彼らの正体
「お待たせ。とりあえずミシガルまでの道を教えてもらってきた」
砦から離れたところで待機していたカムイと合流して、俺はその地図を彼に見せた。
「ビバーク出来る地点も書いてあるんだね。山道なことと距離を考えると、五日程度かかるかな。途中寄れる街がないから食料と水が足りないかもしれないけど、現地調達でどうにかなるだろう」
「狩りならスバルにお任せですよ。木の実やきのこもいつも取っていたですから、食料の心配はないです」
ここに来てやっと機嫌を回復したスバルが頼もしいことを言う。
「多分水も大丈夫だ。このルートを歩くには途中の水分調達が不可欠。旅慣れた人なら、そういうことも加味して道筋を選んでいるだろうからね」
そう言ってカムイは俺に地図を返した。
「じゃあ、出発しようか。えーと、まずはこのまま山肌に沿って、東に進めばいいのかな。スバル、悪いけど先導を頼む」
「いいですよ。山は歩き慣れているですから」
意気揚々と先導を始めたスバルに俺が続き、その後ろをカムイがついてくる。
トウゲンが獣道のようなものだとは言っていたけれど、早々に入った森の道は本当に一人ずつしか通れない細さだった。
そんな場所を、スバルはぐんぐんと進んでいく。
「森の中に入っちゃうと、周りの景色がまるで分からないな。地図がなくちゃ絶対迷うよこれ。トウゲンさんたち、簡易とはいえよくこんな道を作ったもんだよ」
「・・・・・・その必要があったからだろうね。秘密裏に長距離を移動するには、誰も入らないようなところに自分で道を作ってしまうのが一番だもの」
俺の後ろでそう呟いた彼に、少し違和感を感じて振り返った。
「秘密裏にって?」
俺の問いかけに、カムイが一度ちらりと後ろを伺う。
「彼らは、一緒に登ってきた僕の存在に気付いていた?」
「え? ああ、多分・・・・・・。直接そういう話をしてなかったけど、最後に俺たちが三人だと知ってるっぽいこと言ってたから」
「やっぱり・・・・・・。さて、一体俺たちのことをどこまで知って、放っておいてくれてるのかな」
肩を竦めた彼は再び後ろを振り返って、誰もいないことを確認してからフードを取った。赤い瞳が俺を捉える。
「後ろから密偵も来ないところを見ると、僕の正体はまだ知られていないし、ターロイもスバルも信頼されているようだけど」
「密偵ってどういうことだよ」
意味が分からず訊ねた俺に、カムイが少し躊躇いつつ答えた。
「僕が明かすのも何なんだけど・・・・・・おそらく、彼らはただの商人ではなく、かなり老練の王宮の諜報員・・・・・・斥候だよ」
「斥候? あの二人が?」
「彼らの情報は早い。僕たちが砦に向かう状況はすでに把握していたようだし、当然モネが封鎖されて通れないことも知っている。何でミシガルに行くのにわざわざ街道でなく山道を通るのか、理由も聞かれなかっただろう?」
「確かにそうだけど・・・・・・」
いきなりそんなこと言われても。複雑な気持ちで彼を見ると、カムイは小さく首を振った。
「誤解しないで、多分彼らに悪意はない。ただ、君が与えた情報はあの二人の中で留まることはなく、王宮の人間で共有されることになる。もし彼らと話すときはそのことだけは覚えておいて。・・・・・・誰も彼もがその情報を良いことに利用するとは限らないから」
なるほど、情報が共有されているからこそ、砦の門番が俺たちを知っていたのだ。
「じゃあ、スバルが獣人だってことも、王宮の人の間では知れ渡ってるのかな・・・・・・?」
「それは大丈夫だと思う。彼らを君たちに同行させたのはウェルラント様なんだろう? あの人は王宮の序列で言えば国王の次に力を持っている。あの人がこの情報はクローズであると命じれば、彼らは絶対他言しないよ」
「そうか、良かった」
ほっとため息を吐いたところで、前を歩いていたスバルが足を止めた。
「ターロイ、ここで道の匂いが分かれているです。どっちに行くのが正解です?」
俺には全然その分かれ道が分からないが、スバルに言われて地図を確認する。すると確かに森の中に分岐点があった。
「多分ここだな。ええと、左に行くとビバークができる場所があるみたいだ。右はそのままミシガル方面に向かう」
「ふむ。それで、どっちに行くですか? スバルはまだ体力的には全然元気ですが」
「日の傾きが微妙なんだよな。明るいうちに次の野営地にたどり着けるならいいんだけど・・・・・・急げばどうにかなるかな? どう思う?」
意見を求めてカムイを見る。
「・・・・・・初めて通る森で、途中で夜になったら危険だと思う」
「うん、だから急いで行こうかと」
重ねて告げた俺の言葉にしばし逡巡して、しかし彼はすぐに諦めに似たため息を吐いた。
「ごめん、正直に言うけど。次の場所まで僕の体力が保たない」
「え?」
表情は変えずに、少しだけカムイが眉尻が下げる。
「その、実は僕、あまり外を長く歩き回ることなんてなかったから、持久力がないんだ。長距離の移動は転送陣ばかり使ってたし」
「・・・・・・でも、初めて会ったときとか、俺と山に登ったりしたじゃないか」
「あのときも正直へとへとだった。途中でスバルが来てくれたから良かったけど。今も結構足の筋肉がやばい」
こうして彼を見た感じは全く普通通りで、とても疲労しているようには見えない。
気を遣って疲れた様子を見せないようにしているのかと思ったけれど、カムイはそもそもそういう感情や状態を表に出すのが苦手なのかもしれない。こうして弱音を吐いた上でも表情はほぼ変わらないのだ。
「カムイにそんな弱点があったとは意外です」
スバルが言うと、彼は軽く俯いて頭を掻いた。
「僕の弱点なんていっぱいあるよ」
「いや、意外だ。大人数相手に一人で立ち回りをするほどなのに」
「剣を使うのは平気なんだけどね。・・・・・・とにかくさ、申し訳ないけど、ここで今日はビバークしてくれるかな」
少しだけ恥ずかしげに、バツが悪そうに言う。こういうカムイは本当に珍しい。完璧でいるよりもずっと親近感がわく。
「じゃあ、ちょっと早いけどここで休むことにするか」
「ならばスバルは果物と肉を調達してくるですよ」
「うん、ありがとう」
これも珍しくほっとしたように笑った彼は、思いの外幼く見えた。




