もうひとりのターロイ
一瞬目を閉じてふらりとよろめいたターロイが、すぐに体を立て直して目を開けた。
その瞳は先ほどまでの穏やかさはなく、どこか剣呑な光を宿している。その視線がルークの金の瞳をを真っ直ぐに捉えた。
「・・・・・・わざわざ俺を呼び出すなんて、随分余裕じゃないか、ルーク」
「まあ、とりあえず君が私の宿主に危害を加えないことは知っているからね」
ルークがターロイの魂をいじって出したのは、彼の中のもう一人のターロイだった。
敵意をあらわにする彼に、ルークは小さく肩を竦める。
このターロイは昔のある出来事を、未だに根に持っているのだ。
「ところでターロイ、君はアレクとの融合が大分進んでいるようだね。私が施した血の封印が解けかかっている」
彼が言葉を掛けると、ターロイはにやりと笑った。
「ああ、やっと、もうすぐ俺が本当の俺になる」
その語りの底に喜びが見える。
「お前なら見ただけで分かるだろう。破壊の力もこいつより俺の方がずっと上手く使えるんだぞ。そしたら今度は俺が世界最強の・・・・・・」
「残念ながら・・・・・・今のままの君ではアレクのような再生師になるのは無理だ」
「・・・・・・なんだと?」
科白の途中でルークに否定を挟まれて、男がまなじりをつり上げる。しかしルークは動じる事なく言葉を続けた。
「私が君を引き出したのは、これを告げるためだ。これから我々はミシガルに行くわけだけれど、ここから必要なのは再生の力。君が適合しているのは破壊の力のみ。再生の力は君じゃない方のターロイが適合しているんだ」
「待て、こいつだって普通に破壊の力を使えるだろう。俺だって再生の力を習得出来るはずだ」
詰め寄るターロイに、ルークは小さくため息を吐く。
「・・・・・・悪いが、今は君と悠長に問答している時間はない。単刀直入に言うが、再生師の力を手に入れたいのなら、もう一人のターロイを押しのけて外に出てきてはいけない。間もなく封印は解けるだろうが、それでも君は、陰で彼を助けていて欲しい」
「はあ? 馬鹿なことを言うな! 俺がどれだけ封印の解ける日を待っていたか・・・・・・! お前が、あんな偽物を俺の中に勝手に住まわせておいて!」
「君がそんなふうだから駄目だと言ってるんだ」
喚くターロイを、彼はじろりと睨んだ。
「もし言うことが聞けないのなら、今すぐ君の魂のデータをいじって、再び深く封印してもいいんだよ? もしくは君を従順な人間に造り替えてもいい。・・・・・・でもそんなことはしたくないんだ。私は君のことも大事に思っている」
ルークはそう言って、それからしばし思案する。目の前の男を、少し哀れに思ったのだ。
このターロイは、封印されて自分の思い通りに動けないもどかしさを、ずうっと味わっていた。彼には身に降りかかる理不尽を叩き壊す力があったけれど、もうひとりのターロイはそれを振りかざすような人間ではなかったから。
己のように他人に寄生していると割り切った者とは違うのだ。
思い通りに生きたいという、その気持ちは汲んであげたい。
「・・・・・・そうだな、少し君に譲るよ。この旅の最中、君が彼と同調出来たら、僅かな時間入れ替われるようにしよう。最終的にその体をどちらが専有するかは、君たちで決めるといい」
「・・・・・・同調?」
「君が再生の能力に向かないのは、その性格に起因するところが大きい。もしあちらのターロイの優しい気持ちに同調できる人間になれるのなら、君が表に出てくることも問題ない」
「あんな腰抜けと同調なんてするわけが・・・・・・」
「だったら今までどおり、君には封印を掛けておく。もちろん間もなく解けるだろうが、私がすぐ近くで見ていることを忘れずに」
その後に何が起こるかを暗に含めて告げると、ターロイは押し黙った。グレイに神の使いと呼ばれるほどの男。そのルークの能力を知る彼は、しばし逡巡していたけれど、結局観念したようにため息を吐いた。
「優しい気持ちなんてのに同調しないが、怒りには以前から同調するところがあった。・・・・・・わかったよ、まだしばらくは同調点を探しつつ、こいつを陰から観察しておく。でもそのうち再生の力も陰で俺が先に手に入れて、こんなやつお払い箱にしてやるからな」
「是非ともそうしてみてくれ」
含みのある顔でにこりと笑ったルークが再びターロイの顔の前に手をかざす。
「思いのほか時間を取ってしまった。そろそろカムイが起きる。早く戻さないとな。・・・・・・そうだ、もし彼と直接話す機会があったら、昔みたいに優しくするんだぞ」
「・・・・・・余計なお世話だ」
舌打ちをして悪態を吐いた男の目の前で、苦笑したルークが指を滑らせる。
「これからのこの旅は、しばらくお前が頼りだ。頼むぞ、ターロイ」
彼が声を掛けたのと同時に、ターロイはその場で地面に崩れ落ちた。




