三つ目の瞳
地図にあった野営地らしきところに着くと、そこには岩肌にくぼみのある洞穴があった。奥まですぐに見渡せる奥行きで、雨風の一時しのぎには十分だ。
スバルはそのまますぐに食料を探しに行き、俺とカムイはそれを見送って洞穴に荷物を下ろした。
「・・・・・・スバルの体力の十分の一でいいから欲しいな」
カムイが長いため息を吐く。疲れのせいでいつものキリリとした雰囲気がない。
「カムイはここで休んでていいよ。俺は薪を拾ってくる」
「待って、僕も行くよ」
「いいって。いつもカムイには助けてもらってばっかりだったからさ、たまにはお返しさせろよ。明日までに体力も回復してもらわないといけないしな」
一緒に行こうとする彼をやんわりと押し留める。
すると実際もう余力がなかったらしいカムイは、素直にそのまま座り込んだ。
「・・・・・・ごめん、じゃあお言葉に甘えて休ませてもらうよ」
「うん。すぐ戻ってくるから」
リュックの中から拾った薪を束ねるための麻縄と、ナイフだけを取り出す。
暗くなるまでにはまだ時間があるから、今晩分の薪は十分集められるだろう。
俺はカムイに声を掛けると、そのまま森に入った。
折れて落ちている乾いた木を、ナイフで適当な長さに揃えて括る。
そんな単純作業を繰り返しているうちに、辺りがいつの間にか薄暗くなっていた。
一応迷わないように木に印を付けながら歩いたけれど、明かりを持たないで来てしまったから暗くなったら戻れなくなる。
俺は急いでまとめた薪を背負って、印を辿って来た道を戻った。
野営地に着く頃には、真っ暗とは言わないまでも、大分暗くなっていた。
「あれ、カムイ、明かりも点けてないのか? スバルも戻ってないのかな」
やっと見えてきた洞穴には光がない。一応ランプと油はあるはずなのに。補給の出来ないこの道程では油は貴重だから、節約してるのだろうか。
木々の間を抜けて開けた場所に出る。そこに薪を置くと、俺は洞穴を覗いた。
「カムイ?」
暗い穴の奥に丸まった人影が見えるが、声を掛けても反応がない。
俺は入り口に置きっぱなしだった鞄からランプを取り出して火打金を打った。
灯心に火がつくと揺れる灯りが周囲を照らす。
それを手に洞穴の奥に行くと、カムイが自分の鞄を抱えたままうずくまっていた。
一瞬具合でも悪いのかと思ったが、近付いてみると単に疲れて眠っただけのようだった。静かな寝息をたて、横から見える表情は大分幼く見える。
「警戒心が強いタイプかと思ったけど、人がこんな近くまで来ても気付かないんだな・・・・・・」
それだけ疲れているということだろうか。その顔を覗き込んで苦笑する。
すると、突然ぱちりと、カムイの額の金の瞳が開いた。
「あれ、起こしちゃった・・・・・・?」
二・三度瞬きをした瞳が横目でじろりと俺を見る。しかし本来の彼の赤い両目は閉じたままで、いつものカムイと違う雰囲気に、俺は僅かに後込みした。
「カムイ・・・・・・?」
困惑気味に呼びかける。するとおもむろにむくりと体を起こした彼は、その金の瞳を俺に真っ直ぐ向けた。
「カムイはまだ眠っている」
「えっ?」
カムイの声で、わけの分からないことを言う。
「こんなに深く眠るのは珍しい。余程疲れたのだろうな。幼い頃から外を歩くことなどほぼなかったのだから」
「ちょっと待って、何言って・・・・・・」
穏やかに笑う顔は、随分と大人びて見える。誰だ? カムイじゃない。
「ターロイ、随分と大きくなったな。しかし魂データの配列が大分崩れているようだ」
「魂データ? ていうか、あなたカムイじゃないよな。一体・・・・・・」
「私はルークという。カムイの体に寄生している古代の魂だ」
「ルーク!?」
その名はグレイが神の使いと言っていたものだ。俺は驚いて目を丸くした。カムイは自分をルークじゃないと言っていたが、グレイがウェルラントに閉じ込められたカムイを指してルークを解放しろと言っていたのは、そういうことだったのか。
「私は基本的に現代の人間に直接関わることは避けているんだが、ターロイにはいくらか話しておきたいことがあってね。いい機会だったから出てきてしまった。・・・・・・おっと、私と話したことはカムイには内緒だよ」
何だか軽妙なしゃべりで、口調もフレンドリーだ。
「ま、待ってくれ、ちょっと謎すぎる! 俺の昔を知ってるような口ぶりだし・・・・・・。俺、あなたと会ったことが?」
「あるよ。その経緯はカムイが意図的に隠していることだから詳しくは言えないけどね。そんなことより、スバルが戻ってくる前に言っておきたいことがあるんだ」
「スバルにも内緒なのか?」
「もちろん。私は本来、現代に干渉していい者ではない。現代で今、カムイの中にいる私の存在を知っているのは、ウェルラントとグレイ、そして君だけだ。他に私を知る人間は全て殺されてしまったし、関わるのはこの人数で十分」
「え、殺っ・・・・・・て、一体誰に・・・・・・」
「まあそんなことは今はいいんだ。私は君の中に眠る能力に用がある。古代に消されし最強の再生師、アレクの魂データと適合したターロイよ」
「はああああ? 誰それ、最強の再生師・・・・・・?」
いきなり何だか突拍子もないことを言われて、冗談にしか聞こえない。
「アレクは千年前の大戦争の際、グランルークと並び称された実力者だ。グランルークばかりが讃えられ、彼は歴史から消えてしまったが」
それがグレイの言っていた、本来の再生師だった人なのか。その人の魂データと、俺が適合? やっぱり意味が分からない。
「どういうことか、さっぱりなんですけど・・・・・・」
「君はまだ知らなくていい。直接『彼』と話すから」
「彼?」
問い返した俺の眼前に、立ち上がって近付いてきたルークが手をかざす。
「少しデータをいじらせてもらうよ。すぐに戻すから、しばらく眠っていてくれ」
データをいじる、と言われて、グレイのところで腕輪のデータを書き換えていた彼を思い出す。
あれ、俺の設定(?)を勝手に変更されるってこと?
「え、ちょっと待っ・・・・・・」
「おやすみ」
ぴん、と額の前で指を弾かれて、俺の意識はそこで途切れてしまった。




