転送方陣の先
ハンマーを布で包んで隠し、髪の毛を油で少し撫でつけて、通りかかった古道具屋で見つけたメガネを掛ける。
変装、というには心許ないけれど、十人並みでこれといった特徴のない俺は、素性をごまかすのにこれだけで十分のようだった。
テオからもらった書状を受け取った守門は、グレイへの来客ということに顔を顰めただけで、すんなりと俺を通してくれた。
「図書館って言ってたよな・・・・・・あれかな?」
行き先のせいか誰にも案内をしてもらえなかったので、それらしい建物に自分であたりを付けるしかない。
居住宿舎や薬草園に挟まれた通路を進んだ先にある、ひときわ横に大きな二階建ての建物に目星を付けて、俺はまっすぐ通路を進んだ。
近付くほどに、妙な違和感。
建物に不釣り合いな堅牢な塀と門扉、なのに誰も守っていない。
しかしようやくその建物の目の前に来たとき。
俺はそこが確実にグレイの研究所だと確信し、違和感に納得した。
「うわあ・・・・・・すごいな、これ」
入り口の外に、足の踏み場もないほど魂方陣が敷き詰められていたのだ。一つの方陣の大きさは人一人が入れる程度だが、それが何十も並んでいる。
「踏んだら爆発とか、火だるまとか、無いよな、まさか・・・・・・」
そう呟いてみたものの、相手はグレイ。普通にありそうだ。
しかしテオも時々来ているのだろうし、最初の一歩から即死レベルのダメージは来ないだろう。
ごくりと緊張に唾を飲み込んで、かなり躊躇ってから恐る恐る、門扉に近い一番手前の魂方陣を踏んでみた。
「うわっ!?」
途端に光の柱が立って、方陣が発動する。突然のことに驚いてつい声をあげてしまった。
とはいえ、特に体は痛くもかゆくもない。とりあえず攻撃を加える類いのものではなさそうで一安心、ではある、けれど。
足下の魂方陣の光が描く図形が、ふわと浮き上がり、俺の体の中を通過するみたいにゆっくりと上ってくる。何だか体の情報を読み取られているような感覚。それは俺の頭上まで行って、ふっと消えた。
同時に敷き詰められた魂方陣のいくつかが淡く光り始める。
その光る魂方陣は、建物の入り口まで飛び石のように続いていた。
「ええと・・・・・・ここを踏んでいっていいのかな?」
独りごちてみたところで答えはない。俺は再び大いに躊躇った後、勇気を振り絞って光る方陣を踏んだ。
途端に周囲の景色が消える。
「え? な、何これ?」
視界が闇に包まれ、魂方陣の光以外が見えなくなっている。
俺は慌てて光る魂方陣を渡り、建物があったはずの場所に出来た大きな方陣に足を踏み入れた。
「ターロイ!」
次の瞬間、聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、今度は突然強い光に包まれて目をきつく閉じる。そのまま立ち尽くす俺の腕を誰かが引っ張った。
「全く、何でこんなところに来たんだ・・・・・・危うくあの人に閉じ込められるところだったじゃないか!」
間近で聞こえる声。その声に薄く目を開けて周りを見る。
そこはどこか知らない建物の中で、用途の知れない道具がそこかしこに置いてある研究施設のようだった。
いつの間にか、グレイの研究所に入ってしまったんだろうか?
そのまま首を巡らすと、俺のすぐ側に赤い瞳に赤い髪の青年が立っていた。
「カムイ・・・・・・!」
「どうして君はここに来たんだ? グレイには僕が事情を説明しておくと言っただろう」
顔を合わせた途端に眉を顰めて困ったように言う。そしてそわそわと部屋の外を気にした。
「ここって、グレイの研究所の中?」
「・・・・・・そうだよ。君は今、危うくグレイの研究カプセルの中に転送されるところだったんだ。ターロイのデータはすでに登録されているみたいだね・・・・・・。もしかして、そろそろ・・・・・・」
彼はそう言って、何かを思案するように黙ってしまった。




