忌み子とは
グレイに採血の腕輪を着けられて、血を抜かれたのはほんの僅かな時間だった。
カムイによって再設定された腕輪の作動を確認して、グレイは少しだけ気分が上向いたようだ。そこからパッキングされた俺の血液を取り出すと、机の上の仕切られた箱の中にしまった。
一方カムイはここから出る準備をしに、エルがいるという隠し部屋に行っている。館の入り口といい、厳重な管理がされているのだろう。
「エルを隠し部屋に入れてるってことは、ここ、他の教団研究員が来るんですか?」
そのわりにはカムイがフードも被らずに歩いていて、無防備な気はするが。疑問に思って訊ねると、グレイは軽く頭を振った。
「いいえ、先日無断で家捜しをされたので全員追い出して、入り口も選ばれた人間しか通過出来ないようにしました。基本は我々しかいません。ただ、正規のルートを通ってこない不届きな侵入者も時々いますのでね。エルは隠すことにしてるんです」
相変わらず、エルは随分と大事にしているようだ。
「俺もエルに挨拶してこようかな」
「不要です。あの子は今眠っていますから。・・・・・・それよりも」
俺を制して、それから不意にグレイが声を潜めた。
「カムイがいないうちに、ターロイに話しておくことがあります」
「話しておくこと?」
畏まった様子に、無意識に姿勢を正す。
「君に以前、種族ごとに魂術というものがあると話したことを覚えていますか」
「あ、はい。確か人間は数が多すぎて能力が薄まり、発現率が異様に低いって言ってた術ですよね」
「実はその魂術の力を宿す、赤い髪に赤い瞳の稀少な人間を、忌み子と言います」
「えっ」
それってつまり、カムイは魂術の使い手ってこと?
目を丸くしてグレイを見ると、彼はメガネのブリッジを押し上げて話を続けた。
「忌み子が使う呪いの力と言われるのは、魂術の力です。昔その力故に多くの有力者が魂術の使い手を奪い合ったために、教団が歴史を改ざんしました。彼らを忌み子と称し、手元に置くと災難にみまわれると流布し、教育したんです。やがて嘘の歴史が浸透し、赤い髪と赤い瞳を持つ子供が生まれると捨てられ、孤児院に送られるようになった」
「孤児院って・・・・・・教団の? そこに集められた彼らはどうなったんですか?」
「彼らは魂術の素養はあるが力の使い方を知らず、教団にもてあまされ・・・・・・」
そう言ってグレイは一旦口をつぐんで息を吐き、頭を掻いた。
「・・・・・・私が言うと同類に見られそうで嫌なのですが」
ひとつ愚痴を挟んで。
「そうして教団の孤児院に送られた子供は、教団の古代研究や実験体に使われました」
「孤児の子供を、実験体に!?」
思わぬ彼の言葉に、俺は声を荒げた。
子供が使い捨ての物みたいに扱われていた。俺の中でそれは何より許しがたいことだった。
一気に頭に血が上り、全身の毛が逆立つような怒りを感じる。めまいすら起こしそうだ。
そんな俺の変化に気付いたグレイが、しい、と口元に人差し指を当てて、沈静を促した。
「言っておきますが、私はそんなふうに貴重なサンプルを損なうような実験はしてませんので。・・・・・・ただ、以前の教団は阿呆が多かったことは事実。過去の実験のせいで、現在忌み子で生き残っているのは、カムイだけになっているのです」
ひどい話だ。なんだか胸をあたりがむかむかする。しかしこの気分を目の前の彼にぶつけても詮無いことで、俺は大きく深呼吸をした。
「魂術使い最後の一人か・・・・・・。じゃあグレイの言っておきたいことって、俺にカムイを守れってこと?」
「そんな馬鹿な。彼の方が君の何倍も強いし賢く判断力もある。逆ですよ、君にはカムイに守られる立場でいて欲しい」
グレイはそう言って肩を竦めた。
「・・・・・・まあ、それが彼を守ることになるのだから、君の言うことも間違ってはいないかもしれませんが。・・・・・・私の唯一の懸念は、カムイが自ら死にに行くことです」
「死にに行く・・・・・・?」
思いがけない言葉に目を丸くする。どういうことだろう。
詳細を語る言葉を待つ俺に、しかしグレイはそこで話をまとめてしまった。
「細かい話をしている暇はありません。とにかく、君を守っている間はカムイが死にに行くことはないはずです。だからウェルラントや他の誰かに、彼を引き渡したりしないように」
えええ、めっちゃ気になる。
だが、俺がそこを突っ込もうとしたとき、部屋の扉が開いて、当のカムイが入ってきてしまった。
「待たせてごめん、ターロイ。さあ、ここを出よう。・・・・・・どうした?」
しっかりとフードを被って鞄と武器を下げた彼は、少し困惑した俺の様子に気付いてじろりとグレイを睨んだ。
「グレイ、また余計なことをターロイに吹き込んだんじゃないだろうね?」
「とんでもない。これからの道程について一つ二つレクチャーしていただけですよ。ねえ、ターロイ」
グレイが何事もなかったようにしれっと答える。そこに同意を求められて、慌てて頷いた俺はごまかすように自分の荷物を担ぎ上げた。
「うん、そう、いろいろ教えてもらってて・・・・・・時間がなくて詳しいことは聞けてないんだけどな。後の話は今度にするよ」
「・・・・・・まあ、余計な話じゃなければいいけど。さあ、行こう。モネを経由して行くのなら、日の出ているうちにたどり着かないと」
俺の見事な大根役者っぷりに怪しむそぶりをするけれど、カムイは特に突っ込んでは来ないようだ。それに内心で安堵の息を吐く。
そんな俺たちの様子を見ていたグレイが、ふと、何かを思い出したように口を挟んだ。
「そういえば、モネを経由するのはやめた方がいいですよ」
「え、どうして?」
「先ほど教団に、モネの街が完全に封鎖されたと通知が来たんです」




