何かを知る彼女
教団の敷地を出ると、スバルがトルクと一緒に教会の前で立っていた。こちらを見つけてすぐに駆けてくる。
「待ってたですよ。大丈夫だったですか?」
「スバルちゃんがとっても心配してたのよお」
「あ、うん、待たせてごめんな」
トルクはこの間に酒が抜けてしまったらしい。ほわほわしたしゃべりが若干の脱力を誘う。
しかしカムイは特にその雰囲気に乗ることはなく、俺の隣でフードを目深に被り直した。
「他にも同行者がいたのか・・・・・・。スバルはいいが、彼女は・・・・・・」
「良かった、カムイも一緒なのですね!」
距離を取るように一歩引いた彼に、スバルが子犬のように駆け寄っていく。
その様子に、フードから見える口元が少し緩んだ。
「・・・・・・うん、スバル、久しぶり。ここまでターロイを守っていてくれたんだね、ありがとう」
「まあ、スバルはターロイのバディですからね。当然です」
「バディ? ・・・・・・そうか、それはいいね、心強い。助かるよ」
助かる? カムイの言葉に少し引っかかる。スバルが俺とバディで、彼にとって何が助かると言うのだろう。
よく分からない違和感を抱きつつ二人を見ていると、不意にトルクがつつっと隣に寄ってきた。
「もう、男って駄目ね~。せっかくスバルちゃんが可愛く着替えたんだから、まずは褒めてあげなさいよう」
「えっ。あ、トルクさん、スバルの服をありがとうございました」
「そんなの後でいいの~」
不服そうな彼女に突っつかれて、改めてスバルを見る。
そんなこちらのやりとりに気付いたスバルも、体ごとこちらを向いた。
「ふむ、褒めたいなら褒めるがいいですよ、ターロイ! 可愛いは正義の戦闘服ですからね!」
スバルの新しくなった服は、胸元にリボンのある白いシャツになめし革のベストとタイトなスカートで、さきにトルクが言っていたように、トウゲンが選んだにしては確かに甘さ控えめと言う感じだった。そこに耳を隠すためのキャスケット帽と、尻尾を隠すためのマントを羽織っている。
「うん、そういうすっきりした服も似合ってる。リボンも可愛いよ」
「ですよね! さすがターロイは正直です」
素直に褒めた俺にスバルがうむうむと頷くと、隣でトルクが複雑そうな顔をした。
「希望してた反応と違うわ~・・・・・・」
何を希望していたというのか。そんなことを言われても困る。
とりあえず彼女の意向は無視をして、俺は話を変えた。
「さて、これからテオの家に品物を届けに行かないと。・・・・・・スバル、大丈夫?」
まずはインザークを出る前に用事を済ませないといけない。そう考えてスバルを見ると、元気だった彼女の顔が途端に青ざめた。
「うっ・・・・・・またあの男のところに・・・・・・。あいつ、恐ろしいです・・・・・・」
「うん、まあ、スバルにとってはそうだよね・・・・・・」
俺は苦笑するしかない。
危害を加えられるわけじゃないけれど、彼女には未知の恐怖なのだろう。でも恩を仇で返すわけにもいかないし。
「遅かれ早かれ行かなくちゃならないしなあ・・・・・・」
「テオのところには、あたしが行ってあげてもいいわよ?」
スバルの反応にしばし逡巡していると、横から思わぬ助け船が来た。
「え? トルクさん一人で?」
「トレード品を渡せばとりあえず義理は立つでしょ~? 一人で平気よお、あたしに任せなさいって。・・・・・・そ・の・か・わ・り」
そこで一度言葉を止めて、にこお、とトルクが意味深に微笑む。
「え・・・・・・そのかわり?」
何を言う気だ。
こちらに代償をねだる様子の彼女に、思わず緊張して身構えた。
が。
「エールのボトルを一本おごってくれないかなあ」
「酒かよ!」
何を言うかと思ったら、全然たいしたことなかった。エールのボトルなんて、銀貨一枚で十分買える。
拍子抜けして呆れたように言うと、トルクがむうと頬を膨らました。
「仕方ないでしょお? あたしにとっては死活問題なのよ~。最近各街で酒場や酒屋があたしにお酒売ってくれないんだからあ」
あ、なるほど。そう言えば酔って城壁に穴を開けたという彼女だ、街ぐるみで酒の販売拒否されてもおかしくない。
「買うのはいいですけど・・・・・・酔って他人に迷惑掛けないで下さいね」
「今はお酒が滅多に手に入らないから、酔うほど飲めないわよう。暴れたのなんて、深酒をしたときだけなのに、世知辛いわ・・・・・・」
その深酒による暴れようが半端なかったから、そういうことになっているんだろう。そう思ったけれど口には出さず、俺は彼女との取引を請け合った。
「わかりました。じゃあエールを買ってくるので、テオの件はお願いします。えっと、酒屋は・・・・・・」
「・・・・・・僕が行ってくる。ターロイ、僕が戻ったらすぐに出立できるように、話を終わらせておいて」
「え、君が?」
今まで後ろで黙って控えていたカムイが、突然酒場への遣いを買って出た。出立が遅れることを危惧しているのだろうか? その口ぶりは、ここからすぐにでも離れたいようだった。
「行ってもらえるのは助かるけど・・・・・・、でも、場所わかるのか?」
「どの街も、基本的に教会に続く大通り沿いに商店がある。すぐに見つかるだろう。大丈夫、行ってくる」
「あ、だったらスバルがカムイと一緒に行くですよ。匂いで分かるですから」
さっさと背を向けて歩いて行ってしまった彼をスバルが追う。
結局俺はトルクと残されてしまった。
うわ、何か、スバル以外の女性と二人きりって緊張する。何を話せばいいんだろう。
「・・・・・・あの子、カムイっていうの?」
「え、あ、はい」
不意に隣にいるトルクに静かな声で訊ねられて頷く。
さっきまでのふわふわとしたしゃべりと、少し温度が違った。
「あの、カムイが何か?」
「もしかしてあの子が、ウェルラントの・・・・・・。彼はどうしてターロイと一緒に出て来たの? 彼とはどういう関係?」
「どういう・・・・・・?」
そう言えば、俺とカムイって何なんだろう。
考えてみれば、彼は最初に会ったときからずっと、一方的に俺を知っていて、守ってくれているのだ。どうして、何のために? 俺に守られるほどのどんな価値があるのだろうか。
「・・・・・・俺も彼とのことはよく分からないです。知り合いだったのかもしれないけど、俺、昔の記憶がなくて」
「記憶がないですって?」
俺の言葉に、トルクが驚いたように目を瞠ってこちらを見た。
「あなた、まさか八年前のヤライ村の孤児院の・・・・・・」
何かを言いかけて、しかし慌てて口を閉ざす。
「ヤライ村?」
聞いたことがない名前だ。訊き返すと彼女は小さく首を振った。
「ごめんなさい、何でもない。そう、まだ・・・・・・」
トルクは小さく呟くと、そのまま黙ってしまった。




