砦へ
「えっ、ここが?」
「その東にあるのは農業の村ファラ。その二つは今はもう無い。この地図はまだその村があった頃の物だよ。元々グラン王国には七つの街村があったんだ。・・・・・・再生師の道程で、かの場所の情報も必要になるかもしれない。とりあえず記入だけしておいて」
「ファラ・・・・・・!」
俺にそう説明したカムイの横で、突然その単語に反応したスバルが、ぶわとマントの下の尻尾を逆立てて殺気を放った。
「ど、どうした、スバル」
「・・・・・・その村の名前、スバルは大嫌いなのです」
そう言って黙ってしまった彼女の背中を、宥めるようにカムイがぽんぽんと叩く。
「ターロイ、一応教えはしたけど、その二つの村の跡地には極力近付かないで。不用意に足を踏み入れると、死ぬから」
「え!? 死ぬって・・・・・・?」
「とにかく近付いてはいけないってことだよ」
彼は再びフードを目深に被り直した。
「ターロイ、もう地図はしまうです。さっさとおっさんたちのところに行くですよ」
スバルもあまり語りたくないようだ。そう促して、俺たちを先導する。
結局この話はこれで終了らしい。
「・・・・・・なんか、俺には分かんないことだらけだな」
少し拗ねたように言うと、
「急がなくても、そのうちすぐに知ることになるよ。・・・・・・知りたくなくてもね」
カムイがぼそと呟いた。
「あ、おっさんたちの匂いを見つけたです! こっちですよ」
インザークを出て山裾から山肌に広がる森に入ると、スバルがすぐに商人たちの残り香を嗅ぎ当てた。
そこに開かれた道はなかったが、よく見ると獣道のように踏み固められている。地図からも隠しているし、王宮管轄の砦だといっても正規のものではないのだろうか。
「あ、見えてきた。あれかな」
森の前方に少し開けたところがあり、石造りの建造物が見えた。おそらくこれが砦だろう。門の前に古びたカタパルト、建物の上にはバリスタが並んでいる。思ったより大きな建物だ。
「おっさんたち以外にも何人か人がいるようです」
「まあ、そうだよね。俺たちが行って、普通に入れてもらえるのかな。とりあえず入り口を探そう」
眼前の枝を払って砦に近付こうとすると。
「・・・・・・ターロイ、僕はここで待ってるよ」
不意にカムイが後ろで足を止めた。
「え? ここで?」
困惑気味に彼を見ると、目深なフードをさらに深く下ろす。
「あまり他の人と関わりたくないんだ。フードを取れと言われても困るし、拒否すれば君たちも怪しまれるかもしれない。もしもうここにいる僕の存在が彼らに知れているようだったら、僕は護衛に雇った人間で、離れたところで待たせているとでも言ってくれればいい」
「そう言えばウェルラントも、トウゲンさんたちにカムイのことを知られたくないっぽいこと言ってたな・・・・・・。わかった、俺たちだけで行ってくるよ」
「・・・・・・あまり、無駄話はしないようにね」
カムイはそう言い置いて、近くの木陰に身を隠してしまった。
「ターロイ、あっちから人間の匂いがするです。そこでおっさんのこと聞いてみるですよ」
二人だけで再び門の方に向かう。すると大きな門の横にある検問所のようなブースをスバルが指差した。
確かにそこにある窓に、人影らしきものが見える。
「本当だ。誰かいるな」
こんな人が滅多に来なそうな建物なのに、検問の担当者が常駐でもしているんだろうか。
でもまあトウゲンも軽い感じで何かあったら来いと言っていたのだし、門前払いになることはないだろう。
あまり気負わずに近付くと、窓の中の軽鎧を着た男と目が合った。
慌てて反射的にお辞儀をする。
何故か彼はそんな俺たちの来訪に驚いてはいないようだった。後ろを向いて誰かに声を掛け、それから外に出てきた。
「あの、すみません。俺トウゲンさんとホウライさんに用事があって・・・・・・」
「お前がターロイだろう? 話は聞いている。待っていろ、今トウゲンたちを呼びに行かせたから、すぐに来る」
あっ、何かすごく話が早い。これはありがたい。
しかし、一応王宮所属の砦らしいのに、来訪者の身分の確認もせず、こんな緩い感じでいいんだろうか。
人ごとながらちょっと心配になる。
少し待つとブースの奥の扉が開いて、見慣れた二人が現れた。
「おう、来たなターロイ。インザークで問題起こったか?」
「それとも王宮に行く気になったかよう?」
砦にいるからといって、特に王宮仕えらしき格好などはしないようだ。別れたときと全く変わりがない。
「どっちでもないです。ちょっと二人に教えて欲しいことがあって」
それに何となく安心して、苦笑交じりに言葉を返す。
「教えて欲しいこと?」
「おっさんたちの知っている、ここからミシガルへの山越え最短ルートを教えてくれです」
「ミシガルに? まあ、それくらい・・・・・・んん? 待て嬢ちゃん、その服どうしたんだぜ? 何だか俺が娘に買ってやった服にそっくりなんだが」
横から訊ねたスバルに視線を移したトウゲンが、はたと彼女の服装に気が付いた。さすがというか、何というか。
「前の服がぼろぼろだったのでトルクにもらったです。命を助けたお礼に」
「命を助けた!? また何か危ないことやってんのか、あいつは。娘が面倒掛けたみたいですまないんだぜ」
「いや、俺たちも逆に他のことで助けてもらったし・・・・・・」
「ほう、トルクちゃんはインザークにいるのかい?」
横からホウライが訊ねると、スバルが何かを思い出したようで、顔を顰めた。
「トルクはスバルの代わりにテオという男のところに行っているです・・・・・・」
「テオっていうと、植物学者の男か。嬢ちゃんの代わりっていうのは、何かトラブルがあったんだぜ?」
「トラブルっていうか、彼がスバルをやたらに気に入っちゃって、その押しの強さにスバルが怖がってしまって」
説明をすると、それを聞いたホウライが目を瞠った。
「ほう! それは珍しいよう。朗報じゃないかい。スバルちゃんは気が進まないだろうけど、彼と仲良くしておいて悪いことはないからねえ」
「ええ~・・・・・・」
スバルがあからさまに嫌そうな声を出す。
「テオに何か特別なことが?」
「あの男はグレイ・リードと共同で、密かに世界樹の幼木を育てているんだぜ」
トウゲンの説明にスバルが首を傾げた。
「世界樹ってなんです?」
「うーん、簡単に言えば世界を支える木っていうか・・・・・・。今は説明のしようがないんだぜ。まあとにかく、すげえ男なんだぜ」
世界樹といえば、創世の物語にある天まで届くほどの大木だ。確か原初の神が変化した姿だとかなんとか。でも、そもそもそれは神話の話だし、確か伝承では千年前の大戦争で失われていたはず。
どうも眉唾だ。
「トルクちゃんがテオのところにいるってことは、何か変化があったのかもしれないねえ」
「そうだな、あいつはまだ直属で動いているはずだし・・・・・・」
疑心暗鬼な俺を置いて、二人は何事か小声でぼそぼそと話し合っていた。




