暗雲
「ターロイ! 起きて!」
ゆさゆさと体を揺すられて、俺は急激に覚醒した。
あれ、今、俺、ルークと話してて、それから・・・・・・。
がばと上体を起こすと、すぐ近くにカムイの赤い双眼があった。額の金色の瞳は閉じている。
あの瞳の主が俺のデータをいじるなんて言っていたけれど、一体何がどうなったんだろう。
周囲はすっかり暗くなり、知らないうちに幾ばくかの時間が経過しているようだ。
「目を覚ましたら君が倒れてるからびっくりしたよ。何があったんだい?」
小さなランプの炎に照らされる、その瞳は不思議そうにこちらを見つめている。
「俺もよく分からないんだけど・・・・・・」
ルークに口止めされたこと以前に、本当に何が起きたのか分からない。
「外傷はないようだし、他の誰かが来た気配もないし、まあ問題はないけど・・・・・・、具合が悪かったら言ってよ?」
気遣わしげに言われたけれど、体は至って普通だ。
確かルークはデータをすぐに元に戻すと言っていたし、実際俺の体にどこも変わった様子はない。
まあ、問題ないのかな?
「体は別に何ともなさそうだから大丈夫。それより随分暗くなっちゃったな。薪を多めに拾ってきたから、早速火を焚くよ。・・・・・・そう言えばスバルはまだ戻ってないのかな」
薪を組みながら森の奥に目を向ける。でももう真っ暗で、俺の目では何も見えない。
スバルは狼だから夜目は利くだろうけれど、それにしても遅すぎやしないだろうか。
カムイも首をひねる。
「確かに少し遅いね。どうしたんだろう」
「もしや熊でも狩って、担いで戻ってこようとしてたりして」
「いや、スバルなら熊くらい普通に担いで帰ってくるから、こんなに掛からないよ」
「・・・・・・マジすか」
軽口に真顔で返されてしまった。
「彼女が道に迷うわけもないし・・・・・・。途中で何かあったのかもしれない」
「うーん、探しに行きたいけど、どこに行ったか見当もつかないからなあ。スバルがいないと俺の方が迷子になりそうだ。・・・・・・でもとりあえず火を焚いたから、これを目印にすればこの周辺くらいなら回れるかな?」
「いや、夜に地形が分からない山を歩き回るのは危険だ。だったら僕が・・・・・・」
額に手を当てて何かを言いかけて、彼がふと言葉を止めた。
「カムイ?」
「大丈夫みたいだ、戻ってきた」
「え?」
言われて辺りを見回す。しかし周囲には真っ暗な闇しかなくて、カムイがどうしてスバルの帰還を告げたのか分からなかった。
それでもしばらく森の奥に目をこらしていると、視界より先に耳に誰かが近付いてくる葉擦れの音が届いて、それからようやく明かりの届く範囲にスバルの姿が現れた。
「・・・・・・遅くなったです。果物やきのこ山菜を取ってきたですよ」
あれ? てっきり狩りをしていて遅いのかと思ったけれど、肉はないようだ。
マントに包んで運んできた山の幸は、三人で食べるには十分な量だから別に問題はないが。
「ありがとうな、スバル。それにしても随分時間が掛かったな。心配して探しに行くところだったぞ」
「それに何だか浮かない顔をしているね。どうしたんだい?」
横からカムイが彼女の顔を覗き込む。確かにスバルは何故か眉間にしわを寄せていた。
「・・・・・・この辺り、動物がいなくなってるのです」
「いなくなってる? もともといないんじゃなくて?」
「動物の巣穴や木の実を食べた跡などは残っているですよ。つい最近までいたはずなのです。それで、これから行く道の確認も兼ねて、どの範囲まで動物がいないのか走ってみたです」
そう言ってスバルは、調理道具を出すために開いたままだった俺のリュックから地図を取り出した。
「動物がいないのはこの辺り。半円を描くようにいなくなってるです。おそらくみんなこのエリアから外に逃げたのです」
「逃げたってどういうこと?」
「なるほど・・・・・・ターロイ、動物たちはこの山の裾野にある円の中心から逃げたってことだよ」
カムイはすぐに得心が行ったようで、俺に対してそれを指で示した。
「・・・・・・モネの街?」
「そうです。我々が明日通過するこの先は、モネを麓に見下ろす道。と言っても木が邪魔でちゃんとは見えないですが。とにかく動物は本能で危険を感じて、モネ付近から逃げたようなのです」
「モネが危険ってどういうことだ? あそこは至って普通の街で、特に何も・・・・・・」
「以前はね。でも今、封鎖された街で何かが起こっているということだろう」
カムイの言葉にスバルも頷く。
「スバルもそう考えて、モネの街中を見下ろせる場所まで山を下りてみたです。・・・・・・そしたら以前とは大違いで、街は不気味なほど静まりかえっていたです。まるで住人がいないみたいに」
「住人がいないって・・・・・・」
「どの家も煙突から煙がのぼっていないですし、外を出歩く人影もない。薄暗くなっても家に明かりが点かない・・・・・・教会を除いては」
「教会には人がいたのかい?」
「おそらくいたです。教会の周囲からは少し音が聞こえたですから」




