報は判断を鈍らせる。・・・・・・そのときが来たら、話すよ」


 そこで話を止めて、カムイがゆっくりと立ち上がった。血を失ったせいか、少しふらついて見える。

「ごめん、もう疲れたから寝るね。見張りを代わってくれてありがとう。おやすみ」

 話の断片ばかりを聞かされて、気になるスバルはその背中を呼び止めたくなる。しかしカムイを休ませたいから、ぐっと我慢をした。


 自分なんかが抱えているよりずっと大きな秘密と情報を、彼は一人で抱えて判断し、動いているのだと分かったからだ。それはきっと我々が抱えるには暗く重すぎる何か。それを訊ねたところで彼はどうせ話しはしない。

 ただ、そのカムイが見出した光明がターロイなら、自分も全力で彼を守るのが最善だろう。


「・・・・・・おやすみです、カムイ」

 スバルはカムイがこの瞬間少しでも安息を得られるのを願うことしかできなかった。


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